シニア犬介護で感じたのは「日々の大切さ」 豆柴センパイとの時間は自分の一部に
エッセイスト・石黒由紀子さんのもとで暮らしていた豆柴の「センパイ」が2024年1月、18歳4カ月で旅立った。晩年は深夜のぐる活や夜鳴きがあり、石黒さんの最長睡眠時間は4時間ーー。そんな4年にわたる介護生活をつづったWebエッセイが『豆柴センパイはおばあちゃん』(幻冬舎)として発売された。ハードな介護生活のなかで、どのようにシニア犬に向き合い、自身を保ち、お見送りしたのか。センパイとの暮らしで経験したシニア犬との暮らしについてお話を伺った。
介護の始まりは14歳
食いしん坊で活発なセンパイの体に変化が現れたのは、14歳頃。右脚を引きずるように歩き、ソファやベッドへの上り下りの動作がもたつくようになった。転倒防止や足腰を守るためにフローリングにマットを敷き、センパイの介護生活はゆるやかに始まった。
「『いよいよ来たか』という心境でした。犬の老化現象については、それまでにいろいろと調べてはいましたが、その後、前庭疾患や夜鳴き、絶叫や旋回……と異変が訪れるたびに、『こう来たか』『思ったより早く来たな』と驚きつつも、一つずつ現実として受け入れていきました」。そう話すのは、石黒由紀子さん。
書籍でも語られているが、センパイの変化でとくに印象的だったのは、大好きだった車が苦手になったこと。視力低下による不安なのか三半規管が弱ったからなのか、原因は究明できなかったが、車が走り出すと絶叫し、暴れるようになってしまった。
「あんなに車が好きだったのに……。私もセンパイとのドライブは好きな時間だったので、『もうできないのか』と寂しい気持ちになりました。シニア犬には、刺激や変化を与えてはいけないのだと心に留めましたね」
24時間体制の介護生活
介護生活のなかで、石黒さんと夫の謙吾さんが苦労したことのひとつは、睡眠が確保できないことだった。老化とともにセンパイの睡眠サイクルは短くなり、睡眠時間は平均3時間。4時間眠れたら「今日はよく眠れた方」という日々。1〜2時間ごとに睡眠とぐる活(旋回や徘徊)や夜鳴きを繰り返すセンパイを、24時間・当番制で見守った。
「我が家は2人ともフリーランスですが、最初の頃はお互いのスケジュールを調整することが大変でした。それに、もしも私が会社員でオフィスに定時出社する生活をしていたなら、会社を辞めるなり、働き方を変えていたと思います」
それまでの暮らしが一変するほど、ままならないことが多くなるシニア犬との暮らし。
「やはり眠れないことで、精神的なダメージはありました。シニア犬とのコミュニケーションでは『怒らない、声を荒らげない』ことが大事だと頭では分かっていても、ついイライラしてしまい、センパイに優しくできなかったことも……。後になって『さっきはごめんね』って謝ってばかりでした」
当のセンパイは、自分の変化をどう感じていたのか。
「はじめの頃は、センパイ自身もイライラしていたと思います。うまく歩けないし、歩けたと思えばぶつかったり隙間にハマったり、思うように寝返りも打てない……。ただ、私たちよりも早く、自分の老化を潔く受け入れていたように感じましたね」
そんなセンパイを少しでも楽にするべく、精神的・肉体的にさまざまなケアを試行錯誤したことが書籍では紹介されている。石黒さんが、とくに「センパイも私たちも助かった」と話すのが、犬用歩行器。センパイの体の変化に合わせてサイズの微調整やカスタムを重ね、いつしかセンパイの体と一体化していると思えるほど、なくてはならないものとなった。
「食事や寝起きも歩行器の上でしていた時期もありましたね。最後は歩行器は歩くためのものではなく、箸置きみたいな、『センパイ置き』として活躍してくれました。寝たきりになると内臓が圧迫されてしまうそうなのですが、歩行器のおかげでそれを回避できたのも、長生きのために一役買ったのかもしれません」
また、歩行器のベルトが当たる部分に褥瘡(じょくそう)ができてしまったときには、こんな気づきもあった。
「病院で処置してもらい、薬を塗ったら、すぐに治っちゃったんです。もうとんでもなくヨロヨロなのに、その治癒力や回復力には本当に驚かされましたし、生命の神秘すら感じましたね。ただ同時に『そんな力があるのに、それでも命は終わってしまうんだな』という複雑な思いもありましたね」
100%介護に向き合いすぎない
センパイの介護をしながら、石黒さんは遠隔で父の介護も並行。身体の疲労を感じ、心が折れてしまいそうななかで、どのようにして精神を保っていたのか。
「難しいですけど、気分転換や心のよりどころは大事ですよね。私の場合は、趣味の俳句に助けられていて、介護中も月1回の句会への参加は死守していました。『介護』というと100%全力で向き合わざるを得ないという印象がありますが、全てを手放すのではなく、何か趣味があるなら細々とでも続けた方がいい。頑張りすぎずにできる範囲で、『自分の生活を残しておく』ことが大切だと思います」
介護中に作った俳句は、ほとんどがセンパイや父に関するもの。
「俳句は日常の中から生まれるものなので、それだけ真剣に向き合っていたということかな。いま振り返れば、こうして小さな記録として作品に残せたのはよかったと思っています」
最期は「センパイがどうしたいか」を指針に
センパイの介護生活、そしてお見送りのために、情報収集にも力を入れた。
「ただやみくもに情報を集めるのではなく、まず『センパイはどうしたいか、自分はどうしたいか』の大筋を決めてから、経験者にお話を伺ったり本を読んだりして、『この人はこうしたんだ』と参考にしていました。介護って本当に正解がなくて、その犬・その猫で何がベストかは個体差があります。情報を集める前に、自分なりの指針を決めておくことは意識していましたね」
なかでも看取(みと)りに関する実践的な知識は、作家の俵森朋子さんの『愛犬との幸せなさいごのために: 必ずくるお別れのときに後悔しない知識と心構え』(河出書房新社)を参考にしていたという。
「時々読み返しては、亡くなったら段ボールやドライアイスが必要なんだなと頭に入れていました。幸い、センパイが旅立ったのは1月の寒い日だったので、結局ドライアイスは不要でしたね。センパイの最期に向けて、心の準備をしていたことはありませんが、目の前のセンパイの変化を見て、『また一段、階段を登ったな』と感じていましたね。もちろん、その階段の先にあるのは『旅立ち』だということも無意識で分かってはいました」
自分の人生の一部に
お話を伺ったのは、2024年の10月。センパイが旅立って9カ月が経つ。
「生々しい喪失感から、少し客観的に振り返られるようにはなりました。ただ、センパイのことを過去の思い出にしてしまうことに、また新たな悲しみが重なります。『センパイと暮らした18年』と区切るのでもなく、旅立ったから終わりでもない。中学時代、大学時代みたいに『センパイ時代』として、私の人生に溶け込んで同化していると感じています。
まだセンパイの不在には慣れませんが、寂しい気持ちと並走して暮らしていくのも悪くない。そうやって、ふとした瞬間に悲しみが一つひとつはがれていくのを感じながら、生きていくのだろうと思っています。そして、介護の日々を『大変だったけど、楽しかったな』と、心から思える日が来るはずだと信じています」
最後に、センパイをずっとそばで見守り、ときに寄り添い、ときにマイペースに過ごしていたコウハイの様子を尋ねるとーー。
「最初はセンパイがいない寂しさから、コウハイもどこかぼうぜんとしていましたね……。甘えん坊になって、そしてセンパイから何かをたくされたかのように、これまで以上に食いしん坊になっちゃったんです(笑)。食材を包んでいたラップまで食べてしまって、開腹手術をする事態になったことも……。いまはおなかの毛も生え揃って、元気にやっています」
泣き笑いの介護生活、その約4年間の奮闘が一冊にまとまった心境は。
「センパイの記録ではありますが、読んでいただき、『シニア犬にはこんなことが起こり得る』と頭の片隅に置いておいていただけたら、それだけでも何かが起きたときの初動が違ってくると思います。シニア犬介護を不安に感じている方々の杖のような1冊になれたらうれしいですね。また、介護経験がある方からは、経験や当時の感情を共感することで癒やされたという感想をいただきました。ご自分と愛犬との思い出を重ねて読んでくださる方も多いみたいで、『同志たちよ!』という感じです(笑)。『泣きそうで読めない』なんて言わずに(笑)、ぜひ読んでいただきたいです」
- 豆柴センパイはおばあちゃん
- 著者:石黒由紀子
発売日:2024年9月19日
出版社:幻冬舎
価格・仕様:1,650円、216ページ
https://amzn.asia/d/fUiPAxC
- 石黒由紀子
- エッセイスト。日々の暮らしの中にある小さなしあわせを綴る。著書に『GOOD DOG BOOK ~ゆるゆる犬暮らし』(文藝春秋)、『なにせ好きなものですから』(学研)、センパイコウハイシリーズ(幻冬舎/刊)などがある。『豆柴センパイはおばあちゃん』を2024年9月に出版。センパイとコウハイが織りなす大人気カレンダー『2025カレンダー 豆柴センパイと捨て猫コウハイ Final』はシーモアグラス通販部で購入可能。
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