犬と暮らす家族の学び 擬人化せずに犬として、理解し尊重しながらともに生きる
岡山県吉備中央町。終戦直後に建てられた山の分校跡地を拠点に、ものづくりをしながら犬とともに暮らす家族がいる。河合誠さん、芳美さん夫妻と、娘のはなちゃんとののちゃんだ。愛犬はブリタニー・スパニエルの「ピナ」。
夫妻はピナの前にも犬種の異なる4匹の犬と暮らしてきた。はなちゃんが生まれた時は、ゴールデン・レトリーバーの「フーバー」とピナがいた。姉妹にとって、犬はいて当たり前。ある意味で空気のような存在でさえあった。それが今年1月、フーバーがこの世を去ると、子どもたちと残されたピナとの距離はぐっと近くなる。姉妹は、「犬と暮らす」、「犬と生きる」ということを知った。
フーバーが倒れた
フーバーの死は、河合さん家族にとって突然のことだった。
その日は日曜日。パタンと音をたて、フーバーは倒れた。急いで病院に連れていくと、心臓に腫瘍(しゅよう)があることがわかった。「できる治療はなく、もう数日かもしれない」と獣医師から告げられ、入院はさせずに連れて帰ることに。それから4日後に再び倒れ、フーバーはそのまま息を引き取った。
「最初に倒れてから4日間、最後まで食欲旺盛で、自分で歩くこともできました。心臓にたまった血を抜くと普通に過ごすことができ、元気に見えてしまうほど。最期のときも、フーバーはゴハンを食べていて、ほんのあと2口くらいを残して倒れたんです」(芳美さん)
フーバーは9歳。まだまだ一緒にいられるだろうと思っていただけに、家族は大きな喪失感に包まれる。しかし、フーバーの突然の死を理解できず、誰よりも寂しさや不安を全身で表して見せたのは、ピナだった。
ピナに寄り添う
フーバーと1歳違いのピナは、先住犬であるフーバーのことを好いて頼って生きていた。家に来たときにはフーバーがいて、子犬のころから遊んでもらい、夜は毎日、ぴったりとくっついて眠る。時折迷惑そうな顔をするも、フーバーもずっとピナを受け入れてきた。
フーバーがいなくなると、ピナは独りでいることができなくなった。留守番をさせようものならほえ続け、ケージに入れるとヨダレをダラダラと垂らし、粗相を繰り返す。
時折上げる寂しそうな声は悲痛に満ち、夫妻だけでなく子どもたちもまた、ピナのことが気がかりで、心を寄せるようになっていった。「ピナは寂しがっていた。誰かはピナのそばにいたほうがいいと思いました」と、はなちゃんは振り返る。
それからというもの、毎朝ピナも一緒に小学校まで行き、習い事や他の外出時も、できるだけピナも連れていくようになった。
「フーバーがいなくなって私たちも寂しい。でも、ピナはもっと寂しいんだろうって、家族全員がピナにフォーカスするようになったと思います」(芳美さん)
ピナの寂しさを、子どもたちが埋めていく
「いま、犬と子どもの距離が一番近いと感じます。ピナの世話自体、フーバーに助けられていたところがたくさんあって、その部分を、子どもたちが補ってくれています」(誠さん)
フーバーを亡くしてから、ピナのゴハンははなちゃんとののちゃんの役割に。シャンプーの後は、タオルで拭き、ドライヤーをかけてあげる。部屋でくつろぐようなときも、ピナに声をかけたりなでたりすることが増えた。
子どもたちのことは眼中になかったというピナも、名前を呼ばれると駆け寄るようになった。それがまた、ふたりのピナに対する愛着を高めているようで、太陽がジリジリと暑い日、ののちゃんは雨傘を取り出し、ピナにさして日陰をつくってあげたこともあったという。
姉妹とピナは相互的に、相手のことを意識し、関係を深めるようになっていった。
個性の違いを理解し、相手のことをくんでいく
ピナの性格は、フーバーと正反対だという。フーバーは寛容で、はなちゃんやののちゃんが今よりさらに幼い頃、上に乗られても耳を引っ張られるようなことがあっても、我慢するようなところがあった。一方ピナは、自分が嫌なことはきっぱりと拒絶する。大人も子どもも関係なく、カッと歯を立てることもあるという。
「ピナは後ろ脚を亜脱臼していて、3本脚で歩くような感じなんです。ふれられることで違和感を感じたり、ぎゅっとされることでバランスや姿勢が崩れたりするのが嫌なのかもしれません」(芳美さん)
ピナに理解を示す芳美さんだが、子どもたちをかむようなことがあればピナのことをしっかり叱る。しかしそんなとき、はなちゃんが必ず「怒らないで」と止めに入るのだそう。
「私のさわったところがよくなかったから。それに、かんだ後、ピナはごめんねっていう顔をしている」(はなちゃん)
「フーバーは賢い分、裏表がある。僕がいるときは聞き分けがいいけれど、妻と娘たちだけだとがんしてきかないようなところがあった。でもピナは、相手によって態度を変えるようなことはありません。フーバーよりも、もう少し原始的な犬っぽさがあるのがピナなんです」(誠さん)
家族が理解しているのは、2匹の性格だけに限らない。分離不安から起きるピナの行動も、やめてほしくてする行為も、家族みんながちゃんと理解している。その上で、フーバーも、ピナも、等しくかわいいと姉妹は言う。
もっとピナのことを知るための、自由研究
小学1年生のはなちゃんは今年、夏休みの自由研究の題材に「ピナ」を選んだ。
「ピナのことをちゃんと知って、気持ちを理解して、もっと仲良くなりたいと思ったから。最初は紙に知りたいことを書いて、どんな犬なのかとかを調べていきました」(はなちゃん)
飼い主は愛犬の命と健康を守る責任があること、分離不安のこと、ピナの仕事についてなど、大人顔負けの内容だ。中でも大切なのは「ブリタニースパニエルってなあに?」の部分だそう。犬種のルーツを知り、習性を知ることで、もっと仲よくなれると思ったとはなちゃんは話す。たしかに犬種のルーツを知ると、その犬種の得意なことから、苦手なこと、何に興味を引かれ、どういう行動をしやすいかまで、さまざまなことに理解や想像が及ぶようになる。
はなちゃんがその点に興味を持ったのは、犬とずっと暮らしてきた、夫妻の教えでもある。
「犬に対する感情の多くが“かわいい”に感じられて、もちろんそれでかわいがることができるなら結果としてはいいのですが、僕はもうちょっと実際のところを、子どもらも経験したり、調べたりしてほしいと思いました。野生動物や家畜と違って犬は意思の疎通ができる分、逆に人間の思い込みで擬人化してしまうことがある。そういう人間側の思い込みが進むと、かまれるといったことにもつながってしまいますから。ルーツを知ることは大切だと思っています」(誠さん)
誠さんは、犬に何かを求めることはないとも話す。それよりは、その犬を知ることが大切であり、関わり方は、個々の犬によって違ってくると、異なる犬種の犬たちと過ごしてきたこれまでの中で悟ったそうだ。
また、夫妻がこれまで飼ってきた犬たちは、中型犬のピナを除いて、すべて大型犬だった。
「はなやののくらいの年齢って、チワワとかトイ・プードルとかが好きですよね。はなも、チワワがかわいいって言います。ただそれは時に、お人形さんをぎゅっとしたいという気持ちの延長だったりする。力ではどうこうできないフーバーやピナだからこそ、わかることもあったのではないかと思います」(芳美さん)
夫妻は常々、「知らない犬には気をつけなさい」、「むやみに手を出してはいけない」と子どもたちに注意するようにしているという。それは、犬のことを犬として、ちゃんと理解しているからこそでもあるのだろう。
さて、はなちゃんは自由研究を経て、こう結論を出した。
「きっと、自由研究より前のピナの世話は、やりすぎだった。ピナがゴハンを食べ終わったらすぐにヨシヨシしていたけれど、もうちょっとそっとしておいてあげないといけなかった」
ときに軌道修正をしながら、相手を尊重することで、犬との良好な関係を築いていく。取材時、家族はソファに並んで座り、ピナははなちゃんのひざにあごを乗せ、至極心地よさそうに眠っていた。
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