「トラジです。僕たちの最終話だよ。僕もいよいよ登場するのかな」(小林写函撮影)
「トラジです。僕たちの最終話だよ。僕もいよいよ登場するのかな」(小林写函撮影)

情が移り「預かり」から「家族」に TNRで捕獲した元野良猫たちの存在に支えられる日々

 1匹の野良猫「ミー」を保護した経験から、野良猫の一生に思いをはせるようになった会社員の一恵さん。彼女の働きかけにより、勤務先の構内で猫たちのTNR活動が行われたその初日、1匹の母猫と2匹の子猫が捕獲機に入った。(こちらの記事の続きです)

(末尾に写真特集があります)

見つからない預かり先に名乗りを上げた

 子猫は2匹ともオスで、餌をあげていた男性の話から生後約2カ月とのことだった。ともに白地にキジ模様が入り、1匹は長毛のようだが、粉塵にまみれて見る影もない。2匹ともひどい猫風邪をひいており、顔は目やにと鼻水で汚れきっていた。

 子猫は、猫の保護活動を行うボランティア集団のリーダーKさんが引き取り、譲渡会に出すまでの間、ボランティアの家で世話をすることになっていた。だがちょうど猫たちの繁殖期で、Kさんを含めてどこも手一杯。もし感染症にでもかかっていたら、ほかの猫に移す危険があり、先住猫がいる家での預かりは難しかった。

「僕たちの部屋の入口に、おばあちゃんが作ったきれいなタペストリーがあるんだ」(小林写函撮影)

「それなら、私が2匹を預かります」

 一恵さんは、思い切って預かりボランティアに名乗りを上げた。

 一恵さんの猫飼育の経験は浅く、ミーを自宅で世話をした4カ月だけだ。でもそのおかげで猫に接する自信はついていた。ただミーは成猫で、風邪をひいたことはなかった。それに一恵さんには、不妊・去勢手術後に構内に戻ってきた猫たちのめんどうを見る仕事もある。

 それでも、猫のためにできる限りのことをしたいという思いは強かった。

診療を終え、2匹の子猫はやってきた

 2匹の兄弟猫は、保護猫の扱いに慣れた動物病院で血液検査や駆虫などの初期診療を経たのち、一恵さんの住むワンルームのアパートにやって来た。

 ウィルス検査の結果、幸い猫エイズと猫白血病は陰性だったが、風邪をなおすために目薬や抗生剤を投与する必要があった。そのやり方は、猫を運んできてくれたKさんが教えてくれた。

「モフです。モフモフだから毛のお手入れはたいへんさ」(小林写函撮影)

 その夜、一恵さんが用意したケージの中で、2匹は一晩中しゃがれた声で鳴いていた。動物病院では別々のケージに入れられ、張り裂けんばかりの声で毎日鳴いていたそうだ。そのため、喉がかれてしまったらしい。生まれてはじめて兄弟離れ離れで過ごすことになり、不安だったからに違いない。

 一恵さんの家で鳴いたのはその夜だけで、翌日からはケージの中でくっついて眠るようになった。看護のかいもあり、3日で風邪の症状は改善され、1週間もすると毛なみもふっくらと、こざっぱりしてきた。長毛猫はきれいな緑とブルーのオッドアイであることも判明した。

 この猫を「モフ」、もう1匹はモフに比べて小さいので「チビ」と名付けた。

世話はやけても微笑ましい

 家に馴染んだ頃を見計らってケージから出すと、2匹は夢中で駆け回った。狭い部屋の中で何が楽しいのかと思うが、子猫にとっては押し入れも棚もすべてが遊び場だ。

 さわろうとしたり、目薬をさすために捕まえたりしようとするとシャーシャー威嚇してくる。ケージの中にいたときは問題なかったのに、外へ出たらこっちのものと言わんばかりだ。

 モフは物おじせず、愛嬌がある性格。チビはビビリで臆病。2匹は喧嘩もするが、仲がよかった。

 遊び疲れると、ぱたっと動かなくなり、そのまま眠りこける。まるで電池が切れたおもちゃのようで、微笑ましかった。

初めての譲渡会で震える2匹

 こうして1カ月が経ち、2匹の譲渡会デビューの日がやってきた。

 たくさんのケージが並ぶ会場は人で賑わっていた。猫たちはケージの中で眠っていたり、遊んでいたり、思い思いにくつろいでいるように見えた。

 ただ、モフとチビだけは、ケージの隅っこに重なるようにくっついて目をつむり、震えていた。

 家にいるときとはまるで別猫のようで、一恵さんの胸は痛んだ。長毛でオッドアイの猫は人気があり、通常なら譲渡の申し込み殺到になるはずだが、目を閉じているモフは自慢の瞳がアピールできない。

「仲良し兄弟なので、2匹一緒に引き取ってくださるお宅が希望です」と一恵さんが来場者に説明し、「長毛猫だけが欲しいんですけど、2匹ですか……」とがっかりしたように言われたときには、チビが不憫に思えた。

「チビです。肝っ玉も小さいんだ」(小林写函撮影)

 結局申し込みはなく、譲渡会が終わる頃にはモフは過呼吸になり、猫ベッドの下に水がたまるほど、べったりと汗をかいていた。

家族として迎えることを決意

 家に帰り「よくがんばったね」とおやつでねぎらった。だがチビは極度に緊張した時間が長かったせいか、大好きなおやつを吐き戻してしまった。

 数時間もすると2匹はやっと落ち着きを取り戻した。そうして一恵さんのベッドの上で仰向けになって脚をのばし、寝息を立てはじめた。

 懐いてこなくても、威嚇されたとしても、スキンシップができなくても、一緒に暮らしていれば距離は縮まるし、気持ちも通う。

 狭くても日当たりが悪くても、一恵さんと暮らすこの場所が、2匹にとっては安心できる家なのだ。

 一恵さんはその日、2匹を自分の猫として迎えることを決めた。

猫たちが日々の支えに

 正式に2匹が一恵さんの家の猫になったのは、それから1カ月後だった。この間、ほかの譲渡希望者が現れ、結局はうまくいかなかったのだが、そのため1回は家に迎えるのを断念したり、Kさんとの話し合いに時間がかかったからだった。

 それから数週間が過ぎ、2匹の去勢手術は、一恵さんがミーのかかりつけだった動物病院の院長先生に頼んだ。

 手術後に1泊入院することになったが、2匹が怖がりだということを伝えると、一緒のケージに入れてくれた。

 迎えに行くと「あくびのタイミングや寝姿がいつもシンクロしていました。さすがに兄弟ですね」と看護師さんが笑いながら教えてくれた。

 モフは家に迎えると決めた日を境に、自分から一恵さんの足元にすり寄ってくるようになった。しょっちゅう後をついてまわり、呼ぶと駆け寄ってくるようになった。

 チビは相変わらずビビリのままだったが、それでも一恵さんが顔を近づけても逃げなくなった。

 その後一恵さんは広い部屋に引っ越し、さらに会社の近所で保護した茶トラ猫「トラジ」を迎えることになる。

 情が移りやすい自分は、預かりボランティアには向かないのだと、つくづく思う。

 でも、今は両親のもとで幸せに暮らすミーがもたらした猫との縁は、一恵さんにとっての日々の支えになっている。

【前の回】変わっていく周囲の反応とやわらぐ職場の雰囲気 TNR活動がもたらしたもの

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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