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原因不明のかゆみに悩む愛犬 どんな薬がある?効果や特徴、正しく使うポイントは?

 夏が来るたびに現れるかゆみの症状。前脚が、目が、耳がかゆそうなのだけれど……。

 本シリーズでは言葉でつらさを説明できない犬のために、飼い主にできることを探ってきました。3回目となる今回は、sippo読者が獣医皮膚医療に特化した専門医に相談。かゆみ治療の最前線について解説します!

 今回は二次診療を行う動物病院「犬と猫の皮膚科」の代表であり、アジア獣医皮膚科専門医の村山信雄先生にご協力いただきました。

前脚をしきりになめ、結膜炎も…

【参加いただいた飼い主さん:根岸絵里さん】

《愛犬》英司くん(チワワ/男の子/7歳)

目元が赤くなっている英司くん(根岸さん提供)

■お悩み

・はじまり

 1歳になる手前で家族になった、元保護犬の英司くん。4歳のころから症状が出始め、しきりと前脚の先、肉球をなめたりかんだりするように。症状が出始めると、指の間が赤くなるほどなめ壊してしまう。耳がかゆいのか、しきりと頭を振ることも。目がかゆくて猫のように前脚で顔をこすり、ついに結膜炎に発展したこともあった。

・動物病院を受診

 4年前、最初にかかった病院での診断は「マラセチア皮膚炎」。マラセチアに対応するシャンプーを処方してもらい、2週間ほど、かゆみのある前脚をぬるま湯で薄めたシャンプーに浸すケアを行った。するとしばらくは症状が治まるものの、しばらくするとまた始まる。

 目をかゆがったときは、眼科で評判の動物病院にかかったところ、結膜炎を起こしていることがわかった。そちらの獣医師は「アトピー性皮膚炎かもしれない」との診断だった。

・症状は夏の深夜、早朝にひどくなる

 症状が出るのは夏場で、涼しくなるとおさまる。一日の中では深夜や早朝に目を覚まし、かゆみに悩まされている様子。今年は特に状態が悪くて、前脚の肉球がカサカサになり、床に脚をつくのさえ痛がるようになった。

マラセチア皮膚炎かアトピー性皮膚炎か

 英司くんの症状について一通り聞いていた村山先生は、まず、かゆみを引き起こす病気についての解説をしてくれました。 

「かゆみを引き起こす病気には、大きく二つの種類があります」 

・感染症によるかゆみ

 菌やカビ、ダニなどの害虫によって引き起こされるもの。英司くんが最初に診断されたマラセチア皮膚炎もその一種。マラセチア皮膚炎は、もともと皮膚に常在する雑菌が、皮膚バリアーとも呼ばれる皮膚の防御作用が弱くなったときに悪さをし始めて起きる。マラセチア菌は高温多湿、皮脂などの脂を好む。

根岸さん「夏の暑い時期になると症状が出る、という部分はマラセチア皮膚炎に適合しますね」

・皮膚炎・湿疹によるかゆみ

 皮膚炎・湿疹とは、感染のない炎症のこと。代表的なものに犬のアトピー性皮膚炎がある。アトピー性皮膚炎は、従来はアレルゲンに対するアレルギー反応だとされてきた。だが、現在は、皮膚バリアー機能の異常で敏感肌の状態ではないかとされる。皮膚が過敏になっていて、気温や湿度の変化、何かにこすれた、などのごく軽い刺激にも反応してかゆみを引き起こす。

根岸さん「目の周りをかゆがるので受診した(結膜炎を引き起こしていたと診断された)動物病院では、アトピー性皮膚炎を疑う、と言われました」

 英司くんの場合、ご飯は1年を通して同じものだということで、食物アレルギーによるかゆみの可能性は排除できる、と村山先生。だとしたら、マラセチア皮膚炎か、アトピー性皮膚炎か、どちらなんでしょう? 

村山先生「フケや肌のベタつき、赤くなる、などの症状が出始めてからなめるようになりましたか? それとも、きれいな状態の皮膚をなめたりこすったりすることで赤くなってきましたか?」

根岸さん「きれいな脚をなめ始めて、だんだんひどくなっていくんです」 

村山先生「かゆみに先だって皮膚が赤くなる=感染症なんです。なんともないのにかゆみが始まって、なめ壊してあとから赤くなる=皮膚炎や湿疹です。いまのお話だと、アトピー性皮膚炎の可能性もあります」 

 しかし、マラセチア皮膚炎用のシャンプーでは、アトピー性皮膚炎は治まらないはずだとも。つまり、両方併発しているのでしょうか。

性格、習慣……かゆみが出る原因はとても複雑

アドバイスする村山先生(左)と愛犬のかゆみについて相談する根岸さん(Zoom画面から)

 村山先生「断定はできませんが、何らかの理由で英司くんの皮膚バリアーが弱っていて、少しの刺激にもかゆみが発生してしまう状態なのかもしれませんね。それで何かをきっかけにかゆみを感じてしまい、なめたりかんだりするうちに患部を傷つけて、常在菌のマラセチアが暴れやすい状況を作ってしまった。だからシャンプーでマラセチアをたたくと状態が改善する、という可能性はあるのかも。いずれにせよ、そもそもの皮膚バリアーの力を取り戻すために、継続的にスキンケアはしてあげたほうがいいでしょう」 

 目の周りも、耳もかゆがるという英司くん。原因はより複合的かもしれないといいます。

「難しいところですが、私たち専門医はあらゆる可能性を考慮します。たとえば、耳をかゆがる、とおっしゃいましたよね。実は、しきりと気にするその場所が、直接の患部ではないこともあります。耳がかゆいが、直接耳の中をかくことができないから、前脚をなめる、ということもあります。ひじが痛いのに脚先をなめる子もいます」

 村山先生は犬の性格の影響も指摘します。

「チワワは非常に繊細なので、静かな深夜や明け方に気になって、なめてしまうのかもしれません。繊細な心まで管理することはできませんが、少しでも英司くんがリラックスできる環境を作ってあげることはできるでしょう。眠れない、つらい症状が夏の間だけだというなら、その期間だけでもかゆみ止めを使って、しっかり症状を抑えるという手もあります」

新しい薬は何が違う? 薬の副作用は

 原因はいろいろ考えられますが、「かゆみ」という症状に対しては、やはり薬が有効だと村山先生は指摘します。 

 しかし、薬を使うことに対しては不安がある根岸さん。

「以前、後ろ脚の前十字靭帯(じんたい)を手術したとき、痛み止めの副作用で血尿が出てしまって。術後なのに痛み止めが使えなくて、見ているだけでもつらかったので」 

村山先生「なるほど。では、かゆみ止めの薬について少しお話ししましょう。 

 現在、犬のかゆみに対応する薬は、開発された順に並べると次の4種類があります。

  1. ステロイド
  2. 免疫抑制剤
  3. ヤヌス キナーゼ(JAK)阻害剤
  4. サイトカイン抗体製剤

 実は、かゆみの管理において、この四つの効果はほとんど変わらないのです。

 では何が違うのかというと、新薬になればなるほど、かゆみのどこに働きかけるかが絞り込まれているんです。

1.ステロイド2.免疫抑制剤はかゆみをおさえるだけでなく、炎症を起こしている皮膚を治す作用もあります。

3.JAK阻害剤4.サイトカイン抗体製剤は純粋なかゆみ止め。かゆみに反応する神経だけを抑えてくれるんです。よりピンポイントに、かゆみにだけ効くように作られているので副作用はとても少ないんです。極論すれば、生涯使い続けてもいいぐらいです」。 

 また多くの飼い主さんが副作用を心配するステロイドについても、

「人間や哺乳類の体内で作りだされているホルモンの一種ですから、期間と量を守れば心配ありませんし、期待できる効果もあります」 

 それぞれの薬には、効果が出るまでの期間も特徴があると言います。 

JAK阻害剤は、症状が出始めてすぐに1日2回服用すれば、比較的早く効果が現れる。

サイトカイン抗体製剤は注射薬。一度打てば1カ月ほどは効果が持続する。毎日与える必要はないが、効き始めるまでにやや時間がかかる。 

 このように、薬の特徴や副作用、またタイミング、使う期間などを総合的に判断して薬を処方しますが、「英司くんの場合かゆみに悩まされているのは夏に限るので、それぐらいの短期間であれば、4種類のどれを与えても副作用は心配いりません」と村山先生はアドバイスをしてくれました。 

 それでもやはり、薬を使わずに済めば……と思う飼い主さんは多いもの。根治や体質改善ができる治療はないのでしょうか。 

村山先生「残念ながらアトピー性皮膚炎については生涯付き合っていくことになります。ですが、どこの動物病院も無意味に薬を出すようなことはしません。症状に合わせて、使うべきタイミングで、使うべき薬を使わないと、症状を長引かせてしまうことにもなります」 

 そして、治療期間が長引くということはそれだけ愛犬にも家族にも負担が続く、ということ。やはり、「用法・用量を守って正しく使う」ことが肝心なのですね。 

 ただ怖がるのではなく、どんなことも獣医師に聞いてほしい、と村山先生。 

「一番いいのは、メインとなる主治医を決めておくこと。ネットなどで病気や薬について不安になるような情報を見たとしても、かかりつけの獣医師に相談して正しく理解する。飼い主さんの疑問や不安に真摯(しんし)に向き合ってくれる獣医師さんなら、きっと信頼できるはずです。

 治療を続けてもなかなか症状が改善しないときは、村山先生のクリニックのような専門病院を頼るのも選択肢だと言います。ただ、その際にも「主治医」との連携は大切です。 

「私たちは診断内容や検査データ、治療内容、処方した薬などの情報をすべてかかりつけの獣医師と共有します。かかりつけの先生がすべての情報を把握していれば、複数の病院で飲み合わせの悪い薬が同時に処方されるなどのトラブルも避けられるのです」。村山先生は、コミュニケーションの核となる獣医師の存在の大切さを教えてくれました。 

 愛犬のかゆみにどう対処すればよいか、これまで3回にわたって考えてきたこのシリーズ。 

 飼い主さんに必要なのは、薬を含めた最新の対処法に対する理解を深めること。日頃愛犬をよく観察して、獣医師とコミュニケーションをしっかり取りながら、適切な治療を受けさせること。そうすることで、悩ましい「かゆみ」とうまく付き合い、愛犬に少しでも快適な生活を過ごさせてあげることができるのです。sippoでは多くのワンちゃんが悩む「かゆみ」や皮膚トラブルについて、引き続き深く学ぶ機会としてウェビナーの開催も検討しています。

話を聞いた人:村山信雄 獣医師

犬と猫の皮膚科代表 アジア獣医皮膚科専門医。獣医学博士。帯広畜産大学畜産学部獣医学科卒。牛や馬など大動物の診察経験を経て、犬や猫を診る獣医師に。2010年にアジア獣医皮膚科専門医の資格を取得し、16年、ホームドクターをサポートする皮膚科専門のクリニックを開設。研究活動としてセミナーや講演なども行う。

浅野裕見子
フリーライター・編集者。大手情報出版社から専門雑誌副編集長などを経て、フリーランスに。インタビュー記事やノンフィクションを得意とする。子供のころからの大の猫好き。現在は保護猫ばかり6匹とヒト科の夫と暮らしている。AERAや週刊朝日、NyAERAなどに執筆中。

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この連載について
愛犬のかゆみ、どうすれば?
愛犬のかゆみに気づいていますか? かゆみの症状やケア、最新治療など、犬の飼い主さんに役立つ情報をまとめました。supported by ゾエティス・ジャパン
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