パピークラスに参加した犬同士の、遊びの時間(土山さん提供)
パピークラスに参加した犬同士の、遊びの時間(土山さん提供)

動物病院嫌いの犬をなくしたい 愛玩動物看護師が本気で取り組むパピークラス

 愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。愛玩動物看護師の土山夏鈴(どやま・かりん)さんが力を入れているのが、パピークラスの開催です。そこには、犬の健康を守りたいという、愛玩動物看護師ならではの思いがありました。

(末尾に写真特集があります)

病院が苦手だった愛犬

 土山夏鈴さんが小学生の時に迎えたトイ・プードルの「悟空(ごくう)」は、大の動物病院嫌いだった。恐怖心から激しく抵抗し、「病院に行くと、さわれないほどでした」と土山さんは言う。

 やがて入学した動物看護師の養成校で、出合ったのがトレーニングの授業だ。悟空のこともあり、犬のしつけに自然と興味が向いた。さらにはパピークラスなるものがあると知り、「やってみたい」と思うようになる。

 パピークラスとは、生後2~5カ月ぐらいの子犬とその飼い主を集めて行う教室のこと。犬と暮らすために必要な知識を飼い主に伝えたり、子犬に家族以外の犬や人、さまざまな環境に慣れてもらい社会化を促したりして、人間社会でストレスなく暮らせることを目指す。

 学校を卒業後、土山さんはVCA Japan泉南動物病院(大阪府泉南郡熊取町)に就職する。この病院では2005年にパピークラスをスタート。以来、代々の動物看護師が運営を受け継いでいた。新人の時から、誰もがパピークラスができるよう育成されるのだ。

 パピークラスの内容は、しつけや日常ケア、物や音に慣れる、子犬同士の交流など幅広い。動物病院らしく、診察台に乗る、聴診、体温測定などの練習も盛り込まれていた。土山さんも慣例にならい、1年目は先輩の補助、2年目からはメインの担当者として、パピークラスを受け持った。

動物病院嫌いだった悟空。土山さんが動物看護師になってからは、土山さんが保定(診療中、動物の体をおさえること)に入ることで、診察を受けられるようになった(土山さん提供)

パピークラスの効果は絶大

 やがて土山さん、動物病院がパピークラスを行う意義を確信するようになる。

「動物病院って、ワンちゃんの多くが『怖い』とのイメージを抱きがちな場所。でも、パピークラスで人や子犬たちと交流したり、ごほうびのおやつをもらうなどの楽しい体験をすることで、苦手意識が薄れ、しっぽを振って来院してくれる子もいるほどです」

 その様子を見た飼い主も、愛犬を病院に連れて来る心のハードルが低くなる。すると、病気予防のため気軽に、あるいは何かあった時もすぐ、「病院に行こう」と思ってもらえる。

 また、いざ来院しても、病院が嫌いだと処置をするのもひと苦労。検査ができなくて、治療に至れないケースもある。だが、パピークラスで病院に親しんでいれば、それらへの抵抗感も弱まる。

 このように、好奇心旺盛で柔軟な子犬の時期に、病院で楽しい時間を過ごす体験には、その後の犬の健康を守るうえで計り知れないメリットがあるのだ。

 この頃、新たに家族に迎えたスタンダード・プードルの「悟天(ごてん)」にも、パピークラスの大切さを教わった。

「パピークラスの内容を取り入れてしつけたところ、かむことも、うなることも知らない子に育ったんです」

しつけや社会化の大事さを教えてくれた悟天(土山さん提供)

「本気の仲間」を選びたい

 パピークラスの素晴らしさに開眼した土山さん、少しずつ「改革」に乗り出した。

 それまでパピークラスは、新人が先輩から受け継ぐ形で、ノウハウを身につけていた。土山さんは、セミナーや本で子犬のしつけを本格的に勉強し、内容を深めたいと考えた。

 さらには、「本当にパピークラスをやりたい」との意欲がある人を担当者に選び、じっくり育てたいと思った。そこで動物看護師長の許可をもらい、当時パピークラスを一緒に担当していた仲間たちと力を合わせて人選・育成にあたった。現在は土山さんを含む3人が、専任スタッフとして運営にあたっている。

 働き出して3年目、子犬の飼い主教育の達人を認定する、民間資格の取得を目指し、勉強を開始。そこでの学びを生かし、プログラムも見直していった。そのひとつが、それまでは1回からでも参加可能だったのを、全6回コースとしたことだ。

「1回だけの参加では、『楽しかったね』で終わってしまうことも。1カ月半ほどかけて、回を重ねて来院してもらうことで、病院に徐々に慣れてもらえると考えました」

 クラスの「見せ方」も工夫した。座学では、重要な点を強調し、注意を引きつける話し方も意識。実技では、参加者の犬にその場でお願いしてモデルになってもらいながら、参加者を巻き込んで展開する。

 ある時、パピークラスの卒業生で、診察室で落ち着けない子がいると気づいた。

「病院が好きになってくれたのはいいけれど、テンションが高すぎる(笑)。ただ楽しいだけではなく、メリハリをつけ、落ち着くことも教えることが必要だと感じました」

 以来、診察室でもコマンドに従いオスワリできることも、メニューに組み入れた。

パピークラスを担当する土山さん。ごほうびのおやつを使って誘導しながら、段差をのぼってもらう。色んな物に慣れさせる、社会化練習のひとつ(土山さん提供)

遊ぼうよ! 待合室でプレイバウ

 力を入れてきたパピークラス。その成果は、病院で再会する卒業生たちの態度に現れた。

 病院が大好きで、うれしそうに診察室に駆け込んでくる子。怖がりな性格で、病院や獣医師には少し緊張してしまうけれど、攻撃行動に出ず、落ち着いて処置をさせてくれる子。

 病院は好きでも、爪切りや聴診器は苦手という子もいる。そんな時も、パピークラスで仲良くなった土山さんが声をかけたり保定に入ると、気持ちが和らぐのだろう。かなりリラックスして頑張れることが多いという。

 ちょっとした体調不良で来院した、卒業生のシェルティ。診察後、土山さんが待合室にあいさつに行くと、ものすごい勢いでしっぽをぶんぶん。さらにはなんと……。

「遊ぼうよ!」

 おしりを高く上げる「プレイバウ」のしぐさで大歓迎だ。

「うちの子がこんなものを食べてしまったんだけど」

 誤食に気づいてすぐ、電話で問い合わせてきた卒業生の飼い主。

「これまで、食べてすぐなら吐かせる処置だけで済んだのに、時間がたち、開腹手術になってしまうケースを見てきました。『もっと早く相談してくれたら』と思うこともありますね」

 だが、パピークラスを卒業した飼い主たちは、ささいなことでもたずねてくれる印象があるという。飼い主にとっても、「母校」である病院は身近な存在だ。

パピークラスの卒業生の柴犬。爪切りが苦手との悩み相談を受けたため、プライベートレッスンで、体をさわる練習を行っているところ(土山さん提供)

 今後、新たなチャレンジに向け、勉強を始めたという土山さん。

「パピークラス卒業後、別の問題行動が現れることも。また、犬がパピークラスの対象月齢を過ぎてから飼い始める人もいます。そうしたケースに対応するため、生後6カ月から1歳ぐらいまでの犬を対象とした『ジュニアクラス』を開きたいです」

 すでに警戒心が強まっている月齢なので、難易度は上がるが、これまでパピークラスで積み上げたスキルが存分に発揮されることだろう。2つのクラスを実現させて、もっと犬にやさしい病院を目指す。

※愛玩動物看護師の国家資格化に伴い、現在、この資格を持たない人は、動物看護師などの肩書は名乗れません。しかし、国家資格化以前は動物看護師という呼称が一般的でした。本連載では適宜、動物看護師、または看護師などの表現を用いています。

(次回は8月13日に公開予定です)

【前の回】獣医師から命が次々と手の中に託されて… 帝王切開で愛玩動物看護師は涙をこぼした

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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