ヤマザキマリさんが愛猫について語る 出会えた喜びを謳歌し日々を大切に生きていたい

『猫がいれば、そこが我が家』より(撮影:山崎デルス)

 漫画『テルマエ・ロマエ』をはじめ、多数の作品を手がける漫画家・文筆家のヤマザキマリさん。今年9月、世界を共に旅した愛猫ベレンについてつづった初の猫エッセイ『猫がいれば、そこが我が家』を出版。幼少期から猫と暮らし、世界各国でさまざまな猫と出会ってきたヤマザキさんに、猫と暮らすことについて、お話を聞いた。

(末尾に写真特集があります)

世界を転々としたグローバルな猫「ベレン」

ヤマザキマリさん(撮影:山崎デルス)

 ヤマザキさんの愛猫は、ポルトガル生まれのベンガル猫「ベレン」(メス・14歳)。本名「クレオパトラ」、家族のあいだでの愛称は「マミ」。

「とにかく人見知りで、インターホンが鳴ると隠れてしまうほど臆病」

 そんなベレンとの出会いは、ヤマザキさんがポルトガルに住んでいたとき。先代猫のゴルムを思いがけない事故で失い、ペットロス状態だったヤマザキさんのために、夫のベッピーノさんがインターネットで家族を募集している子猫を見つけてくれた。

「『君の有り余る愛情を待っている子猫が、まだこの世にはたくさんいる』という夫の言葉を受けて、『ゴルムの分も愛してあげよう』と迎え入れる決意をしました」

『猫がいれば、そこが我が家』は、NHKの番組「ネコメンタリー」の特集をきっかけに執筆された。フォトグラファーである息子さんが撮影した写真がふんだんに掲載されている。『猫がいれば、そこが我が家』より(撮影:山崎デルス)

 こうしてヤマザキさんの元へやってきたベレンは、その後、ポルトガルからアメリカ、イタリア、そして現在の日本へと、世界を大移動することとなる。

「よくぞここまで『世界引っ越し』に付き合ってくれたなと思いますね。こんなに人見知りなのに、どの国の環境にも適応してくれて、『たくましいな』と感心しました」

『猫がいれば、そこが我が家』より(写真:山崎デルス)

声や性格がそっくりに?

 ベレンには、人見知りの性格のほかに、「自分の要求が通るまで諦めない」という粘り強さもある。毎朝7時、ベレンは決まってヤマザキさんを起こしに来るが――。

「いつも鳴いて起こしに来るんですけど、私がなかなか起きないと、身体の上を走って、さらに枕を縦断して。それでも起きないと枕を爪でかいて……って、とにかく私が起きるまで、絶対に諦めてくれません。

 体をなでてほしいときも同じ。ブラシのある場所にたたずんで、ずっとこっちに向かって鳴き続けるんです。しまいに声が大きく、野太くなっていって……。するとどんなに忙しくても、観念してなでにいきますね。本当に諦めないんですよ(笑)」

 こうしてベレンがヤマザキさんに何かを要求をするとき、低い声で「二ャ」「ナ」と短く鳴く。ベレンの低い声について、周囲の人は「ヤマザキさんの声をまねしているのでは」と分析する。

「私が低い声で話すので、同じ音域じゃないと会話できないと思っているのかも」

 そして要求を通すべく甘えてはくるが、依存関係は好まない。

「なでさせてはくれるけど、抱っこだけはさせてくれないんです。人間に近寄りたいと思ってはいるけれど、ベタベタするのは嫌で、適度な距離を保っていたい。そんな性格も、夫からは『君にそっくりだ』と言われます。

 人間観察力が高い猫は、こうして飼い主に似てくるのかもしれません。ベレンにはきょうだい猫もいませんし、自分を人間と同じだと思っている節がありますからね(笑)」

『猫がいれば、そこが我が家』より(写真:山崎デルス)

日本と海外、猫文化を比較すると

 これまで世界を転々としてきたヤマザキさん。各地で暮らして気が付いたのは、その国の人々の精神状態が、猫の状態にも影響するということ。

「これまで私が訪れて『居心地がいいな』と思った国は、基本的に野良猫がイキイキしていました。たとえば、内戦が始まる前までのシリアでは、野良猫がみなふっくらとしていて、堂々と路地を歩いていました。決して経済的に豊かだとは言い難くても、それぞれが自分たちの生活に誇りを感じながら生きている国では、野良猫を邪魔だとは捉えないのでしょう。やっぱり人間の気持ちが豊かでないと、猫ものびのびできないですからね」

 また、「人間と共生する猫は昔から愛玩動物として捉えられていますが、欧米なんかと比べると、日本の人たちには猫との共生という意識が強くあるように思えます」とヤマザキさんは言う。

「かつて(葛飾)北斎が猫の絵で表現していたように、日本では古くから猫が人間の生活に深く入り込んでいます。日本人は森羅万象的というか、動物と共に生きていくという意識が強いんですよね。それが、日本人と猫の関係性なんだと思います」

「この家は居心地さいこうだにゃ」。『猫がいれば、そこが我が家』より(撮影:ヤマザキマリ)

猫はタフな生き物

 一方で、人間は動物の中で最も支配欲が強く厄介な生き物でもある。「そんな人間と共存できるって、猫はやっぱりたくましい生き物です」とヤマザキさん。

「猫の肉球を触っているとそう思いますね。熊の肉球は絶対に触らせてもらえないけど、猫は触らせてくれる。それって猫が人間を受け入れていて、人間に近い存在であるということ。そういう意味でも、猫ってタフですよね」

 猫は、人間に自省のきっかけを与えてくれる存在でもある。

「古代エジプトの『ラーの目』は猫の目がモチーフといわれているんですけど、猫がまっすぐにこちらを見つめる目には、確かに人間に内省を求めるような説得力があると思います。『お前たちの行いは正しいのか?』と。

 ベレンもよく遠くから私のことをじーっと見つめていることがあるんですけど、『ちょっと仕事しすぎなんじゃない? あんたの人生それでいいの?』と問われているような気がします。自分を俯瞰(ふかん)で見つめ直すきっかけを与えてくれるのはありがたいことです」

ベレン、何を思う? 『猫がいれば、そこが我が家』より(撮影:山崎デルス)

猫と暮らすということ

 コロナ禍以降、ヤマザキさんは日本を、夫のベッピーノさんはイタリアを拠点にし、年に数回ヤマザキさんがイタリアに渡るとき以外は、別々に生活している。

「日本とイタリアを1カ月置きに行き来していたころ、ベレンがストレスでグルーミング過剰状態になり、腕に円形のハゲができてしまったことがありました。猫はタフではあるけれど、寂しがりやで孤独を感じやすい繊細な生き物でもあります。もう離れて暮らすことはできませんね。私が帰っていくのは猫のいる場所。だから、『猫がいるところが我が家』なんです」

 猫や犬は、人間よりも命が短い。動物を迎え入れた以上、いつかは彼らの死に遭遇する。

「ゴルムは事故死でしたけど、ベレンを迎え入れるまでの間に、彼の漫画を描きました。悲しさから自分を解放させるための手段だったのかもしれません。短い間だったけど、一緒に過ごしてくれたことへの感謝という意味もありました」

「猫は人間を癒やすための存在ではなく、尊重するもの」とヤマザキさん。

「いつか迎えるベレンの死を怖がるのではなく、日々ベレンに感謝し、彼女の生き方を尊重し、出し惜しみなく慈しみたい。彼女と出会えた喜びを謳歌(おうか)していたいですね。

 大事だからこそ、かけがえがないからこそ『死』を思うメメント・モリの意識を持ち続けること。それこそが自分たちよりも寿命の短い動物と共に生きるということなんだと思います」

ヤマザキマリ
漫画家・文筆家・画家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章。著書に『プリニウス』(とり・みきと共著)『ヴィオラ母さん』『CARPE DIEM 今この瞬間を生きて』『猫がいれば、そこが我が家』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』など。

猫がいれば、そこが我が家
著者:ヤマザキマリ
発行:河出書房新社
単行本:204ページ
本体価格:1,485円(税込み)
(画像をクリックするとAmazonのページが開きます)
増田夕美
フリーライター・編集者。ライフスタイル系を中心に、インタビュー、コラム執筆、SEO記事作成など幅広く活動。ときどき銭湯取材も。幼い頃から身近に動物がおり、これまで猫2匹、犬1匹と暮らす。現在は三毛猫が1匹。

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