廃校になった小学校を見守る猫校長 木造校舎をパトロール
長野県飯田市の山奥に、レトロな木造校舎で暮らす猫がいる。いつしか人は猫校長と呼ぶように―。観光客に愛嬌をふりまき、人懐っこいのは、周辺に住む人々の優しさのおかげなのだろう。懐かしい学校の原風景の中、猫校長は今日も見回りに精を出す。
文・写真 原田佐登美
猫校長の風格
信州の奥深い山々に囲まれた長野県南部にある旧木沢小学校は、昭和7年に建てられた全木造の校舎。昭和20年には310名いた生徒数も過疎化に伴い減少し、平成3年には26名となり休校、平成12年に廃校となった。そんな昭和の郷愁漂う廃校舎に、1匹の雌猫が住み着き、いつの間にか猫校長と呼ばれ、人々に愛されるようになっていった。
猫校長に会うため、木造玄関の下駄箱でスリッパに履き替える。廊下には「ねこ校長公務のため不在の時あります」と手書きの張り紙が。以前訪れた知人からも、会えなかったという話を聞いたが……。諦めかけたその時、2年生の教室の前を悠々と歩く猫校長に遭遇。食事&世話係の一人、前澤憲道さんと共に教室や職員室、校舎を案内してもらった。観光客に出会えば、大人しく撫でられ、写真撮影にもおおらかに応じる。機嫌が良ければ、膝の上に乗ってくることも。御年8歳になるその姿は、ふくよかさもあいまって、校長の呼び名に相応しい風格があった。
地元の人々がつないだ命
猫校長の本名は「たかね」。校長の名付け親は、校舎の保存に尽力する「木沢地区活性化推進協議会」会長の松下規代志(きよし)さん。元飼い主さんの名前の一部〝高〟と、周囲にそびえる山々の〝峰〟、そして〝高嶺の花〟から名付けたそうだ。同じく協議会の一員で、〝校長〟の肩書きを持ち校舎の案内係である山崎博文さんは「校長の肩書きを取られちゃったな」と微笑んでみせた。
子猫の頃から猫校長を知る住人は「昔から、好奇心旺盛なオテンバ娘だったよ。走るスピードも速く、鳥や鼠を捕まえるのも上手。でも年を重ねて落ち着いてきて、貫禄も出てきたね」と語る。
学校の近くに住む鎌倉商店の咲子(さきこ)さんも世話係の一人。「たかねちゃんは、2007年9月の雨の日、目が開いたばかりで2匹捨てられていたのを、巡回していた駐在さんが見つけてくれたの。弱っていたからスポイトでミルクを与えて、皆で世話したわ。残念ながら1匹は亡くなったけど、たかねちゃんは健康に育っていってくれた。当時うちには小鳥がいたから、学校のすぐ裏に住んでいた方が引き取ることになったの」。しかし、その元飼い主さんも2年後、体調を崩され仕方なく単身引っ越さねばならず、再び住人たちで世話することに。廃校舎に住む可愛らしい猫校長は、住民の力で小さな命をつなぎ、波瀾万丈の猫(ニャン)生を送っていたのだった。
ありがとうの感謝会
遠山郷の文化や霜月祭りにまつわる展示をし、住民と観光客の交流の場として活用されていた旧木沢小学校。猫にちなんだ写真コンクールも開かれ、猫校長は次第に人気者となり、地域住民が大切に守る校舎のPRに貢献してくれている。
そんな猫校長に「給料をやらなきゃな」と感謝の気持ちを示すべく、2015年11月1日〝たかね校長ありがとう会〟が初めて開催され再訪した。会が始まる頃やってきた猫校長だが、「扉閉めんと出てってまうで」「この教室、扉が無いだに」とやりとりするうち、再び校庭へと外出してしまい、まったりと主役不在のまま感謝会は進められたのだった。尾頭付き鯛と猫ベッドが贈られ、たかね校長の世話をしている方々にも感謝状が渡された。
名古屋から毎週のように訪れるという猫校長ファンのご夫婦が伴奏したオルガンの音色で「ふるさと」を合唱し、懐かしさがこみ上げる。「お茶飲んできんさい」と声をかけてくれる地元の人々との交流で、心あたたまるひとときが過ごせた。
感謝会も終了し外へ出たら、大勢のお客様がいるのもおかまいなしで、校庭の日当りの良い場所でお昼寝していたマイペースな猫校長。地域の住民たちに家族のように見守られ、愛されている。長野の桜が咲く頃、再び訪れたい。
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