深井家で大切に育てられ13歳になった「ハナ」(深井さん提供)
深井家で大切に育てられ13歳になった「ハナ」(深井さん提供)

能登半島地震で家を飛び出した猫が翌日に帰宅 100歳目前の飼い主に甘える

 地震が起こると、動物は普段とは異なる行動をすることがある。2024年元日に起こった能登半島地震で最大震度7の揺れに襲われた北陸でも、そうだった。震度5強を記録した石川県宝達志水町に住む御年99歳、深井かず子さん宅の猫ハナ(メス、13歳)は、激しい横揺れで開いた玄関の戸をすり抜けて家を出て行き、一晩帰ってこなかった。余震が続く夜、かず子さんの娘・紀美子さんはハナの安否が心配で眠れなかった。深井さん母娘が当時の心境を語ってくれた。

(末尾に写真特集があります)

川に流されていた子猫をもらう

 深井さん母娘とハナの出会いは13年前。紀美子さんが職業訓練校の講師をしていたころ、生徒の子どもが段ボール箱に入って川に流されていた子猫4匹を助けた。そのうちの1匹を深井さん宅に引き取り、現在に至っている。「選んだわけではないけれど、一番かわいい子が来たね」と青い目の子猫を歓迎した。「わかりやすい名前がいい」と、かず子さんは「ハナ」と命名した。

子猫のころの「ハナ」(深井さん提供)

 ハナの食事の世話はかず子さんの役目で、冬場には懐に入れて抱っこするなど、大切に育ててきた。ハナもかず子さんに甘え、寄り添い、話しかけるとしっぽで返事をする。深井さん母娘の間で言葉数が減るとハナは潤滑油の役割を果たす。かわいいしぐさや鳴き声で、母娘の間に和やかな会話や笑いをもたらしてきた。絶妙の間合いや声色で反応する姿に、2人は「ハナは人間の言葉がわかっている」と感じている。

 深井家自慢の“美猫”ハナのチャームポイントである青い目が一時期、病気で黄色く濁った時は毎日、目薬をつけて看護した。脱走して耳の後ろと腹部をハクビシンテンにかまれて帰ってきた時にも親身に世話をし、回復した。ハナは深井さん母娘にとってなくてはならない存在である。

ウサギのように大きなジャンプをして家の外へ

 2024年1月1日午後4時過ぎ。能登半島地震が起こった時、かず子さんは1階に、紀美子さんは2階にいた。木造2階建ての家屋が大きく揺れ、紀美子さんが慌てて1階に下りてくると、普段はコタツでのんびり寝ているハナが、ウサギのように大きなジャンプをして玄関から飛び出していった。玄関の引き戸は、大きな横揺れを受けて50センチほど開いていた。深井家は天井の一部が落下し、外壁にひびが入り、道路に面した長さ7メートルの塀が崩れるなどの被害があった。北へ数キロ離れた羽咋市内にある親戚宅は断層の上にあったため、住めないほどに損傷を受けていた。

能登半島地震で崩れた塀(深井さん提供)

 深井さん母娘は「ハナがどの方面から帰ってきても家に入れるように」と玄関の引き戸や庭に面したサッシを開けたままにして夜を過ごした。紀美子さんは「寒かったけれど何枚も重ね着をして、いつ帰ってくるかと待っていました」と話す。

 1日の夜、自宅が倒壊・半壊した人や、津波を警戒する沿岸部の住人は公共施設に避難していた。それほど大きな被害がなく自宅で過ごすことができても、余震は続いていたので石川、富山の両県人は1日夜、深く眠ることができなかったはずである。紀美子さんは「ハナは生きて帰ってくる」と信じ、ほぼ徹夜で過ごした。

 2日午前、空が明るくなるのを待って紀美子さんは本格的にハナの捜索を始めた。「慌てて飛び出して行って迷子になり、自分の家がわからなくなったのではないか」と玄関先にえさを置き、庭に猫砂をまいてハナを呼び寄せようとした。すると2日の昼ごろに1度、顔を見せたが捕まえることはできなかった。

「もう死んでいて、夢の中で会いに来たんじゃないだろうか」

 深井さん母娘は余震が続く間、わずかなうたた寝の間にハナの夢を見たと言う。紀美子さんは「母と『ハナちゃんが戻ってきたよー』『でもまた、いなくなってしまったね』という会話をした記憶があるが、夢かうつつかわからなかった」と振り返る。また、かず子さんから「ハナちゃんが手をペロペロなめた」と聞いたが、それが夢の記憶か現実か判然としなかった。

 余震から来る不安もあり、母娘はハナの安否を、悪い方、悪い方へ考えてしまっていた。紀美子さんは「猫は、自分が死ぬ前、飼い主にあいさつしてから旅立つと聞くから、もしかしてもう死んでいて、夢の中で会いに来たんじゃないだろうかと思った」と眠れぬ夜を振り返る。

行方不明となりSNSに投稿された写真(深井さん提供)

 地元の保健所にハナが帰ってこないことを相談すると職員から「猫ならば遠くに行っていないでしょう。危険な状態が回避されたら、きっと戻ってきますよ」と励まされた。また、過去の被災地の事例から地震直後にペットが逃げ出すことは少なからずあり、多くは数日後に戻ってきていると知った。

ハナを抱きしめると体はすっかり冷え切っていた

 深井さん母娘はハナの捜索を最優先にしていたが、2日の午後には一時中断し、家の掃除を始めた。本棚から落ちて散乱した本などを片付けていると「ニャー」と大きな鳴き声が聞こえ、ハナが帰ってきた。紀美子さんは「もう逃さないよ」と家中の戸や窓を閉め、ハナを捕まえて抱きしめると、体はすっかり冷え切っていた。

 ハナを愛してやまないかず子さんは「おおハナ、寒かったやろ」と抱っこして冷えた体を温め続けた。ハナはその合間にカリカリを山ほど食べ、朝起きてからも鳴いてえさを催促した。安心したハナは今、専用のこたつで伸び伸びとした体勢で寝ている。

専用のこたつの上で眠るハナ(深井さん提供)

 ハナが不在の間、かず子さんはハナのこたつに腰掛け、ずっと待っていた。深井さん母娘は元旦以降、気が張り詰めた状況だった。ハナの帰宅で少しは安心できたが、3日以降も余震は続き、石川県内の甚大な被害が明らかになって気をもんでいる。

 かず子さんは1月15日に100歳を迎える。被災地が少しでも落ち着きを取り戻してほしい。そして「どうか雪よ降らないでほしい。今年は絶対、暖冬になってほしい」と切に願わずにはいられない。

帰宅し、かず子さんのひざに乗るハナ(深井さん提供)

若林朋子
1971年富山市生まれ、同市在住。93年北陸に拠点を置く新聞社へ入社、90年代はスポーツ、2000年代以降は教育・医療を担当、12年退社。現在はフリーランスの記者として雑誌・書籍・広報誌、ネット媒体の「telling,」「AERA dot.」「Yahoo!個人」などに執筆。「猫の不妊手術推進の会」(富山市)から受託した保護猫3匹(とら、さくら、くま)と暮らす。

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