耳先にカットのある猫、その理由を知っていますか? 3月22日は「さくらねこの日」

 3月22日は「さくらねこの日」だ。「さくらねこ」とは、不妊・去勢手術を終えた印として、さくらの花びらのように耳先をカットした猫のこと。

 飼い主のいない猫にTNR(Trap/捕獲し、Neuter/不妊去勢手術を行い、Return/元の場所に戻す)を行う際、一代限りの命と知らせ、地域で見守ってもらえるようにと、保護活動の現場で浸透してきた。

 今回は、「さくらねこの日」を制定した、公益財団法人「どうぶつ基金」に取材。TNR活動の重要性を知り、猫の殺処分数ゼロのためにできることを改めて考えてみたい。

(末尾に写真特集があります)

産まれてすぐに殺処分される猫をなくすために

「さくらねこ」という名前は2012年、どうぶつ基金初の一斉TNRを行った、沖縄県石垣島で誕生した。

「それまでさくらねこは、『耳カット猫』と呼ばれることが多く、もっと親しみやすい名前はないものかと常々考えていました。そんなとき、石垣市の市長らとの会話の中で生まれたのが『さくらねこ』というネーミング。石垣島は、桜前線の先頭でもありますから、『石垣島から“さくらねこ前線”を北上させ、全国に広げていこう』という、私たちの決意も込めました」と明かすのは、どうぶつ基金の理事長を務める佐上邦久(さがみ・くにひさ)さん。

トラック
佐上邦久理事長と手術車さくらねこ号。これで全国を回る(どうぶつ基金提供)

  佐上さんによると、日本で行政により殺処分されている猫の多くは、生後まもない子猫たち。「どうぶつ基金の目標である『猫の殺処分ゼロ』を実現するためには、まず、産まれてすぐに殺される命を無くさなければいけません」と話す通り、どうぶつ基金はこれまで全国で154,224匹(2021年1月末現在)の猫に無料で不妊手術を行い、2020年度だけで約40000匹もの手術を実施。その成果は確実に数字にあらわれている。

 2011年度、全国で約83,000匹だった保健所などでの幼齢猫の引き取り数は、2018年には約34,000匹まで減少(出典:犬・猫の引取り及び負傷動物等の収容並びに処分の状況)。さらに、どうぶつ基金が重点的に「さくらねこTNR」を実施してきた大阪市では、2011年に3,008匹だった幼齢猫の引き取り数が2019年には365匹にまで減少している(出典:前出に同じ)。

グラフ
大阪府下および全国における所有者不明幼齢猫引き取り数(どうぶつ基金提供)

 この幼齢猫の引き取り数減少が、全国の殺処分数の減少に直結していると佐上さんは分析する。「殺処分数全体で見ると、2009年度が全国で約165,000匹だったのに対し、2019年度には約27,000匹にまで減少しています(2019年度、環境省発表のデータより)。このデータは、『猫の譲渡事業』が関連しているという見方もありますが、先にあげたように、引き取られる子猫が減っている=TNRによって、繁殖が抑えられているという事実は無視できません」

深刻な獣医師と資金の不足

 どうぶつ基金は、目の前の問題解決のために野良猫の不妊手術を先行して行う「さくらねこ無料不妊手術事業」、すなわち「TNR先行型地域猫活動」を推進。この方針に合意した地方公共団体に、無料不妊手術チケットを分配し、活動を支援している。2021年3月現在は、全国で226の地方公共団体と協働。

獣医師
2012年の石垣島から活動に参加している斎藤朋子獣医師(どうぶつ基金提供)

 さらに、一般枠でも毎月およそ3,000程度の無料チケットを配布しているが、TNRの需要は多く、現段階では全ての声に応えることができないと佐上さんは明かす。

「無料不妊手術のチケット申請数は、毎月およそ6,000〜7,000枚。倍以上の需要があるのに満たせていないのが現実です。これは、協力病院の医師不足によるところが大きい」

 どうぶつ基金の協力獣医師として、およそ10年前に始まった石垣島の一斉TNRから活動に参加する、獣医師の斎藤朋子(さいとう・ともこ)先生は、協力病院の不足についてこう訴える。

「現在、どうぶつ基金の協力病院は全国で161件。獣医は全国にいるのに、活動に協力してくれる獣医師は圧倒的に足りていないのが現状です。私も、自宅のある東京から全国各地に移動して手術を行うのが日常。一人でも多くの獣医師の理解を得て、活動に協力してもらいたい」

猫の不妊手術
2012年の石垣島。3名の獣医が手際よく手術を行った(どうぶつ基金提供)

 さらに、活動資金不足も深刻な問題のひとつだ。「どうぶつ基金の年間予算はおよそ3億円。そのすべてを賄っているのが『さくらねこサポーター』と呼ばれる一般の方からのご寄付です。その予算で手術できるのは年間40,000〜50,000匹ですが、需要はその倍。私自身、無報酬で活動を行っておりますが、活動費用の不足は危機的状態です」と佐上さん。殺処分ゼロをより早く実現するためには、より大きな支援が必要だと話す。

進化するTNR

 どうぶつ基金では現在、 病院不足、獣医師不足の対策として2つの施策を進めている。そのひとつが、「三重県モデル」と呼ばれる事業だ。

 三重県ではTNR活動を自走させるために、自治体が運営する動物愛護推進センターで、獣医師資格を持つ行政の職員たちが自ら不妊・去勢手術に執刀する取り組みを行っている。どうぶつ基金は、この取り組みをサポートするために、獣医師たちを派遣。どうぶつ基金の前代表である、山口武雄獣医師や斎藤先生をはじめ、全国トップレベルの技術を持つ獣医師が行政の獣医師に指導し、一流の腕を伝授している。

集合写真
三重県動物愛護推進センター「あすまいる」の皆さんと集合写真(どうぶつ基金提供)

「三重県ではすでに、行政の職員だけで1日100匹ほどの手術をこなすことが可能になりました」と佐上さん。このビジネスモデルを全国の行政で水平展開すれば、「保健所の職員が飼い主のいない猫を無料で手術する」、という未来も夢ではないと話す。

 さらに、どうぶつ基金では、飼い主のいない猫の不妊・去勢手術を無料で行う直営の動物病院を全国に開設する取り組みも行なっている。これが、ふたつ目の対策、「TNR地域集中プロジェクト」である。2021年度は、大阪・福岡・宮崎の3カ所で開設し、同地域での協力病院の不足に対応する。

獣医師
どうぶつ基金の前代表、山口武雄獣医師自ら、行政の職員に技術を伝授した(どうぶつ基金提供)

「環境省が主導する従来型の地域猫活動では、行政の定めた“地域猫”のハードルが高すぎて、TNR資金の支援を受けにくい状況があります。こうした新しい形のTNRが浸透すれば、気軽に、素早く、TNRを行う土壌ができる。殺処分ゼロまでの道のりが加速していきます」。佐上さんは力を込める。

殺処分ゼロに向けて

「まずは『すぐやる、全部やる、続ける』を徹底し、数年以内の殺処分ゼロを実現することが私たちの目標です」と佐上さん。TNRの新しい形を見いだした今、そのゴールは見えつつあると話す。

 また、飼い主のいない猫の不妊・去勢手術を低価格で行うTNR専門病院が増えていくことが、TNRのハードルを下げると斎藤先生は話す。

「TNR専門医院は、設備も最低限だし、完全予約制で好きな時に休める。自分のペースで働きながら殺処分数の減少に貢献できるのが獣医師にとっては魅力です。10年後はこうした病院が当たり前に地域にあって、飼い主のいない猫を誰もが持ち込めるようになるのが私たちの理想ですね」。

ポスター
「さくらねこの日」ポスター(どうぶつ基金提供)

 ボランティア、手術、金銭的な支援。TNRには様々な関わり方がある。さくらねこの日をきっかけに、それぞれの方法で「猫の殺処分ゼロ」について考え、行動を起こしてみてほしい。

◆どうぶつ基金へのお問い合わせはこちら
◆「さくらねこサポーター」詳細はこちら

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原田さつき
広告制作会社でコピーライターとして勤務したのち、フリーランスライターに。SEO記事や取材記事、コピーライティング案件など幅広く活動。動物好きの家庭で育ち、これまで2匹の犬、5匹の猫と暮らした。1児と保護猫の母。猫のための家を建てるのが夢。

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