動物と人は対等な関係、私を導きヒントをくれた 映画「ハウ」出演の長澤樹さん

映画「ハウ」について語る長澤樹さん

 心優しい保護犬が主人公の映画「ハウ」が8月19日、公開されました。出演者インタビュー2回目は、福島の帰還困難区域出身の中学生、朝倉麻衣役を演じた長澤樹さんです。保護犬ハウと出会い心を通わせていく役柄で、ハウとのダンスも見どころです。ハウ役を演じたベックとどのように関係を築いていったのか、撮影を通じて「人と動物の関係」についてどんなことを考えたのかーー。長澤さんに聞きました。

気持ちを明るくしてくれる存在

――ハウ役を務めたベックとはかなり長い時間、一緒に撮影をしました。印象は?

 一言で言えば無邪気、です。私が疲れていたり、テンションが下がっていたりしていても、一緒にいるだけで気持ちを明るくしてくれる、そういう存在でした。リハーサルでは等身大のパネルを使うことでベックの負担を減らしているのですが、いざ本番になって登場すると、明るいオーラを背負って出てくるんです。「あ! 来た」という感じでわくわく感が高まり、毎回、すごく元気をもらえました。

――存在そのものが魅力的なんですね。

 ベックみたいな無邪気で、自然とまわりを明るくできるような存在にあこがれます。ベックみたいに、私もなりたいです。

――ベックと一緒にダンスをするシーンがあります。大変だったのでは?

 撮影前に何度かベックと一緒に練習をしました。その時に、ドッグトレーナーの宮忠臣さんからいろいろと技を教わりました。たとえば、私が足をあげるとその上を、かがむと背中の上を、ベックは跳んでくれます。そういう技をおぼえたうえで、自分の創作ダンスのなかに盛り込んで踊りました。ただ練習では成功していたのですが、本番は駅のホーム上だから高さもあり、やはり不安でした。演技をしながら踊るということで、意識しないといけないことも多かったですし。でもベックが乗り気になってくれてからは、すごく楽しくできました。

――ベックにスイッチが入った?

 はい、そうです。ダンスに合わせた曲がかなりの音量で流れたりしていたこともあり、最初は少し気が散ってしまっていたようでした。でもそのうちに、私と目が合い、向き合ってくれたとわかる瞬間があったんです。それからはちょっと足をあげただけで確実に上を跳んでくれて、一緒にくるりと回ってくれて、本当に楽しく踊れました。

――ベックが向き合ってくれる関係というのは、どのように築いたのでしょう。

 祖母の家では昔から犬や猫が飼われていて、動物との接点はこれまでもあったのですが、実は大型犬は初めてでした。だから初めてベックに会ったときは、けっこう怖かったんです。賢いからかんだりとかいうことは全くないのですが、どうしても腰が引けてしまっていました。それが、ベックには伝わってしまっていたんだと思います。最初の頃は何もかも、うまくいきませんでした。私がリードを握っているだけで、ベックがそわそわしてしまったりして。

 でも無邪気なベックに、だんだん私のほうが慣れてきて、接するのが楽しくなりました。それからは、なるべく名前を呼んであげるとか、そばにいてあげるとか、当たり前のことをしていました。普通のことをあまり意識せずに続けているうちに、私のほうが、ベックを心から信頼できるようになりました。するとベックのほうから、何もしていない時でも、私についてきてくれるようになったんです。

映画『ハウ』より (C)2022「ハウ」製作委員会

ペットと人は「対等な関係」

――どのくらいの期間、ベックと一緒の撮影があったのでしょう。

 私は、撮影の最初から最後までずっと一緒でした。練習期間も含めると、あわせて2カ月半以上をともに過ごしたことになります。ほかの出演者の方と比べて、かなり長かったほうだと思います。ここまで深くかかわった動物は、ベックが初めてです。もともと動物が大好きなので、幸せな時間を過ごせました。

――長澤さんにとって犬などのペットはどういう存在ですか?

 対等な関係だなと思います。ペットというと「人が飼う」というイメージが強いですが、ベックと一緒に過ごしたことで、考えが改まりました。飼う飼われるというのではなく、相思相愛のような感じです。私は福島第一原発事故の被災者の役を演じたのですが、最初に、実際の帰還困難区域にも足を運ばせてもらいました。そこでたくさんのことを感じた後にベックと会ったのですが、すべてを見透かされている気がしたんです。自分が朝倉麻衣として一歩踏み出せない状況に対して、ベックが答えに導いてくれていると、リアルに感じる瞬間がありました。言葉で教えてくれるわけではないのだけど、麻衣である自分にヒントをくれて、本当に背中を押してくれた。そういうこともあって、一緒に演技をしてくれている、真に対等な関係なんだなと思いました。

――では劇中の麻衣にとって、ハウはどのような存在だったのでしょう。

 偶然出会った「道標」でしょうか。自分のなかで答えが出せなかった、なかなか一歩が踏み出せなかった麻衣の前に、ハウは突然あらわれた。一緒に踊ったりするなかで、たくさんのことを教えてくれた。それをもとに自問自答を繰り返して、最終的に麻衣は仲間と理解し合えて、ともに過ごせるようになる。神様というわけではないけれど、実在を疑いたくなるような不思議な存在ですよね。ハウは最後、麻衣のもとから去っていきます。麻衣は、それを悲しんだりはしなかったはず。ハウが「この子はもう大丈夫だ」とわかって去っていくのだと何となく理解していて、本来の自分を取り戻せた自信のようなものを胸に見送れたのではないでしょうか。

インタビューにこたえる長澤樹さん

――将来、自分も犬や猫を家族に迎えたいという気持ちになったのでは?

 撮影が終わってからは「ベックロス」になっていました。以前は祖母の家にもいる小型犬のほうが好きだったのですが、いまは、将来ぜひ大型犬を飼いたいと思っています。それくらい、ベックに気持ちを持って行かれました。いつか大型犬と一緒に散歩をしたいです。

 祖母の家に今いるワンちゃんは、もともと虐待されていた子でした。おとなになってから祖母の家に引き取られてきました。だから祖母にとって犬は、自分が愛してもらうのではなく、愛してあげたい存在なのだそうです。よく「(世話が)たいへんだ、たいへんだ」と言っていますが、私から見ると、ワンちゃんが祖母の心のよりどころになっているようにも思います。人と犬の、言葉にならないそういう関係もいいですよね。

――最後に、映画「ハウ」でのベックのおすすめシーンを教えて下さい。

 私とのシーンに限らず、ベックと俳優さんの目が合うシーンがいくつかあります。自分としてはそのシーンに引き込まれます。セリフがないぶん、お互いに何を考えているのか、想像する自由があるんです。自分としてはこういうふうに思って演じているのだけど、スクリーンで見ると、見た人それぞれが異なる解釈ができる、いい意味で違うニュアンスで受け止められるところがある。ハウは声が出せない犬だからこそ、お互いにセリフのないこれらのシーンを見てほしいです。

 そして、何かが劇的に変わらなくても、見たあとにあたたかい気持ちになってくれたらいいなと思っています。

ながさわ・いつき/2005年生まれ、静岡県出身。2020年公開の「破壊の日」で映画初出演。21年公開の「光を追いかけて」でヒロインを務めた。主な出演作にNHK土曜ドラマ「一橋桐子の犯罪日記」など。23年には主演映画「愛のゆくえ」が公開予定。
『ハウ』
8月19日(金)全国ロードショー
原作:『ハウ』斉藤ひろし(朝日文庫)
出演:田中圭 池田エライザ 野間口徹、渡辺真起子、モトーラ世理奈、深川麻衣、長澤樹、田中要次、利重剛、伊勢志摩、市川実和子、田畑智子、石田ゆり子(ナレーション)、石橋蓮司、宮本信子
監督:犬童一心
脚本:斉藤ひろし 犬童一心

太田匡彦
1976年東京都生まれ。98年、東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当した後、AERA編集部在籍中の08年に犬の殺処分問題の取材を始めた。15年、朝日新聞のペット面「ペットとともに」(朝刊に毎月掲載)およびペット情報発信サイト「sippo」の立ち上げに携わった。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』『「奴隷」になった犬、そして猫』(いずれも朝日新聞出版)などがある。

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