看板猫がつなぐ絆の物語 

路地の奥にある喫茶店「カフェ・ド・アクタ」のドアを開けてやってくる客は、なぜか猫好きばかり。初代看板猫の「メイ」から2代目を引き継いだ看板猫「ネロ」が、ここを舞台に人々の心をつないでいます。
文・写真 佐竹茉莉子


2代目看板猫「ネロ」今日も店の前でお客さんをお待ち受け
2代目看板猫「ネロ」今日も店の前でお客さんをお待ち受け

町工場の片隅で

 かつては「キューポラのある町」として、鉄工業で栄えた埼玉県川口市。往時の雰囲気を残す路地の突きあたりに、喫茶店「カフェ・ド・アクタ」はある。オーナーの岸田幹子さん(66歳)が、父の町工場の片隅に開店して16年。工場はもうないが、季節の草花が咲く店先で看板猫が待つ風景は変わることなく続いている。

結人くんを店で預かる時は、いつもメイがそばに付き添っていた
結人くんを店で預かる時は、いつもメイがそばに付き添っていた

 初代の看板猫は「メイ」というキジ白の雌猫。長男の知之さんが高校生だった時、同学年の女子生徒が道ばたで拾った子猫をもらい受けたのだった。「5月にやってきたからと、知之が『メイ』と名づけたのだけれど、どうも『メイコ』の『メイ』だったみたい」と、幹子さんは笑う。母親の勘は当たって、その後、メイを拾った明子(めいこ) さんと知之さんは、結婚し、市内に所帯をもった。

 猫のいるアットホームな喫茶店は近隣の人たちでにぎわい、メイを囲んでの猫話に花が咲いた。幹子さんは小さい時から人と話すのが苦手だったのだが、自分の店では水を得た魚のようにいきいきと立ち働いた。

「猫がいると、初めてのお客さんでも笑顔になって、話しやすくなるみたい。私も、メイのおかげで、いろんなお客さんといろんな話を愉しめるようになりました」と、幹子さん。

「こんなに声のきれいな猫はいない」とメイをお気に入りだった幹子さんの母が亡くなった時、店先で満開の八重桜の下に棺は置かれ、その担架の下にメイは座った。

「あの時、母はメイと約束したと思うの。『夫をお願い』って。そのあとメイは年老いた父にいつも寄り添うようになったから」

店先にあった「メイの家」を「ネロの家」に上書きしてリユース
店先にあった「メイの家」を「ネロの家」に上書きしてリユース

2代目がやってきた

 メイは、おじいちゃんを見送ったあと、知之・明子さん夫妻の長男の結人(ゆいと)くんの乳母も引き受け、穏やかに年老いていった。亡くなる直前まで接客をし、路地猫の集会にも顔を出し、19歳になる前の春、ふっと旅立っていった。その秋、「メイ以外の猫はもう飼うまい」と思っていた幹子さんに、なじみ客から電話がかかってくる。「公園に捨てられて保護された子猫がいるの。1匹は、キジトラの女の子で器量よし。もう1匹は、黒猫の男の子で、腸が飛び出ていたから、いま術後入院中。どちらか迎えてもらえたら」。

 幹子さんはすぐに答えた。「貰い手の見つかりにくい、手術した子をもらうわ」。

「ネロ」と名づけられた黒猫は、ぬいぐるみの子熊のように愛らしく、人懐こくて、たちまち店の人気者に。その半年後に起きたのが、東日本大震災。誰もが途方に暮れ、重い気分でいたときに、ネロの無邪気さだけが、店に集う人々の気持ちをひととき明るみに向けてくれた。お腹に第二子を抱えていた明子さんは、震災後の原発事故による放射能拡散を深刻に受け止め、精神的に追い詰められてしまった。知之さん一家は、新天地でスローライフをしながら子育てをするため、琵琶湖のほとりに移住。現地で生まれた弟の智星(ちせい)君と共に里帰りした一昨年の夏、結人くんは幹子おばあちゃんに、こっそりこんなことを言った。

「あのね、僕たちはお空の上でも兄弟だったんだよ。『僕が最初にこの家に生まれるね』って僕が生まれて、次にネロが猫になってやってきて、それから智星がやってきたの」

 幹子さんは、その話を「案外本当の話」だと思っている。三男の晃弥(あきや)くんが生まれて、里帰りはにぎやかそのもの。3人に追いかけまわされて、たじたじしながらもネロは「男四兄弟」の絆を楽しんでいる。

5年ぶりの恩人夫妻との再会。「立派になって」と言われ、ちょっと照れくさそうなネロ
5年ぶりの恩人夫妻との再会。「立派になって」と言われ、ちょっと照れくさそうなネロ

ネロをめぐるもう一つのドラマ

 春の木漏れ日が店に降り注ぐ今年4月、一組の客があった。明義さん(52歳)と成子さん夫妻である。ネロを見るなり、明義さんは「立派になって。こんないいとこにもらわれて、みんなに可愛がられて、ほんとうによかった!」と、目尻を下げた。6年前、都内の公園に捨てられたばかりのネロたちきょうだいを保護したのは、その公園でホームレス生活をしていた明義さんだった。行き場のない2匹の面倒を見ようとしたものの、先住猫の「トマト」がへそを曲げて家出してしまった。そのため、ボランティアの人に「いい加減な人に渡すくらいなら、俺のとこに戻してよ」と、念を押して、里親募集を頼んだのだった。

 明義さんは、犬をけしかけたり空気銃で狙ったりの虐待から、体を張って公園猫を守ってきた。公園生活を卒業できなかったのは、猫たちのためもあった。ふだんはとても穏やかなのに、猫たちのことになると熱くなる彼を見て、「ふつうの暮らしに戻してあげたい」と願う女性がいた。通勤の行き帰りに公園を通っていた成子さんだ。ネロたちの里親探しのチラシ作りのお手伝いもした。

 5年前、明義さんは建築現場の職を得、公園猫たちの里親も決まって、新生活を始めた。成子さんの飼っていた16歳の雌猫と3人家族になったのだ。週6日休まず働いて会社からの信頼も厚く、今では現場監督まで任せられている。

 2人の夢は「今は一生懸命働き、やがて成子さんの故郷で、猫たちと縁側でのんびりすること」だ。

「あれ、お父ちゃん、公園にいた時とえらく雰囲気変わったねー」と言いたげなネロくん。恩人との再会にちょっと恥ずかしげだ。

保護猫2匹の飼い主・由香利さんの来店を、店先で大歓迎
保護猫2匹の飼い主・由香利さんの来店を、店先で大歓迎

きょうも店に物語が運ばれてくる

 先日のこと。若い女性が、ふらりと店に入ってきた。ネロを見るなり口元がほどける。市内に住むその女性、由香利さん(31歳)は幹子さんと打ち解けるや、「この前、弟が仕事帰りに車に轢かれそうになっていた油まみれの子猫を拾ってきて」と話した。由香利さんは、離婚後の母、弟2人と、支え合って暮らしている。子猫を拾ったのは、長男の祐樹さん。すでに家には保護猫が1匹いたが、祐樹さんも由香利さんも「もっと頑張って働くから」と言い、みんなで協力し合うことになった。勤務時間をずらして誰かがたいてい家にいるという体制も作った。舞い込んだ子猫「ルイ」は、家族4人の絆も深めることになった。

 その数日後には、陽子さんが、ニコニコしてやってきた。地元の製造業に内定が決まったことを、ネロくんに報告に来たのだ。1年前、都心の会社のOLだった陽子さんは、職場でのストレスから顔が腫れあがって、近くの皮膚科受診の待ち時間つぶしのため、初めてこの店の扉を開けたのだった。

「呼んでも来ないで毛づくろいをしてるネロくんを見て、私ももうちょっと自由に生きてもいいのかなと思えてきて。『会社辞めちゃおうかな~』とネロくんに相談したら、『辞めちゃいニャ~』と言われたの。大正解でした。ネロくん、ありがとう!」

 きょうも、猫のいる喫茶店には、猫好きたちが、おいしいコーヒーと猫話を楽しみにやってくる。

「飼い主さんが急死しちゃって、ご近所さんで手分けして遺された5匹を1匹ずつ引き取ったの。だって、ほっとけないもんね」と、早苗さん。「聞いてよ。うちの黒猫ポンは18歳で腎臓がもうダメなんだけど、主人がポンに話しかける声が、女房や娘に話しかけるよりずっとやさしいのよ」と、和子さん。

 お客が運んでくるささやかなドラマを、ネロはお気に入りの座布団の上で丸まって、そっと聞いている。

客席にて。ネロファンのなじみ客に囲まれるいつもの光景
客席にて。ネロファンのなじみ客に囲まれるいつもの光景

カフェ・ド・アクタ

●埼玉県川口市栄町2-8-4
●TEL048-253-7555
●営業時間/12:00~19:00
●定休日/月・火曜、第2・4日曜
http://cafedeakuta.wix.com/cafedeakuta

Mariko Satake
フリーランスのライター・写真家。路地や漁村、取材先の町々で出会った猫たちの、したたか・けなげな物語を写真と文で伝えるべく、小さな写真展を展開中。飼い猫5匹、馴染み猫は数知れず。『しあわせになった猫 しあわせをくれた猫』(辰巳出版)が好評発売中。ブログ「道ばた猫日記」(フェリシモ猫部にて連載中)。
辰巳出版が隔月で発行している猫専門誌です。猫愛にあふれる企画や記事の質に定評があります。

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この特集について
from猫びより
猫専門誌「猫びより」(辰巳出版)から提供された記事を集めた特集です。専門誌ならでは記事や写真が楽しめます。
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