坂上忍さんの挑戦 動物保護ハウス「さかがみ家」から持続できる保護活動を目指して

坂上忍さん
「きれいに稼いで、きれいに使いたい」。命を守り、つなぐ活動にはお金がかかります。持続可能な保護活動を確立するために『さかがみ家』を立ち上げた、と坂上さんは言います(中西真基撮影)

 千葉県の海沿いの街。俳優の坂上忍さんが2022年4月にオープンさせた動物保護ハウス『さかがみ家』があります。

 大の動物好きとして知られる坂上さんが、なぜこれほど大規模な施設の開設と運営に乗り出したのか。その思いを伺いました。

(末尾に写真特集があります)

着想は4年以上前から

 人気テレビ番組『坂上どうぶつ王国』(フジテレビ系)でも動物への愛を熱く語っている坂上さん。動物保護ハウス『さかがみ家』の着想はどこから始まったのでしょう?

「今年の秋で『坂上どうぶつ王国』は丸4年になるんですが、番組開始の1年ほど前から打ち合わせはしていたんです。その時点でフジテレビには動物番組がなくて。動物番組といえば、面白おかしい動画や可愛い映像を集めて流す、それが標準的なスタイル。でも僕はずっと前から『保護活動』をやりたかったんです」

 そんな坂上さんの思いをくんで、番組がスタートすることに。

「それでむしろ決意が固まった、ともいえますね。僕が口にしたことを、番組が形にしてくださる。言ったからにはやりぬかなきゃ。もう逃げられない(笑)」

芝生の上を走る犬
千葉県にオープンした『さかがみ家』。その敷地面積は、なんと4500坪! 海風が心地よい庭には芝生が広がり、スタッフと犬たちがのびのびと駆け回っています(中西真基撮影)

ペットショップで売れ残っていた子犬

 坂上さんと動物のかかわりあいは、幼少期にまでさかのぼります。

「野良猫を拾ってきては『責任もって世話するから!』と親を説得し、結局は母親に世話を押し付ける。そのパターンを繰り返しました。一人暮らしするようになってからも犬を飼い、世話しきれなくなって友人に引き取ってもらったり。まったくもっていい飼い主とは言えない。こんなんじゃ動物を飼う資格はない、と長らく遠ざかっていた時期もありました。でも、どこかにその悔いが残っていたんですね。40歳を過ぎた頃に、『過去の失敗をやり直すことはできないけれど、今なら、何かあのときの失敗を補えるのでは?』と思ったんです」

 そこで、ペットショップで「売れ残り」扱いされていた犬を引き取るようになりました。

「ある日、リードを買いに店に行ったら、売れ残りのさらに売れ残り、みたいな扱いで、小さなパグ犬が信じられないような値段で出されていたんです。弱々しくて、片手に乗るほどの小ささで、耳なんて誰かに食いちぎられてボロボロ。この子、このまま放っておいたら死んじゃうんじゃないかな、と思いました」

坂上忍さん
動物愛護法もようやく改正になったものの、国や法律を動かすには時間がかかります。「僕は千葉県から始めようと思っています。税金の一部を動物愛護に回してもらう代わりに、ここを動物愛護特区にして人を集める! そんな仕組み作りを考えているんです」(中西真基撮影)

 しかし「犬を買う」行為に抵抗があった坂上さんは店に交渉します。

「これまでにこの子にかかった経費は僕が払う。その代わりに引き取れないか」

 代金ではなく、ここまでの養育費などを負担することで譲り受けたい。その申し出をペットショップは快諾。その時のパグ犬が、坂上さんのブログにも時折登場する「四男坊」のパグゾウ君です。

「動物病院で、この子は生きても4、5年ですって言われたんです。それからですね。今のペット産業ってどうなってるんだ?と思って調べ始めたのは。売れ残りを引き受けることで少しでも貢献できていると思っていたのですが、どうやら違うぞ、と気づいたきっかけでもありました」

知れば知るほど湧き上がる疑問

 さまざまな動物愛護団体やボランティアさんと知り合う機会も増えました。シェルターを取材したり、話を聞くたびに、坂上さんの中に疑問や問題意識が湧いてきました。

「保護活動をしている人は、動物が大好きで救いたいと思っている。でも、それにはお金がかかる。そこで寄付やクラウドファンディングに頼る。どうかすると私財を持ち出してでもがんばる。こんな、善意のかたまりみたいなシステムが、いつまで続くのか。まだ何一つ成し遂げていない自分が言うのは生意気ですが、もっと安定して持続できる保護活動はできないものか。そのためにも、自分たちなりのやりかたを考えよう、と思うようになりました」

くつろぐ犬
犬たちの散歩は1回平均20分。庭を走り回っているので運動量は十分ですが「毎日コースを変えて、さまざまな環境に慣れるように。また、社会に出ることでお散歩のルールを学ばせています」。写真はモコちゃん(推定2歳)(中西真基撮影)

 坂上さんが、深く考えるきっかけになった言葉あるといいます。

「20年以上も活動をしている60歳ぐらいの女性が、ぽつりと言ったんです」

“長年活動してきたことは間違っていなかったと思う。動物たちから多くのものを与えてもらったとも思う。でも、振り返ってみると、私は何を変えられただろうか? 何が残ったのか。生活の保障もないし、世の中も変わらない。そう考えると無力感に包まれる”

 保護活動のあり方を変えるにはどうしたらいいのか。坂上さんの模索が始まりました。

きれいに稼いで、きれいに使う

 今年4月12日、坂上さんは8年間毎日出演していたお昼の情報番組の司会を卒業しました。

「本当は(番組卒業後)半年ぐらい休もうと思っていたんです。毎日頭も体もフル回転でしたから。でもふと、ここで止まっちゃダメだ、と思って。このまま動き続けないと始められないな、と」

 なんと、番組卒業の3日後には千葉県に動物保護ハウス『さかがみ家』をオープン。1階は犬のシェルターで個室の常設ケージがずらり。犬のフード専用のパントリーとキッチンがあります。

 2階は猫シェルターになっていて、同じく猫のフード専用パントリーとキッチンが。動物にまつわる知識や技術を持ったスタッフが24時間常駐するため、各階には宿直室も。

猫シェルター
日光がさんさんと降り注ぐ、猫部屋。みんな元気いっぱい、縦横無尽に走り回れます(中西真基撮影)

「生意気を言うようですが、僕、自分の名前にまだそこそこ価値はあると思っているんです。だから利用できる知名度はえげつなく利用しようと(笑)。ただ、自分の名前でやるからには、お金をきれいに稼いで、きれいに使わないといけないと思っています。信用だけは失うわけにいかないですから」

「一番大切なのは、動物の世話をしてくれる人たち」と話す坂上さん。

 保護動物をケアをする人たちが疲弊しては絶対にダメ。仕事としてきちんとお給料を受け取って、生活に不安がない状態にしないと、プライドと責任をもって受け持てないから、と断言します。

 さかがみ家はその言葉のとおり、動物にも人間にも快適で清潔な空間です。

坂上忍さんと愛犬
坂上さんと愛犬のアキ君(6歳)。元飼い主が高齢でお世話が難しくなり、譲渡先を探すことになったところへ、縁あって坂上さんの家に引き取られました(中西真基撮影)

いずれ「自分たちなりのやり方」で

 まずは信頼できる協力団体の保護動物を「預かる」ことからスタート。

 動物たちの世話をしながら、商品の開発や飲食産業などなど、お金を生むアイデアを練っているところだといいます。

「犬や猫のウンチを拾いながら考えれば、アイデアも拾えるんじゃないかと(笑)。まだまだ勉強中なので、保護動物の所有権はあくまでも保護した団体のもの、というところから。最近名古屋から引き取った子猫3匹は、初めて所有権をもらいました。ここから徐々に、自分たちなりの譲渡条件や譲渡につなげる方法を探っていこうと思っています」

 譲渡会についても疑問がある、と坂上さん。もっとフランクに動物と触れ合って、お互いの相性を確認し合う方法はないものか。それも、動物にストレスを与えない方法で……。

坂上忍さんと仲間たち
坂上さんはじめ、ペット管理栄養士や動物看護師など『さかがみ家』のスタッフはそれぞれの分野のプロフェッショナルぞろい! 誰もが動物たちの幸せを願い、日々模索中です(中西真基撮影)

「譲渡条件も厳しすぎたり甘すぎたり。団体ごとにまちまちですよね。高齢だから、独身だから、と譲渡を断られる人もいます。高齢者こそ暮らしの伴侶は必要だし、若い人より経験値が高い場合だってある。たしかにやんちゃな子犬では負担かもしれないけれど、8歳以上、10歳以上の落ち着いたシニア犬だったら。お互いシニアなら穏やかに暮らせる可能性も高い。もしもその人に万一のことがあったときは、こちらで受け皿を用意する。もちろんそのリスクを負うためにはお金のことを含め、諸条件を整える必要もあるでしょう。賛否両論、ご批判もあるでしょうけど、そんなことかまっていたら何も始まらない。だから、ここから始めるんです」

 理想論ばかりで恥ずかしいなあ。と、苦笑いする坂上さん。

 大きな夢に向かっての第一歩を、今踏み出したばかりです。

 撮影:中西真基(agence-hirata)

浅野裕見子
フリーライター・編集者。大手情報出版社から専門雑誌副編集長などを経て、フリーランスに。インタビュー記事やノンフィクションを得意とする。子供のころからの大の猫好き。現在は保護猫ばかり6匹とヒト科の夫と暮らしている。AERAや週刊朝日、NyAERAなどに執筆中。

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