以前、アニマルスタッフとして病院で飼われていたゴールデンレトリバーの「はぐ」と、院長先生の愛犬であるパピヨンの「そら」(宮原さん提供)
以前、アニマルスタッフとして病院で飼われていたゴールデンレトリバーの「はぐ」と、院長先生の愛犬であるパピヨンの「そら」(宮原さん提供)

獣医師から命が次々と手の中に託されて… 帝王切開で愛玩動物看護師は涙をこぼした

 愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。VCA Japan泉南動物病院(大阪府泉南郡熊取町)で働く愛玩動物看護師の宮原みづほさんが今も大切にしているのが、コーギーの帝王切開に携わった体験です。その時の赤ちゃんたちのことを、「私たちの手を渡っていった命」と表現。その言葉に込めた思いとは?

(末尾に写真特集があります)

愛犬の通院をきっかけにこの道へ

 宮原みづほさんが子どもだった時、愛犬のトイ・プードルの「プー」が心臓病を患った。母親と通院した動物病院で、プーの保定(診療の際、動物が動かないよう体をおさえること)をしたり、病気や治療などの説明をしてくれたのが女性の動物看護師だ。

「その人が、やさしくて、かわいかったんです(笑)。やわらかい印象の動物看護師さんでしたね」と宮原さん。

 彼女の仕事ぶりと人柄にひかれた宮原さん、母親と一緒に、どうすれば動物看護師になれるのかを尋ねると、親切にも養成校に通うとよいことなどを教えてくれた。あこがれは消えることなく、成長すると養成校に進学し、本当に動物看護師になった。

 現在、宮原さんは、10人ほどの愛玩動物看護師を束ねる愛玩動物看護師長だ。責任ある立場で、プレッシャーもありそうだが、「仕事はすごく好き」と迷わず語る。その理由は?

「まず、同じ仕事内容の日はなくて、毎日色んな経験ができること。そこが自分の性格に向いていると感じます。それから、直接動物とかかわれること。気づいた動物の変化を獣医師に報告するなどして、動物を救えるところもやりがいになっています」

 これから紹介するのは、この3つの要素がギュッと凝縮されたようなエピソードだ。

アニマルスタッフとして活躍した「にゃじ」(左)と「きなこ」(宮原さん提供)

帝王切開はスピードが命

 宮原さんが動物看護師になってまだ2~3年目の頃。出産を控えたコーギーが来院した。獣医師がレントゲンやエコー検査をすると、おなかに9匹ほどいるのが確認できた。子だくさんのコーギー母さん!

 それからしばらくたったある日。たしか、胎子の数の多さゆえ難産になったのだったか、急きょ、帝王切開に踏み切ることになった。普段、オペはお昼の休診時間帯に行われるのだが、コーギー母子を救うため、のんびり構えている暇はない。診療時間中にあわただしく、緊急オペの体制が敷かれた。

 執刀とオペ助手には獣医師が入り、赤ちゃんを受け取るポジションには動物看護師数人が配置された。

 執刀医がコーギーのおなかを開け、子宮から1匹ずつ取り出し、へその緒の処置などをする。

「母体にかかった麻酔が赤ちゃんに回らないうちに取り出さなければならず、スピードが大事になります」

 帝王切開に携わるのは、宮原さんにとって初めてのことだ。

「先輩に流れや手順を教わりましたが、もうドキドキでしたね」

 取り出す獣医師同様、受け取る側の動物看護師にもスピードが求められた。渡された子が元気な状態とは限らないからだ。赤ちゃんを見て必要と判断されれば、蘇生処置を行うのは動物看護師に委ねられた。

「呼吸が止まっていたり弱いようなら、鳴くまで背中をしっかりさすり自力での呼吸を促します。本来ピンク色である歯ぐきや鼻が紫色になっていたら、低酸素症で特に危ない状態。酸素をかがせながら、やはり背中をさすって刺激しなければなりません」

手術の助手に入る宮原さん(左奥)(宮原さん提供)

このままじゃ人手が足りない!

 獣医師から次々に赤ちゃんが渡され、必要ならすぐさま処置にかかる。めまぐるしい作業の連続で、オペ室の緊迫度は増していった。やがてピンチが訪れる。

「赤ちゃんの数が多いため、人手が足りなくなってきたんです」

 そこで、来院していた飼い主全員にお願いして、病院じゅうの診療をすべてストップ。他の診療にあたっていた獣医師と動物看護師にも帝王切開にくわわってもらった。

 最後は何と。

「ちょっと呼んできてー!」

 受付スタッフにまで応援を仰いだ。

 気がつけば病院スタッフ全員がオペ室に集合していた。皆で連携を取り、新しい命を囲んで力を合わせる。それはまさに「チームプレー」と呼ぶにふさわしい光景だった。

 無我夢中だった宮原さんだが。

「それまで息をしていなかった子が、自分の手の中で初めて呼吸をしたり、鳴き始めた時、命というものを感じて感極まりました」

 1匹だけ亡くなってしまったものの、その他の子たちは大きな鳴き声を上げながら、母犬のお乳を吸い始めた。その姿に、宮原さんは涙をこぼした。赤ちゃんたちのことを、宮原さんはこう表現する。

「私たちの手を渡っていった命」。

「動物看護師は獣医師と違い、普段、病気を直接治すわけではありません。でも帝王切開では、自分の手で命を救えた実感があり、すごくうれしかったです」

左から、現在のアニマルスタッフである「ぽこ」「ぽん」「りん」(宮原さん提供)

あの時の犬とうれしい再会

 生まれた子たちはしばらくすると、それぞれ新しい飼い主にもらわれていったが、1匹だけ、母犬の飼い主の手元に残された。その後、その犬は動物病院に来院し、再会を果たしたという。

「見るたびに大きくなっていて、『うわあ!』って思いましたね(笑)」

 すくすくと成長する姿を見届け、喜びもひとしおだ。

 病院で帝王切開をする機会は多くなく、コーギーを含め、これまで3回ほど帝王切開に携わったという宮原さん。そのたびに感動したが、やはり初めてということもあり、コーギーでの体験はひときわ深く心に刻まれている。

「折に触れ思い出しますね。あの体験が、今の私を作っているのかもしれません」

 入院動物の看護、検査、投薬、手術の助手など、愛玩動物看護師の業務は広く、その活躍がなければ診療は回らない。診断したりメスを持ったりこそしないけれど、動物の命を救う仕事なのだ。コーギー母子と向き合った記憶はそのことを、何度でも語りかけてくる。

※愛玩動物看護師の国家資格化に伴い、現在、この資格を持たない人は、動物看護師などの肩書は名乗れません。しかし、国家資格化以前は動物看護師という呼称が一般的でした。本連載では適宜、動物看護師、または看護師などの表現を用いています。

【前の回】経験積んだ愛玩動物看護師はある日考えた「看護って何だろう?」 答えは足元にあった

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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