相撲部屋の猫親方「モル」 稽古ににらみ「気ぃ抜くなよ」
8日から始まる大相撲五月場所。ある相撲部屋に、力士たちの稽古を見守る「猫親方」がいる。荒汐部屋のモル(雄、11歳)。可愛くて、しかも肝が据わっていると評判の飼い猫だ。本場所を前に出稽古に訪れた横綱の白鵬とも対面してニュースになった。しかしなぜ猫が力士たちと暮らすようになったのか?? 招き猫さながらに部屋に活気を連れてきたモルとの出会いは、不思議なご縁だった。
4月半ばの午前7時前。東京・日本橋浜町(東京都中央区)の住宅街にある荒汐部屋は、稽古で熱気を帯びていた。
力士たちの体が激しくぶつかりあうと、ばちーんと音が響く。荒汐親方(元小結・大豊、61歳)は、正面の上がり座敷でその様子を見ながら、「ほら足!」「かかとつけて」と厳しく声をかける。しばらくすると、ちらりと後ろの窓辺を見て、親方がつぶやいた。
「ここ数日、あの子は稽古に出ていないな」
あの子とは、雑種の飼い猫モルのことだ。相撲部屋に住む猫として、最近、注目を浴びている。猫効果もあるのか、この日も朝から10人以上の見学者がいた。
親方によると、モルは1階の稽古場と、2~3階の力士たちの部屋、4~5階の親方夫妻の部屋、そして戸外を自由に行き来するという。
「前は毎日、窓際の座布団や私のひざに座って稽古を見たものだが、最近は気まぐれだ。年のせいもあるかな」
と、親方。今日は会えないかも、そう思った矢先、さーっと玄関のほうからグレーの大きな猫が稽古場に入ってきた。モルだ! モルは座敷に上がると、稽古中の力士たちのほうを向いた。しばし睨みを利かせるように見て、2階へ続く階段へ移動。階段の途中で、力士たちをまた見た。
--気ぃ抜くなよ。
そんな言葉が聞こえてきそうな、強い目力だ。
モルの後をそっと追うと、誰もいない2階の部屋の床でごろん、ごろーんと何度か転がって、思いっきり伸びをした。ここが大好き! そう言わんばかりに。
モルが荒汐部屋に来たのは11年前、大相撲九州場所の千秋楽のあとだ。
荒汐部屋のおかみ、鈴木ゆかさん(54)が、不思議な出会いを振り返る。
「九州場所が終わり、借りていたアパートを引き払う片付けをしていたら、『おかみさん可愛い猫がいます』って弟子がいうの。見ると玄関にちょこんと子猫が座っていた」
捨て猫のようだが人懐こく、あまりの可愛さに餌をやった。アパートの部屋にも上げてしまった。東京に戻る前日のことだ。
「一晩でも一緒に過ごすと情が移るわよね。でも東京で雄犬(三吉、当時2歳)を飼っていたし、親方は昔ハトを飼っていて猫が(悪さをしそうで)苦手だと言っていたし。弟子たちと共に悩みました」
でもその悩みは杞憂(きゆう)に終わった。一目見るなり、親方も子猫を気にいってしまったのだ。
「『目が合った。可哀想だし連れて帰る』と(笑い)。それで飛行機に乗せて帰ったんです」
幸い、三吉にもすぐなついた。
モルは、モンゴルの言葉で猫という意味。荒汐部屋の内モンゴル出身の関取、蒼国来(そうこくらい、東前頭九枚目、32歳)が名づけたという。モルは招き猫だと、ゆかさんがいう。
「モルが来てから相撲部屋が好転しました。部屋を立ちあげた2002年当初は弟子がすぐ辞めて、数人しかいなかったのですが、モルが来てから弟子の数が増えました」
銀行の人が来ると、人懐こく寄って行きその場が和み、「面倒な話もまとまった(笑い)」とか。今は力士12人、行事と床山を合わせて14人の大所帯となった。
その中でモルはすくすく育ち、いつしか体重10kgの横綱級に! 好物はのりで、見ると目の色が変わるほど。しょっちゅうおやつに食べさせていた。ところが3年ほど前、尿路結石にかかってしまった。
「以後、人の食べ物はあげないようにしています。のりは意外と塩分があるのでもうNG。かつお節もほとんどあげません。フードは動物病院で買う療法食のみ。お陰で少しスマートになって、体重も7キロくらいに減ったけど、体調には気をつけてあげたい」
ゆかさんの心配はまだある。本当は完全室内飼いにしたいが、もともと野良の子だったせいか、外に出たがり、ドアの前で「出せー」とせがむのだ。
「よその犬に真っ向からけんかを挑むこともあり、ハラハラ。昨年の6月には、2~3日部屋に戻らないことがあって。皆で探しても見つからなくて、死んだと思って泣き明かしました」
無事にどうにか戻ってきた時、親方も力士も部屋中で「歓喜」したという。
じつは荒汐部屋には三吉、モルのほかに、もう一匹の住人がいる。それは……。(後編に続く)
(藤村かおり)
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