過剰繁殖による犬猫の苦しみを改善したい 獣医師が団体設立、早期不妊去勢手術へ活動

手術する獣医師
Spay Vets Japanが行ったデモオペの様子(Spay Vets Japan提供)

 犬や猫の早期の不妊去勢手術を推奨し、啓発などに取り組む一般社団法人「Spay Vets Japan」が2022年に発足しました。獣医師でつくる団体で、過剰繁殖によって起こる犬や猫の苦しみや、社会問題を改善しようとしています。代表の橋本恵莉子獣医師に、活動内容について聞きました。

(末尾に写真特集があります)

猫は5カ月齢になるまでに不妊去勢手術を

――Spay Vets Japanはどんな活動をする団体ですか?

 ペットの繁殖管理を専門とする獣医師の組織です。早期の不妊去勢手術の必要性について啓発活動を行い、情報発信しています。また、獣医師の手術技術向上にも力を入れており、積極的に技術交流を行っています。こうした獣医師団体の必要性を交流のあったNPOさんと協議し、設立に至りました。

 獣医師がもっと積極的に、不妊去勢手術を勧める必要があると考えています。これは実は、私自身の反省でもあるのです。私は勤務医時代、飼い主さんに「手術をしたほうがいいですよ」と一応言うのですが、「絶対に外に出しません」「可哀想で」と言われると、そこで止まっていました。手術をするタイミングも、飼い主さんが発情期で困っていて、と来院されたときに行うという感じでした。要はすごく受け身だったのです。私はその後、動物ボランティアをされている方が来院されたことをきっかけに、過剰繁殖の問題を学びました。

ペットの不妊去勢手術に関する漫画
早期の不妊去勢手術で防げることがある(橋本獣医師提供)

――Spay Vets Japanは、いつ不妊去勢手術をすることが望ましいと考えていますか?

 猫は5カ月齢になるまでに不妊去勢手術をすることを、一般的にしていきたいと思っています。犬は小型犬か大型犬か、室内飼いなのかシェルターにいるのかなどで変わりますが、性成熟前の出来るだけ早い時期に手術をすることを推奨しています。

 現在は、犬、猫ともに6カ月齢以降を待ちましょうというのが通例になっています。ところが、これにはっきりとした根拠があるわけではなく、風習としてそう言われ続けた部分が大きいのです。

 猫は4、5カ月齢でも妊娠できてしまう生き物です。4、5カ月齢の飼い猫で、飼い主が「6カ月齢になったら不妊去勢を受けさせよう」と思っていた矢先、1日だけ外に出てしまい、妊娠して帰ってきたといって動物病院に来られる方も、1人や2人ではありません。生後4,5カ月齢で妊娠した猫の例についても、Spay Vets Japanの会員からデータを集めているところです。

橋本恵莉子獣医師
Spay Vets Japan代表理事の橋本恵莉子獣医師(橋本獣医師提供)

――そもそも、なぜ犬や猫の不妊去勢手術が必要なのでしょうか?

 動物保護活動というと、どうしても困っている犬や猫を助ける活動そのものに注目が行きがちです。ただ、助けてもきりがないのです。これでは、保護している人やシェルターがパンクしてしまいます。不妊去勢手術をして過剰繁殖を止めなくては、解決しません。

 飼っている犬や猫も、繁殖させるつもりがないなら手術を受けさせることが必要です。家の中で世話ができないほどに繁殖する多頭飼育崩壊も起こり得ます。また、1匹で飼っている場合や外に出すつもりがなくても、脱走や迷子はよくある事故です。家の中から手術を受けていない犬や猫が出てきてしまっては、野良犬や野良猫を減らす活動にも終わりがないからです。

 もう一つ、手術をしてから譲渡してほしいと思っています。これは保健所から譲渡する場合もそうです。

 なぜなら、譲渡された犬や猫が、手術をする前に逃げてしまうこともあるからです。譲渡先に行く前に手術をすれば、過剰繁殖のリスクがなくなる。先手を打っていかにリスクを減らせるかを、みんなで考えていきたいのです。

とにかく、行き場のない命を1匹も産ませたくないのです!

猫の助け方についての漫画
たくさんの猫を救うためには(橋本獣医師提供)

獣医師が技術を学ぶ場をつくりたい

――Spay Vets Japanは、獣医師向けに不妊去勢手術の技術を向上させるための「デモオペ」(公開手術)も実施しているそうですね。

 デモオペは、獣医師が執刀する手術に他の獣医師が立ち会い、その技術を学ぶ場です。Spay Vets Japanの活動は、早期不妊去勢手術に向けた啓発が大きな柱ですが、もう一つの柱は獣医師自身が不妊去勢手術の技術を身につけて、自信を持って手術ができるようになることです。たとえば、獣医師免許を取得後、臨床の現場に出ることなく行政施設に勤務している獣医師は、不妊去勢手術を執刀した経験はないけれども、その大切さは身にしみて分かっている。でも技術を学ぶ機会がないんですね。それで学びの場が必要だと考えました。

 他の獣医師が手術をするところを見て、私とこういうところが違うんだ、と発見をする機会というのは少ないんです。その機会をどんどんつくりたいと思っています。ついこの間も公開手術をしたのですが、参加した獣医師から「こういう時はどうしていますか」と質問や相談が出てきて、獣医師が集まってそういう話をするだけですごく刺激されるし、私もがんばろうという気持ちになれるんです。

手術する獣医師
デモオペの様子(Spay Vets Japan提供)

――今後Spay Vets Japanで取り組んでいきたいことは?

 不妊去勢手術トレーニングのプログラムを作りたいと思っています。海外の団体で行っているところがあるのです。今年、そのトレーニングスキルを学ぶため、当会理事がタイに渡航し、WVS (Worldwide Veterinary Service)のトレーニングコースに参加しました。そうしたところから学んで、Spay Vets Japanのプログラムを作りたいと思っています。そうすることで、執刀する獣医師を増やしたいですし、動物を連れてくる方にも納得してこのプログラムに参加していただきたいと考えています。

――この先、どんなことを目指していますか。

 地域猫活動の社会的地位を向上させたいと思っています。現在は、野良猫の捕獲や動物病院への搬送を、市民ボランティアが担ってくれているケースが多いです。手術費用を、ボランティアが自腹を切って出していることもあります。捕獲した中でリリースできないぐらい具合の悪い子がいたりすると、自分たちで抱えてしまう。ボランティアの大きな負担となっています。一部のボランティアだけがやるものではなく、街の問題として取り組んでもらいたいのです。そういうでないと、猫の問題はおそらく解決しないでしょう。

 野良猫に不妊去勢手術をして、元いた場所に戻すTNR活動が、まだまだ十分に理解されていません。TNR活動を通じて管理していけば、猫は寿命を迎えて数が減っていきます。元いた地域に戻すことで、新しい猫の群れがその地域に入ってこないようにもしてくれます。ただ、手術後のリターンが理解されないことが多く、ひどい場合には地域猫が勝手に他の地域に連れて行かれたりしています。これも、TNR活動があまり理解されていないので、起こることだと思っています。 

 犬猫の問題というと、殺処分の数で見られがちです。野良の世界では、車にひかれたり、食べ物がなくて行き倒れてしまったりして失われる命が、殺処分数の何倍もあります。日本では野生動物でない犬猫には、野良の世界に居場所はありません。そのため罪なき野良犬・野良猫たちは過酷な暮らしを強いられています。そこを無視して動物福祉を語ることはできないと思いますし、市民のみなさんにも、獣医師にも知ってもらいたいと思っています。

(磯崎こず恵)

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