「おむつ」から「マナーウェア」へ 数千匹の犬猫のお尻を見つめ続けた男たち
「おお!オスのマーキングのおしっこはこうやって飛ぶのか!って。ずっとお尻ばっかり見てました(笑)」
「愛犬を連れてあちこち行けるようになったという声を聞くと、この仕事をしていて本当によかった、と思いますね」
ペット産業のさまざまな分野で知恵を絞り、額に汗している『しごとにん』たちがいる。日々進歩するペット関連商品やサービスの裏側には、どんなドラマがあるのか。その知られざるストーリーにスポットを当てる新連載。第1回は、高齢動物用だと思われていた「おむつ」を全世代向けの「マナーウェア」へと昇華させた、ユニ・チャームの奮闘ぶりを紹介する。
若いのにおむつをつけるのは「ダメ犬」?
今回話を聞かせていただいたのは、ユニ・チャーム株式会社グローバル開発本部に籍を置く小松原大介さんとグローバル ペットケア マーケティング本部の寶嶋隆志さんだ。
同社がペット用おむつの市場に参入したのは2001年。当時のペット用紙おむつの用途は主に病気やケガ、高齢で介護を要する犬だった。
商品が大きく転換したのは、2011年。オスの犬専用、それもおしっこ専用に用途を絞った商品を登場させた。その名も『オス犬用 おしっこおむつ』。さらに2014年には、利用者の声を聞きながらバージョンアップさせた「マナーウェア」が販売されるようになった。
現在マナーウェアの犬用は、男の子用(おしっこ専用)、女の子用(おしっことウンチをケア/オス・メス兼用)、長時間用があり、それぞれ複数のサイズ展開がある。また猫用はオス・メス兼用で3サイズ展開だ。
しかし、これほど多岐にわたって展開するまでには、そもそもマナーウェアという商品が立ち上がるまでの道のりがあった。両氏が当時をこう振り返る。
寶嶋 「当時は愛犬と一緒に入れる店の数も、今以上に少なかったんです。その大きな要因は、やはり排泄(はいせつ)の問題でした。海外では犬連れで電車に乗れたりするのに、日本では一緒に食事を楽しむのはもちろん、出かける先も限られる。逆にいえば、そこにチャンスがあるのでは?とも考えました」
だが、最初から順風満帆な船出、とはいかなかった。
寶嶋 「高齢でも病気でもない犬におむつをつけることへの抵抗感は大きかったですね。足腰が弱って、上手に排泄できないからやむなく使うもの、という印象が強かったんです」
小松原 「若いのにおむつを使う犬=トイレのしつけができていないダメ犬、というイメージ。飼い主も何だか肩身が狭い。そんな時代でした」
そんなマーケットに働きかけ続け、状況を逆転させたのは、ひとえに地道な調査と開発、啓もう活動のたまものだったという。
1商品あたり200~300匹を調査!
開発にあたって大変だったのは「多彩な犬種とサイズにどう対応するか」だった。犬種ごとに体格は大きく違う。毛の多い・少ないの差もあれば、毛質や長さも違う。何より高齢介護犬と違うのは、対象とする犬が走ったり跳びはねたりすることだ。
オスのおしっこに特化した腹巻タイプの開発は、あるお客さんの言葉がきっかけになった。
「ペットシーツを折り曲げて胴体に巻いて、洗濯ばさみで留めてみたけど、全然だめだったんだよね(笑)」
小松原 「オス犬のおちんちんは腹部に近いところにありますが、おむつが数センチずれただけで、外に漏れ出してしまう。そこでおしっこをせき止めるギャザーの位置や高さをミリ単位で調整し、前のギャザーは内側に、後ろのギャザーは外側に倒れるように工夫しました。性器の周辺は毛が薄いので肌かぶれを起こしては大変。人間の赤ちゃんやお年寄りと同じく、肌に優しい素材を追求しました」
千差万別の体形に合わるためには1匹でも多くのサンプルデータが必要だ。犬を散歩させている人を見かければ声をかけ、動物病院にお願いして患者さんを紹介してもらう。体のサイズを計測し、サンプルを装着してもらったり、排泄の様子を観察させてもらったりもした。
寶嶋 「その後、メス犬用(お尻を包み込むタイプ)や高齢犬用、猫用などさまざまな商品を開発、販売してきましたが、ひとつの商品を世に出すたびに、少なくとも200から300ほどの犬と飼い主さんにお会いします。ご自宅を訪問し、排泄するところをじっと凝視(笑)。『おお、マーキングのおしっこって、そんな風に飛ぶのか!』なんて」
1商品あたり200から300匹! これまでのモデルチェンジまで含めれば、総数は数千匹にものぼることになる。
小松原 「おしっこにもいろんなパターンがあります。マーキングでほんの1滴2滴を何回もする子もいれば、回数は少なくても一度に大量にする場合もある。そのどちらにも対応できなければいけない。使用時間についても、近所の買い物程度か、旅行なのか。出先で交換するのは大変ですから、自宅に戻るまで、あるいは宿に着くまではもたせたい。どんな場面を想定するのか、犬と飼い主さんがどんなことに困り、どんなことが楽しいのか。
『愛犬をサマーカットしたら2サイズも変わった』なんて話を聞いて『それは想定してなかった!』ってひざを打ったことも。2匹と同じケースはないし、すべてが勉強です」
子犬の頃から使ってほしい!
せっかく開発した商品も、使ってもらえなければ意味がない。冒頭に紹介したように、若い犬におむつをつけることに消極的な人たちに、どう理解してもらうかも課題だった。獣医学会にサンプルを持参して手に取ってもらい、意見を聞いた。モニターを募集し、ドッグランに集う飼い主たちにも話を聞いた。
小松原 「まさに草の根活動です。でも、話を聞いていくうちに『家の中でマーキングして困る』というケースや『粗相が怖くてドッグカフェや友達の家に行けない』という話も。実はみんな困っていたことがわかった。そんな飼い主さんたちに解決策を提示し続けることが大切だと思っています」
寶嶋 「もちろん、使うのを嫌がる子もいます。モニターしていただく際も、少しでも嫌がるようであれば無理強いはしません。そんな様子を見ていても、幼いころから慣らしてもらうことの大切さを実感しますし、そこが飼い主さんにわかってもらいたいポイントでもある。マナーウェアに慣れてもらえれば、飼い主も気が楽だし、粗相をしたワンちゃんが叱られることもない。やがて高齢になった時、おむつに抵抗のない老犬であれば介護も楽ですしね」
実際、同社にはマナーウェアを使った人からの声も数多く寄せられているという。一例を紹介しよう。
- マナーウェアをつけていれば、安心してベッドで一緒に寝ることもできるし、旅行にも行けました。
- こちらの商品に出会って、とても助けられています。飼い主と愛犬の気持ちにも寄り添ってくれるような商品を作っていただき本当にありがとうございます。
小松原 「初めは短時間から始めてもらって、マナーウェアをつけて出かけると楽しいことがある、とわかってもらう。『最近はマナーウェアを見せただけでしっぽをふって大喜び。一緒にお出かけするんだ、とわかるようです』というコメントをいただいたときには、スタッフ一同、ガッツポーズでした」
同社のペットケア商品部門には、そんなモチベーションで入社してきた、筋金入りの愛犬家・愛猫家が集まっているという。世の飼い主さん、愛犬・愛猫たちのために、少しでも役に立てたら。そんな「圧の強い」メンバーが前のめりになって、今も課題に取り組んでいるという。
小松原 「介護用も含めた、すべてのマナーウェアのパッケージには法律で定められた表示部分以外、一切『おむつ』という言葉はありません。これは寶嶋たちマーケティング部の強いこだわりなんです。すべてのペットたちは、飼い主さんと共に幸せであってほしい。そのための商品であって『トイレがうまくできないから使うおむつ』ではないんです。そんな強い思いが、商品を通じて少しでも伝わればと思っています」
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