“孤独死”の部屋に残された謎の猫 新しい家族へ変化をもたらす

義弟の家から引き取ったロッシ―。「イケメン」と思っていたら…
義弟の家から引き取ったロッシ―。「イケメン」と思っていたら…

「猫だっ!」


 克也さん(仮名・55歳)は、部屋の押入れを開けた途端、思わず声をあげた。グレーの少し痩せた猫が、布団の上で震えながらうずくまっていたのだ。一緒にいた妻と義兄が、「どこどこ?」と走り寄る。その猫は、10日前に急逝した義弟(妻の弟)が、独り暮らしのマンションで一緒に暮らしていた相棒だった。


(末尾に写真特集があります)


 発見、保護したのは7年前の12月。克也さんが思い出しながら話す。


「義弟の死因はくも膜下出血。48歳でした。夜、無断欠勤を心配した同僚が、義弟のマンションを訪ね、大家に開けてもらい、台所で倒れているところを発見しました。その同僚から電話が入り、深夜に嫁とマンションを訪れると検死が始まっていて、嫁だけ部屋に入りました。『猫を飼ってるはずだ』と嫁が言ったんですが、その時には姿が見えなかったんです」


 翌日、遺影に使う写真を探しに、再び義弟宅を訪れたが、やはり猫の姿はなかった。警察や消防が頻繁に出入りしたため、「玄関から逃げたのかもしれない」と妻は心配した。猫がフードを食べた形跡もなかった。


「もしかしたら警察官が、猫がいると知らずに、押入れを閉めてしまったのか……無事だったのでほっとしましたが、大変だったのはそれから。猫は怖がってサーッと隠れるし、僕らは猫を飼ったことがないので扱い方がわからない。それでペットショップをネットで探して電話して、『どうしたら捕まえられますか』と尋ねたんです」


 ショップ店員は、毛布で押さえてケージに入れるように話した。猫は逃げまわったが、義兄と2人でなんとか捕まえて、部屋にあったケージに入れた。


「次は、猫をどうするか、が問題でした。義兄夫婦はペットが飼えないマンションに住んでいて、猫を受け入れる気持ちもない。僕らは戸建で子ども2人と住んでいるが、幼い頃から動物とあまり触れあったことがない。かといって動物愛護センターに引き取ってもらうのも忍びない……嫁と話しあって、そのまま家に引き取ることにしたんです」


 結局、猫をキャットフードや猫用のお皿、トイレなどと一緒に自宅に連れ帰った。


 自宅の居間でケージから出すと、隣の長男の部屋のタンスの上に駆け上り、近づくと「シャーッ」と威嚇した。しばらく近づかず、フードだけ床に置いてみた。妻と義兄は“オス”で“10歳くらい”と聞いていたが、名前は知らなかった。


 その後、義弟のパソコンを開くと、猫の写真が入ったフォルダが見つかった。「ロッシ-」と名前が書いてあった。


「確かに名前の通り、勇ましい、イケメンでした」

 

克也さんの部屋でくつろぐロッシ―
克也さんの部屋でくつろぐロッシ―

 ロッシ―が居間まで出てくるようになったのは、家に来てから3日後。その6日後には、2階にある克也さんの仕事部屋兼寝室にも足をのばすようになった。そして、その晩、初めて克也さんの布団の上で寝たという。


「ちょっと嬉しくて、『初、布団』と手帳に書いたんです。日当たりがいいせいか、昼間も僕の部屋で過ごすことが多くなりましたね」


 家に慣れた約1か月後、克也さんはロッシ―を動物病院に連れていった。妻が「弟が猫の心臓が悪いと言っていた気がする」と思いだし、検査してもらうことにしたのだ。すると、ある大きな勘違いをしていたことが判明した。ロッシーは、オスではなくメスだったのだ。


「義弟が性別を間違えたまま飼い続けるなんてことがあるのか(笑)。検査の結果、心臓は大丈夫で、ワクチンなども打ってもらいました。ロシアンブルーという猫種だということも教わりました」


 ロッシ―は食欲も増し、夜に家で書き物などをする克也さんの横で、多くの時間を過ごすようになった。50歳近くなるまで動物と間近に接したことのない克也さんだったが、じわじわと、情がわいてきたという。


「こっそり『ロシコ』とか、『シー』とか呼ぶこともありました。僕の髪を舐めるんで、『はげるからやめろ』なんて言ってね。抱かれることは嫌ったけど、気づくと横にいました。魚、とくにサケが好きで、食卓にのると目を輝かせる。義弟があげていたのかな。僕が食べようとすると、くわえて逃げていくこともありました。お魚くわえた何とかみたいに」


 ロッシーは、台所で料理をする克也さんの妻の傍で背伸びをしてみたり、居間でくつろいだり、“新居”にすっかりなじんでいった。だが、家に来て2年半を過ぎたころから、元気がなくなり、ある晩、呼吸が荒くなった。


「病院に連れて行くと、年を取って弱ってる、と先生に言われたので、もしかしたら僕らが思っていたより何歳か上だったのかもしれません。ロッシ―は病院で亡くなりました。義兄も呼んで、ペット火葬場で荼毘に付し、遺骨は我が家に持ち帰りました。亡くなる前日、僕は早く寝たんですが、みなの部屋を順々に回っていたそうです。挨拶していたのかな」


 克也さん宅の居間には、きれいに飾られたロッシ―の祭壇がある。


 そして、今はその周囲を、三毛猫「みぃ子」が走りまわっている。

 

克也さんの妻が命名した、三毛猫みぃ子
克也さんの妻が命名した、三毛猫みぃ子

 「ロッシの一周忌の翌日、嫁が近所で引き取り先募集の猫を見つけて『飼っていいかな』と連絡してきたんです。柄も性格も違うけれど、見ているとロッシ―を思い出すことがあります。何よりも、ロッシ―がいたから家族みんなが、猫を好きになってしまった。だから義弟の墓前に行くと言うんです。『ロッシーに会えたか?ありがとな』って……」


(藤村かおり)

sippo
sippo編集部が独自に取材した記事など、オリジナルの記事です。

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