猫の妖怪「猫又」の神社? 新潟県の「猫又権現」に行ってみた

新潟県長岡市森上にある南部神社の「新田猫」
新潟県長岡市森上にある南部神社の「新田猫」

「猫又(ねこまた)権現(ごんげん)」と呼ばれ、猫の石像で知られる小さな神社がある。新潟県長岡市森上の南部(なんぶ)神社だ。猫又とは日本の民間伝承や怪談などに登場する猫の妖怪のことで、「人を食い殺す化け猫」とか、「猫が長生きすると尻尾が二股になって猫又になる」などの言い伝えも。恐ろしや、猫又……。怖いもの見たさで、南部神社へ足を運んでみた。

 

(末尾に写真特集があります)

 

 北陸自動車道を中之島見附インターで下り、東に向かって国道、県道を約30分走る。長岡市の栃尾観光協会の事務局がある「道の駅R290とちお」に寄り、同協会の中村作栄さんに南部神社までの道順を聞いた。すると、郷土史研究家・深滝純一さんによる「森上 南部神社のあらまし」という資料を見せてくれた。


 深滝さんの著述によると、南部神社に関する伝説は、後醍醐天皇が鎌倉幕府の執権「北条氏」を攻め滅ぼす時、後醍醐天皇に味方した上野国(こうずけのくに・現在の群馬県)の新田義貞が、鎌倉の手前の稲村ケ崎で海の波を引かせるべく、家宝の刀を海に沈めたとか。刀を竜神に捧げた「稲村ケ崎の奇瑞」を描いた絵が神社に飾られているという。また、この時義貞のもとに兵を率いてはせ参じた者の1人が、南部神社の山伏だったという言い伝えも残されているらしい。


 北条攻めに関する伝説に、猫はまったく登場しない。では、なぜ南部神社は「猫又権現」と言われるのだろうか?


 深滝さんが記した資料を読み進めると、猫と神社の縁が理解できた。新田氏の子孫である「岩松家」が江戸時代後期に栃尾地域に住んでおり、南部神社に猫の石像を建立したそうだ。かつて栃尾地域は養蚕が盛んだったので、ネズミを捕る猫をあがめたとのこと。「猫又権現」と言われるが、猫の妖怪をまつる神社ではなかった。石像の名は「新田猫」というらしい。


 道の駅R290とちおから山道を15分ほど走ると、森上地区に入る。すると、「南部神社」と書かれた鳥居や、こけむした狛犬が目に入ってくる。つづら折りの石段を見上げると、奥に赤い鳥居が。この南部神社では毎年5月8日、万灯供養「百八灯(ひゃくはっとう)」が行われる。「参拝者がそれぞれろうそくを奉納し、石段が照らされる光景は幻想的で美しいものです」と中村さんは話す。

 

狛犬と一緒に境内を見下ろす猫の石像
狛犬と一緒に境内を見下ろす猫の石像

 中村さんによると南部神社は近年、猫ブームの影響からか全国から「石像を見たい」という問い合わせが絶えないそうだ。百八灯を合わせてPRすることで、同神社はひそかな観光名所となりつつある。「神社を訪れた記念に」と観光客が買い求めるのは、猫が描かれたお札である。事務所もない小さな神社なので、近くに住む地元区長らが対応している。


 石段を上り切ると、「新田猫」がお出迎えしてくれた。石像は目が丸く、ひげ袋はぷっくり。後ろに回ると丸い背中に愛嬌を感じる。境内は杉の大木が立ち並ぶ静かな雰囲気で、社の格子の造りには独特の細工が施されている。新田猫に見守られて向き合った狛犬の間を通り、参拝した。


 この猫の石像、2004年10月の新潟県中越大震災では石像の台座が30センチほど土中にめり込み、猫は台座から転げ落ちて片耳が折れてしまったそうだ。現在は修復され、左右の耳はピンと立っている。

 

新潟県長岡市栃尾地域で自慢の味・油揚げ
新潟県長岡市栃尾地域で自慢の味・油揚げ

 江戸、明治、大正、昭和、平成と地域の住民や一般の参拝者に愛されてきた新田猫、正面に立ってじっくり顔を拝むと、口元が笑っているように見える。ちなみに、栃尾地域は油揚げが名産品である。外側はカリッと揚がり、中はふっくらとして風味豊かだ。南部神社を守るこの猫にも油揚げがお供えされたこともあったかも……。


(若林朋子)

 

南部神社
新潟県長岡市森上
(一社)栃尾観光協会 0258-51-1195
http://tochiokankou.jp/
sippo
sippo編集部が独自に取材した記事など、オリジナルの記事です。

sippoのおすすめ企画

猫にオーガニックフードはいいの?

キャットフードでもグレインフリーやオーガニックが話題です。猫の食べ物についての疑問に、猫専門病院「東京猫医療センター」の服部幸先生が答えます。

Follow Us!
編集部のイチオシ記事を、毎週金曜日に
LINE公式アカウントとメルマガでお届けします。


動物病院検索

全国に約9300ある動物病院の基礎データに加え、sippoの独自調査で回答があった約1400病院の診療実績、料金など詳細なデータを無料で検索・閲覧できます。