飼い主のいない犬がこんなにいるなんて 元繁殖犬を引き取り、病気にも向き合った
愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。王禅寺ペットクリニック(神奈川県川崎市)で働く山本春奈さんは、初めて保護犬カフェに足を踏み入れたのをきっかけに、愛犬「スフレ」と出会い、保護犬への関心も深めてゆきました。
愛犬に導かれ保護犬カフェへ
山本春奈さんは涙に暮れていた。愛犬の「プラム」が空へと旅立ってしまったのだ。
プラムは白いメスのトイ・プードルだ。専門学校時代に山本さんが担当した校有犬で、卒業後引き取り家族になった。
そんな折、何げなくインターネットを見ていると、あるSNSに目が吸い寄せられた。プロフィル写真の犬が、プラムによく似ている。
思わずクリックする。アカウント名は保護犬カフェだった。
「会いに行きたいな」
プラムに導かれるかのように、カフェへと足が向かった。プラムとの別れから1週間に満たない頃だった。
入店すると、たくさんの犬たちがワラワラと群がってきて山本さんは驚いた。
「動物病院では、『ペットショップで購入して、初めてのワクチンを打ちに来ました』と言って連れて来られる犬を絶えず見てきました。そのため、『世の中に、こんなにも飼い主のいない犬がいるなんて』と、ビックリしてしまったんです」と山本さん。
保護犬という言葉は知っていたが、人の手を離れ生き抜いてきた元野犬のようなイメージだった。だが、都心のこのカフェにいる子たちはチワワやダックスなど、普通の家庭でかわいがられている子たちと何ら変わらないことも意外だった。
お目当ての、プラム似の犬ともふれあった。当たり前だが、プラムとは性格も違う。
「似てるけど、やっぱり別のワンちゃんだよな。そりゃそうだよな、でもかわいいな」
カフェのスタッフに、「この子はどんな子ですか?」とたずねてみる。
すると、推定7歳ぐらいの元繁殖犬で、時々よろけたり、自分の意志どおりにウンチが出ない排便障害もあるという。そのためここへ来て8カ月ほど経つが、まだ飼い主が決まらないのだと説明された。
「プラムの四十九日が過ぎてもまだいたら、うちに迎えようかな」
結局、四十九日を過ぎてももらい手は現れず、山本さんが引き取った。名前はカフェでの仮名をそのままもらい、「スフレ」とした。
ステロイドが減らせない
数カ月たったある日。スフレのシャンプーをしていると、背中に紫色っぽいあざが、連なるようにしてあるのを見つけた。
「紫斑(しはん)だ」
それまで病院で、同じ症状を何度か見ていたためピンときた。
すぐに勤務先の動物病院で血液検査をすると、血小板の数値が0だった。さらに詳しい検査の結果、予想どおり、免疫介在性血小板減少症と判明した。
血小板減少症は、免疫機能の異常により、血液中の血小板を破壊してしまう病気だ。血を止める働きをしてる血小板が減少してしまうため、出血しやすく、血が止まらなくなる。
さっそく治療を開始する。大量のステロイドを飲ませると、血小板の数値は上昇してきた。だがステロイドは副作用が強いため、他の薬を使いながら、徐々に減らしてゆく必要がある。
「血小板の数値がちょっと安定してきたらステロイドを減らす。すると悪化して血小板が0に戻るので、またステロイドを増やす。週1~2回の頻度で通院しながら、そんなことを半年以上繰り返しました」
試行錯誤するうち、別の事態が発生する。左眼の角膜に潰瘍(かいよう)ができ、穴が開いてしまったのだ。ステロイドの副作用で、角膜が薄く傷つきやすくなっていたためだ。そこで、結膜を潰瘍にかぶせる手術を行った。血小板減少症の治療中でも、ステロイド投薬下で血小板の数値が安定していれば手術できる。
しかし穴が大きかったのか、かぶせたところが破綻(はたん)してしまった。そこで今度は、健康な部分の角膜を移植する手術をしたところ無事治すことができた。
「ところが数カ月後、今度は右眼も角膜潰瘍になってしまったんです。ただしこちらは穴が開く一歩手前で何とか踏みとどまっていました」
血小板の数値が少し安定してきた頃、獣医師に脾臓(ひぞう)の摘出を提案される。脾臓は血小板を壊す働きをすることから、摘出すると血小板減少症が改善することがあるのだ。
山本さんは手術を決断する。この作戦は成功した。ついに、ステロイドの量を大きく減らしても、血小板数を安定させることができたのだった。
だが、最後に何ともうひと波乱、待ち受けていた。散歩の帰り、排便障害があるスフレのお尻をふいていると、スフレが山本さんの方を振り返った。
「その時、スフレの右眼が私の手に当たってしまいました。その瞬間、何とか持ちこたえていた右眼に穴が開いてしまったんです」
「また手術か……」との思いもよぎるが、この2年間で4度目となる手術をし、こちらも無事成功した。
看護の知識がスフレを守った
数々の試練を乗り越え、現在は穏やかな日々を手に入れたスフレ。「動物の看護師をやっていてよかった」と、山本さんは闘病を振り返る。
「血小板減少症で恐ろしいのは、外からは見えない体の中で出血が起き、止まらなくなってしまうケースです。出血が進み、グッタリしていると気づいた時には命が危ないこともあります」
だが、あざに気づいても、つい様子見しがち。そうやって初動が遅れた結果、重大事になりかねないのだ。
山本さんがあざを見た瞬間、「これは異常だ」とわかり、すぐ対応できたのは、病気の知識があってこそ。病気のリスクを熟知した上で、出血を防ぐため、散歩や爪切りを控えるなど、普段の過ごし方も万全を期すことができた。
じつはスフレの闘病時期は、山本さんの出産前後と重なる。そのため出産後は赤ちゃんと犬を連れて、バスでの通院を余儀なくされた。
「『来週も来てください』と獣医師は言うけれど、言われた方は大変ですよね。スフレの闘病を通して、飼い主さんの苦労がよくわかるようになりました」
難しい病気と向き合いながら、スフレから教わったことは多い。
自分にできる形で保護犬を応援
スフレを引き取った後も、山本さんは保護犬カフェに何度か遊びに出かけた。
「行くたびに、新しい子が来ているんですよね。こんなにももらい手を必要とする犬がいる一方で、ペットショップに行けば、生後数カ月の子犬が常にいる。これってちょっと異常な状況だなと思いました」
ふくらむ問題意識。だが、子育て真っ最中の身には、ボランティアに出向くことは難しい。
そんな折、保護犬・猫活動の支援を行う団体と知り合う。その団体はフリーマーケットに出店し、売り上げ金を保護犬カフェに寄付しているという。
「そこで、本当にささやかですが、趣味のハンドメイドの小物をフリーマーケット用に寄付して、売り上げの足しにしてもらっています。家にいてもできる支援の形があるならやってみようかなって。子育てがある程度落ち着いたら、犬の体を洗ってあげたりとか、もっと色んな活動ができればと考えています」
その時にはきっと、これまで培った動物看護の知識とスキルが役に立つに違いない。
「保護犬カフェの子たちは本当にかわいくて、行くと皆連れて帰りたくなっちゃう(笑)。『ずっとのお家』が、早く決まるといいな」
プラムが縁をつなぎ、スフレとの出会いをくれた保護犬カフェを応援したい――。プードル柄多めのハンドメイド作品には、山本さんが保護犬に向けるやさしさがあふれている。
(次回は10月24日に公開予定です)
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