子猫の冒険を描いた絵本 生き物にとっての「食べることの大切さ」への思い

「ルイの冒険」より(講談社提供)

 絵本「ルイの冒険」(講談社)は、猫を専門に診る病院「キャットホスピタル」の獣医師で作家の南部和也さんが紡ぐ子猫の物語に、イラストレーターの宇野亞喜良さんと絵本作家の田島征三さんが絵を描いた絵本です。このコラボレーションはどのように生まれたのでしょうか。南部さんに制作秘話や、本書にこめた思いなどを伺いました。

制作も“冒険”した

――絵本「ルイの冒険」は、子猫のルイがひょんなことから森の中をさまよい、さまざまな生き物に出会うアドベンチャーストーリーです。宇野亞喜良さんと田島征三さんとのコラボは、どんな背景で実現したのでしょうか。

「実は、宇野先生の猫をうちの病院で診察したことがきっかけなんです。その前にピアニストの妹尾美里さんの猫をうちで診ていて、妹尾さんが宇野先生をご紹介くださいました。そんな背景に加え、私のおじである田島征三と宇野先生が、昔からつながりがあり実現できました。『征三おじさん、宇野先生が来られたんだけど』と連絡したことから始まって(笑)。その後、私が宇野先生と一緒に仕事をする話が進むと、おじも興味を持ってくれました」

「ルイの冒険」より(講談社提供)

――いろいろなご縁が重なってコラボが生まれたのですね。猫の絵が可愛くて印象的です。

「宇野先生の描く子猫のルイがとにかく可愛いんです。宇野先生が『今、猫を描くことにすごく興味がある』とおっしゃっているのですが、その気持ちが伝わる魅力的な絵です。担当編集の方も猫を飼っているし、猫好きが集まってできた絵本です。実は当初、音楽に絵をつける『音楽劇』のアイデアがあったのですが、今回は音楽と絵本は切り離すことになりました」

「とはいえ、本の作りに演劇的な考えも入っているんですよ。前のページに枝のようなものがあり、でもページをめくると実は生き物の足であったというように、次の幕にどうつながるか工夫されています」

――田島さんの絵は友情共作となっていますが、宇野さんと描き分けているのでしょうか?

「雲や木の一部、川、そしてルイの最大の敵となるクモなどが征三の絵です。僕としては当初はクモだけをおじに描いてもらうつもりでした。でも“クモだけ”なんて頼むのは(宇野先生にもおじにも)失礼かなと最初悩んだんです。そうしたら妻が『ぜひ描いてもらうべき』と背を押してくれて。宇野先生に相談すると、『征三くんにクモだけでなくその前の(ページの)部分も描いてもらいたい』とおじに直接話してくださり、おじも『では描きましょう』となりました。打ち合わせしているうちに二人の巨匠がノリノリになっていた、という感じなんです!」

「方法としては、宇野先生が『ここに征三くんの絵を』と余白を開けてルイを中心とした絵を描き、後でその余白におじがダイナミックな川や枝を描いて……。異なる筆致が自然に融合した、そこも奇跡ですね。タイトルは『ルイの冒険』ですが、制作も冒険したんです(笑)」

猫は猫、擬人化はしない

――南部先生は獣医師をしながら、2001年に『ネコのタクシー』(福音館刊)で絵本作家としてデビューされています。猫を主役にするにあたり、こだわりはあるのですか?

「まず、猫は猫であるということですね。デビュー作では猫がタクシーの運転手になったりしましたが、(自分の足で走っていて)擬人化しているわけではないんです。猫という動物を、いかに可愛く伝えるかということも意識したつもりです」

――今回の作品でも、ルイの尾がぴんと立ったり、ひげがリアルだったり、川の上を飛んだり、躍動感を感じます。

「実は今回の絵本に人間の女の子を登場させようという話も出たのです。実際に、川で人魚姫が髪を洗うシーンを描いてみたり、服を着た猫や、少女が猫の耳をつけるようなアイデアもあったのですが……今回もやはり『猫は猫』ということを重視しました。服も着せず、リアルな感じでとお願いして」

「ルイの冒険」より(講談社提供)

真のテーマは食べること

――子どもは、可愛いルイがうちに帰れるの?とドキドキわくわくしそうです。また大人も楽しめそうな絵本です。

「もちろん、全年代の方に楽しんでいただけると思います。とくに私が届けたいメッセージは、『食べもの、食べることの大切さ』です。ルイは森の中で、カタツムリ、カエル、うさぎ、鹿、さらに進むと大きなクモにあいます。このクモがルイを捕まえて危ない目にも遭うのですが……ここにはいくつかの意味があるのです」

―――本来は食べないものを口にする怖さとも見受けられます。

「生き物にとって、何を食べるかがいかに大事かということです。猫を飼っている方には、ここから波及して、『猫なら何を食べるのがいいのかなあ?』『健康にいいものってなんだろう』と考えてみてほしい」

―――森でルイが出くわす、見たこともないお化けのような大きな生き物にも意味があるのですね。彼らは森できっと長く生きてきたのでしょう。

「そうです。長く生きる、つまり長寿ということにもメッセージをこめているんですよ。人も猫も本来、質がともなってこそ長生きが大事ですよね。あまりにも『長く生きる』ことだけにとらわれると、おかしなことになりかねないのではないでしょうか。でもまずは、あまり難しく考えず、ルイの可愛さを堪能してほしいです」

「ルイの冒険」より(講談社提供)

――裏表紙もとても可愛いですね

「ルイがぴょんと跳びはね、本に出てくるカエルやカタツムリもおそろいで。ミュージカルのシーンみたいでしょう。じつは、宇野先生がこの裏表紙が表紙でも、と考えられたほどの力作ですから、ぜひ絵本の裏も注目してくださいね(笑)」

南部和也
1960年、東京生まれ。獣医師。北里大学獣医学科卒業後、
アメリカ合衆国カリフォルニア州アーバインの「THE CAT HOSPITAL」で
研修し、帰国後、猫専門の病院を開業。現在、千駄ヶ谷「キャットホスピタル」で
猫の診療にあたる。NPO法人東京生活動物研究所研究員。
絵本や童話の執筆にも積極的に取り組んでいる。著書に『ネコのタクシー』(さとうあや・絵/福音館書店)、
『おばけむら』(田島征三・絵/教育画劇)など。
宇野亞喜良
1934年、愛知県名古屋生まれ。イラストレーションを中心に出版、広告、舞台美術など多方面で活躍。講談社出版文化賞さしえ賞、日本絵本賞、全広連日本宣伝賞山名賞、読売演劇大賞選考委員特別賞などを受賞。1999年に紫綬褒章、2010年に旭日小章綬章受章。
絵本に『あのこ』(文・今江祥智/BL出版)、『2ひきのねこ』(ブロンズ新社)、
『講談えほん 那須与一 扇の的』(文・石崎洋司/講談社)など多数。
作品集に『宇野亞喜良クロニクル』『KALEIDOSCOPE』(ともにグラフィック社)など。
田島征三
1940年、大阪府生まれ。高知県で幼少年期を過ごす。多摩美術大学図案科卒業。
1969年に世界絵本原画展「金のりんご賞」、1974年に講談社出版文化賞、
1988年に絵本にっぽん賞、2019年に巌谷小波文芸賞、2021年にENEOS児童文学賞受賞。
2009年、新潟県十日町の廃校を丸ごと空間絵本にした「鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館」開設。
著書に『しばてん』『ふきまんぶく』『とべバッタ』『つかまえた』(以上、偕成社)、
『だいふくもち』『ガオ』(以上、福音館書店)、『た』(佼成出版社)など多数。
『ルイの冒険』
文:南部和也 絵:宇野亞喜良 友情共作:田島征三
発行:講談社
判型: 21.9 x 1 x 26.5 cm、32ページ
定価:1600円+税
※書影をクリックすると、アマゾンにとびます。

藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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