「いのちがいちばんだいじ」 若くして旅立った愛猫が教えてくれたこと
プンクトゥムという美しい猫がいた。ある夫婦の元に兄弟のシンバとともにやってきたプンクトゥムは、家族があらためて命について考える時間を与えてくれた。
夫婦と兄弟猫
2018年6月、かねてから猫と暮らしたいと考えていた玉村さん夫婦は、個人で保護活動を行う知人から、2匹の子猫を譲り受けた。
「僕は茶トラの猫と暮らせたらうれしいなと思っていて、もともとはゴミ置き場で保護されたという茶トラの子猫を引き取るつもりでした。でも、『一緒に保護された兄弟と一緒に』と勧められて、『それならば』と2匹一緒に雄の子猫を迎えたんです」。そう話すのは夫の敬太さん。
敬太さん希望の茶トラは、野性的なイメージから、映画『ライオン・キング』の主人公ライオンの名前を取り、「シンバ」と名付けた。一方、シンバとともに玉村家にやってきた茶白の子猫は、尻尾の形や優雅な動きで夫婦を魅了した。2人は茶白の子猫に、『言語化できない美しさ』を表現する芸術用語から、「プンクトゥム」と名付けた。
「プンちゃんのしっぽはまっすぐきれいに伸びていて、甘えるときも尻尾の先までスリッと巻きついてくる。そういう動きの良さも含めて、『プンクトゥム』でした」。妻の栞さんはいとおしそうにその姿を振り返る。
猫と暮らすのは初めての2人だったが、譲渡主のもとで人間にならされていた2匹は新しい暮らしに臆することなくなじんだ。
「2匹を迎えて一番変わったのは、休日に家でゆっくり過ごす時間が増えたことですね。平日も、猫がいると思うと、家に帰るのがより楽しみになりました」。敬太さんは当時の生活の変化をそう振り返る。
家族の変化
シンバとプンクトゥムはプロレスごっこでじゃれあいながら仲良く成長した。2匹は兄弟でも性格が異なり、夫婦は2匹の性格を「陽気でおとぼけなシンバ」と「繊細で優しいプンクトゥム」と表現した。
「プンちゃんは甘え上手ですごく器用な子。おもちゃを取ってきて遊びを催促したり、開いている戸棚の中をあさっていたずらしたりがしょっちゅうでした。シンバはいつもワンテンポ遅い子。いたずらもうまくいかないから、いつもプンクトゥムのおこぼれをもらっていましたね(笑)。シンバはおっとりしているので、いつもウェットフードをプンクトゥムに奪われていましたよ」。栞さんがそう話すと、敬太さんも続ける。
「プンクトゥムは賢くて、僕らが夫婦ゲンカした時はすぐに察して間に入ってくるんです。妻が泣いているとそばに来て、スリスリ体をすりつけて慰めていました」
夫婦が2匹との信頼関係を十分に築いたころ、玉村家には新しい家族が誕生した。
「2019年に、長男が生まれました。子供が生まれて最初はびっくりしていましたが、息子の存在は気になっていたようで、私が授乳していると近くに来て赤ちゃんをクンクン。そのうちプンちゃんは、息子が食べているヨーグルトを気に入って横から食べたり、触らせてくれるようになったりして、徐々に打ち解けていきました」
と栞さん。
「息子もすぐに猫たちのことを大好きになりました。息子がおもちゃを振るとプンがじゃれたりしていた姿が記憶に残っています」と敬太さんも話す。
プンクトゥムの病気
プンクトゥムとシンバがやってきておよそ2年後の2020年、玉村家に2人目の男の子が誕生した。栞さんは手のかかる子供たちにつきっきりになり、以前よりも愛猫たちにかまえる時間は減っていたが、シンバとプンクトゥムはそのぶんよりいっそう寄り添いあって暮らしていた。
その年の10月ごろ、プンクトゥムがぜいぜいと苦しそうに呼吸をするようになった。獣医にみせると、心筋症によって肺に水がたまっていた。同時に以前から指摘されていた先天性の心臓病も、かなり悪い状態だと診断された。別れの予感は唐突に訪れた。
「2人目が生まれて環境も変わったタイミングだったし、ストレスもあったのだと思います。かわいそうだけれど、シンバと一緒にわが家に来たことやこのタイミングで病気がわかったこと。すべて予想ができないことだった。だから、早く死んでしまうんだということ、プンといて楽しかったこと、全部ひっくるめて、受け止めるものは受け止めなきゃという感じでした」。栞さんは当時の気持ちを振り返る。
2人は、延命治療を行わず、緩和治療を行いながら最後は家で看取る方針を決めた。プンクトゥムは、調子が良い日は、外の空気を吸ったり少しずつ食事をとり、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら弱っていった。普段は遊びを仕掛けられる側だったシンバは、変わり果てたプンクトゥムを心配し、ためしにじゃれついては心配そうに周りをうろうろしていた。
いのちがいちばんだいじ
2020年の11月17日、突然容体が悪化し、呼吸がままならなくなって血を吐いたプンクトゥムを、2人はいてもたってもいられずに病院へと運んだ。敬太さんはそのとき、血管が見つからず、腕を切って強心剤を入れられたプンクトゥムを見て、不思議な気持ちになったと話す。
「あれだけ家で看取ってやろうと話していたのに、いざ目の前で苦しんでいたら病院か、と。結局は、苦しむ姿を見たくないという自分の気持ちが勝った。圧倒的な愛情の前では、論理的に判断し続けられるはずがないんだと気付きました」
一時的に落ち着いたように見えたプンクトゥムだが、その日、2人が家に連れ帰るために酸素ゲージをレンタルしにいく間、病院で息を引き取った。
「プンちゃんは若かったし、毛並みもきれいなままで戻ってきたので、亡くなった実感がなかったですね。お葬式をして、火葬して、姿がなくなってからもふと、しっぽまで巻きつけてすりすりしてくる感覚を思い出します。会いたいけれど、悲しいのとも違う。なんだかずっと一緒にいる感覚があるんです」と栞さん。
「プンちゃんはどこ?」と尋ねられた子どもたちも、リビングに飾られたプンクトゥムの写真を指さして、その存在を思い続ける。
わずか2年ほどの間に、2人の子どもの誕生やプンクトゥムの死を経験した夫婦は、撮りためてきた日常の写真をウェブ写真展として公開している。生まれてくる命と消えていく命を、淡々と繰り返す営みの中で受け止めていく、ひとつの家族のドキュメンタリー。そのタイトルは『いのちがいちばんだいじ』。
その意味を敬太さんに尋ねると「我が家の家訓なんです。人の悩みって細かくてキリがないけれど、どうにかなるという前提で、おおらかにどっしり構えていたい。プンの病気と死を経験し、自分たちの対応やリアクションもふくめて、大体のことは命よりも大したことがないとあらためて感じた。家族が健康で一緒に居られることがいちばんです」
プンクトゥムがいなくなり、夜も鳴きながら探していたシンバも、このころはようやく落ち着いた。玉村家では今後、知り合いが保護した白猫と黒猫の兄弟を新たに家族に迎える予定だ。
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