父親が通勤途中に保護した子猫 家を明るくし、受験生の息子を癒やす存在に

猫
目が大きく愛らしい茶々

 3年半前、出勤途中の男性が道端でメスの子猫を見つけた。猫風邪で弱っていたが、家に迎えて大事に育てると、健やかに美しく成長。息子の高校受験でギスギスと落ち着かなかった家の雰囲気が明るくなり、家族は笑顔いっぱいに……。天からの贈り物のような猫が日中過ごしているという会社を訪ねてみた。

(末尾に写真特集があります)

目の大きなキジ白猫

 運送業を営む慎也さんの会社は、1階が駐車場、2階が事務所になっている。事務所に入ると、机の上にカゴがあり、目の大きな可愛いキジ白猫が寝ていた。

「この子が茶々です。毎朝、出勤する時に僕が車で連れて来て、夕方、一緒に帰ります」

 優しく話す慎也さんの横で、妻の美奈子さんもほほ笑んで説明をしてくれた。

「私も午前中に事務所に来るので、ここは茶々の別宅ですね。今は3歳を超えて落ち着きましたが、保護時は通院もあり留守番をさせられなかったので、連れてくるようになりました。茶々は主人が大好きで、家でも事務所でもベタベタなんです(笑)」

子猫
保護してすぐ。猫風邪のため目がふさがっていた(慎也さん提供)

「目が開かないし、生きられないかも」と告げられた

 茶々が慎也さんにくっつくのは、「命の恩人」だとわかっているからかもしれない。2019年の5月、さまよっているところを救ってもらったのだ。

 慎也さんが振り返る。

「あまりに小さくて、最初はねずみかと思いました。よく見ると子猫でしたが、両目がぐしゃぐしゃでふさがり、歩道から車道に出ようとしていた。ゴミ置き場がそばにあってカラスも来そうだし、これは危ないなと。出勤途中でしたが保護することにしました」

「猫がいる」と電話をもらった美奈子さんは、現場に駆けつけた。慎也さんは実家で犬を飼いながら外猫を可愛がった経験があるが、美奈子さんは猫に触れたことがなかった。

「生まれたばかり?どうするのこんな小さい子と思ったけれど、親猫も周りに見当たらないし、とりあえず連れて帰りました。主人とペットショップに哺乳瓶を買いにいったけど、飲まないし鳴かないし、目も鼻もぐちゃぐちゃ。それで病院に連れていったんです」

 連休中だったので開いている動物病院を探して「猫を拾いました」と話すと、先生から「どうされますか?」と聞かれたそう。飼いますか?という意味だった。何も決めていなかったので、「家族を見つけるまでうちで預かる」というと、診察をしてくれた。生まれたばかりはなく、生後1カ月ほどだった。

「毛並みがほとんど汚れてなくて、先生が『少し前まで母猫と一緒だったのかもしれない』というので、元に戻す方がいいのかなと思いました。すると、先生から『人間の匂いがつくと母猫が育てないこともあるので、飼えるなら飼った方がいい』と教わって」

 さらに先生から診察と処置後に「猫風邪がひどくて目が開くかもわからないし、生きられるかもわからない」と告げられたのだ。「それでもとにかく温めてあげて」と。

「猫を飼ったことがないというと、先生が、ケージからホットカーペットから何もかも貸してくれました。友人が、『情が移るから飼わないなら名をつけないほうがいい』というので、みーちゃんとか呼ぶことにして、家に置いて通院することにしたんです」

 みーちゃんが「茶々」になるのはその3日後。家族はすぐにとりこになったのだった。

夫妻と猫
慎也さんと美奈子さんと一緒に

息子の心がアガり、受験の家が穏やかに

「諒大(息子)は茶々を見るなり興奮したわね」と美奈子さんが思い出したようにいう。

 諒大君は、幼い頃から生き物が好きで、昆虫や金魚を飼っていた。犬や猫も欲しがっていたが、美奈子さんは「いつかそのうち」と、のばしのばしにしていたという。

「とくに私の中では飼うなら犬で、猫は選択肢になかった……。でも連れてきた子猫を見て、息子が『飼うの?飼うの?』とキラキラ目を輝かせ、みるからに気持ちがアガッていて、こちらも心が動いたんです。もちろん、猫の状況について話しました」

 先生に、ちゃんと生きられるかわからないといわれたこと、目が開かないかもしれないといわれたこと、最後まで責任を持たなければならないこと……。よく聞かせると、諒大君は「大丈夫、目が見えなくたって全然飼える」としっかり答えたという、

 こうして家に正式に迎えることになった茶々は、通院するうちに、目が開き、どんどん元気になった。

「猫飼ったの?と息子の友だちがよく家に見にきたんですが、ある友だちが、あまりにうらやましすぎて、そのあと『保護猫を2匹迎えた』と親御さんから聞きました。すごい影響力です」

 茶々は、美奈子さんの家にも大きな影響を及ぼしていた。

 諒大君の高校受験を前に、どことなくギスギスした家の中が、明るくなったのだ。

「思春期で、話しかけても『はあ?』と『ああ』だけだった息子との会話が増えたし、私自身、息子から『顔のトーンが穏やかになった』といわれて。主人は息子が赤ちゃんの時よりメロメロでしたしね(笑)。茶々を中心に、室内が優しさで包まれたのは確かです」

男の子と猫
諒大くんとラブラブ、写真は高2の時(慎也さん提供)

制服についた猫の毛が“勲章”

 この日、しばらくすると諒大くん(17歳)が制服姿で現れた。学校帰りに事務所に寄ったのだ。

「茶々~」と、名を呼んで、その顔に自分の頬を近づける。

「こんな可愛い子、いないっすよね。“猫吸い”もいつもやってます(笑)」

 茶々が家に来た時は高校受験前だったが、高校3年生の今は大学受験を控えている。そんな諒大君にとって茶々は大きな癒やしになっているようだ。

「自分の部屋の扉を閉めると『ニャー(開けろー)』と鳴くので、開けると、ノートの上とかに乗って勉強の邪魔をする。でも別にいい(笑)」

 諒大君は茶々が大好き。それがわかるエピソードがいろいろとある。

「中3の秋、京都に修学旅行にいったときなんですけど。最初の晩にものすごーくさみしくなっちゃったんです。わあ、茶々に会いたい~って(笑)」

 ホームシックならぬ、キャットシックになったのだ。そこまで茶々にハマった諒大くんは、「茶々の毛」が服につくことにさえ喜びを感じているそうだ。

「ペットを飼っていない時、犬や猫の毛を制服につけて登校してくるやつが、めっちゃうらやましかった。だから今は、自分が猫の毛をつけて見せつける。10月から秋冬用の黒のブレザーに衣替えになったので、登校前、ブレザーを来た後に茶々を抱くんです。そうすると毛が目立つんで(笑)。動物を飼っている印っていうか、勲章かな」

男性と猫
「制服に茶々の毛がつくのがうれしい」と諒大君

 茶々とは、夏は別の部屋で寝ていたが、寒い時期は諒大君の部屋で寝ることも多いとか。それも楽しみだという。

「冬は一緒に寝られるので、これからいい季節。オレのベッドの横にクッションをおいていて、ふだんはそれで“ふみふみ”とか、ひと通り終えてから寝るんです、可愛い~!」

 母の美奈子さんよれば、家で唯一「猫語」を話せるのが諒大君で、意思の疎通がよくとれる。美奈子さんが茶々を抱こうとすると嫌がるが、諒大君には喜んで抱かれるのだ。

窓際の猫
パパが外出するとすぐ窓辺に。つま先立ちが可愛い

いつか妹か弟を迎える相談も

 家に迎えられてから、“一人娘”として、蝶よ花よと育てられた茶々ちゃんだが、諒大君は、いつか妹か弟を迎えられたらいいな、とも思っているという。

「黒猫が大好きなんです。だから、いつか、映画「魔女の宅急便」のジジみたいな可愛い黒猫が飼えたらいいなって。男性が飼うには異性がいいと聞いたことがあるので、女の子の猫かなあ」

 諒大君がそういうと、「でも男の子もいいかも」と美奈子さんが言葉を添えた。

「茶々はパパにぞっこん、息子にも抱っこされる。でも私につれなくて……。パパがお風呂に入ると甘えたように鳴いて入り口で待つのに、私にはそんなことなくて。なぜか風呂あがりの足をかじる(笑)」

 それも茶々なりの愛情表現かもしれないが、美奈子さんは「自分にだけに甘える男子猫」に憧れている。そして、そんな自分の心にあらためて驚く、という。

「私は犬派でしたし、とにかく、こんなに猫が可愛い生き物だと知らなかった。そう話すと、主人は『僕は前から知ってたけどね』というんですが(笑)」

 猫の妹や弟を迎えることや時期については、家族でもう少し相談をしたいという。

「茶々さまさまですもの。こんなに元気になって、家族みんなをつないで笑顔にしてくれた茶々を第一に考えて、うんと大事にしたいですからね」

 諒大君の大学入試まであと少し。茶々はまん丸なきれいな目で、家族をこれからも見守っていくことだろう。

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藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
ペットと人のものがたり
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