難病でも生きることをあきらめなかった猫たち 闘病支えた飼い主「本当にえらかった」

 動物のための寄付サイトを運営する、公益社団法人アニマル・ドネーションの企画「STORY with PET」。ペットとのエピソードをシェアすると、動物のために活動をする団体へ寄付されるという試みだ。

 和歌山県に住むチィパッパさんがかつて「STORY with PET」に投稿したのは、奇跡的な確率の病に侵され亡くなった猫トトと、奇跡的な確率で白血病が陰転したグルのストーリーだ。

 愛猫たちとともに向き合った闘病の日々について、チィパッパさんにお話を聞いた。

(末尾に写真特集があります)

2人と4匹の幸せな暮らし

 チィパッパさんは2014年の春、近所に捨てられた2匹のキジトラの子猫を保護した。避妊・去勢手術を控えたある日、メスの妊娠が発覚。4匹の子猫を出産し、2匹を譲渡して、家には両親のグル(雄)、マロコ(雌)、子どものメロ(雌)、トト(雌)が残された。

 4匹のキジトラ一家はとても仲が良く、特に、穏やかで面倒見の良い父猫のグルは、母猫のマロコと娘たちを溺愛し、常に家族のそばにいて何かと世話を焼いていた。

 そんなグルに育てられた子猫たちも、グル父さんが大好き。特に妹のトトは、人間の家族よりもグルに懐いて、いつも甘えていたという。

子猫
保護当時のグル。マロコとともに近所に捨てられていたところを、チィパッパさんが保護した(チィパッパさん提供)

 「母子家庭で貧しいながら、保護したからには責任を持って飼おうと覚悟を決めました。でも、いざ猫と暮らしてみると、本当にどの子も個性豊かで可愛く、娘とともに家族の一員として溺愛していたんです」とチィパッパさん。しかし、2人と4匹の家族がそろった、穏やかで幸せな暮らしは長くは続かなかった。

トトとの突然の別れ

 2016年の夏のことだった。「あの日のことはよく覚えています。前日までは元気だったトトが、ひょこひょこと片足をあげるような妙な歩き方をしていたのです。その日は日曜でかかりつけの病院が休診日だったので、様子を見ようとしていたら夜には腰が立たなくなった。慌てて近隣の動物病院に手当たり次第電話をかけたのですが全滅。翌朝、かかりつけの病院で診てもらうと、診断結果は『心筋症かヘルニアの疑い』でした」

 しかし、処方された薬はまるで効果がなく、トトの動きは目に見えて鈍っていく。チィパッパさんはいま一度、設備が整った他県の動物病院でトトを診てもらうことにした。

穏やかな性格で子煩悩なグル(手前)と、食いしん坊でグル父さんが大好きだったトト(奥)(チィパッパさん提供)
穏やかな性格で子煩悩なグル(手前)と、食いしん坊でグル父さんが大好きだったトト(奥)(チィパッパさん提供)

「朝の8時半に受け付けをし、結果が出たのが19時でした。先生から、トトの骨髄に腫瘍が見つかったと言われ、詳しく調べるには骨髄を開いて肉腫をとらなければいけないと説明されました。猫には非常に珍しい症例で、前例も知らないため、治癒の見込みは腫瘍を調べてみなければわからないとも言われ、頭が真っ白になりました」

 手術の費用は30万円。母子家庭で当時は生活が苦しかったチィパッパさんにとって、ほぼ全財産にあたる金額だった。

横たわる猫
体が動かなくなっても、大好きな家族の姿を目で追い続けていたトト(チィパッパさん提供)

「小学生だった娘は、『大人になったら働いて返すから手術してほしい』と泣いて訴えてきましが、主治医に検査結果を伝えると、おそらく『リンパ腫』で、進行が早すぎてすでに手術には耐えられないと言われました。その言葉通り、2、3日後にはトトの体は首から上しか動かなくなり、私たちはやむを得ず、緩和治療を選択しました」

 わけのわからないまま体が動かなくなっていっても、トトの瞳には最後まで力がみなぎっていた。首を強く左右に振り、痛みと闘った。しかし、奇跡を願う家族の思いもむなしく、症状が出てからおよそ10日で、トトは大好きなグル父さんの鳴き声を合図に、虹の橋を渡った。まだ2歳だった。

痛い思いをさせずにすんだ

 トトが亡くなっても、チィパッパさんにはまったく現実感がなかった。

 「あっという間のことで、頭がついていきませんでした」。そんな時、病院から、トトの献体を要請する連絡が入った。「亡くなってなお、あの子に痛い思いをさせたくはない」チィパッパさんは悩んだ。

 しかし、「必ず次の子にいかす」というスタッフの言葉を聞き、それがトトの短い人生の証しになるのだと考えることができた。

子猫
数日前まで元気に猫家族に甘えていたトトの喪失を、チイパッパさんは受け入れられずにいた(チィパッパさん提供)

 献体の結果診断されたのは、『骨髄軟化症』。ヘルニアから骨髄を傷めて血管が死んでいくという、猫には非常にまれな病気だった。

 「場所が悪くて、手術をしても治る病気ではなかったと聞いて、最後に痛い思いをさせずにすんだんだ、と思いました」と、チィパッパさん。

 トトの進行の早さから、病気はウイルス感染の疑いがあると言われていた。チィパッパさんの家は完全室内飼いのため、元野良猫のグルとマロコがウイルスを保有、マロコから子猫たちへの母子感染という感染経路が疑われた。

くっついて眠る親猫と子猫
トトは常に娘たちのそばにいて世話を焼いていたが、『猫白血病ウイルス(Felv)』は他の子にはうつらなかった(チィパッパさん提供)

 速やかに3匹に検査を受けさせると、雌のマロコと娘のメロは無事だったものの、父親のグルのみ、『猫白血病ウイルス(Felv)』の陽性反応が出た。

「それまで餌も水も共有していた女の子たちが陰性なのに、なんでグルだけがと、再びパニックになりました。主治医の話によると、子猫の頃にウイルスが体に入っても、免疫力が強い子は成長過程でウイルスを排出するのですが、それができずに大人になっても持続感染しているパターンはほぼ陰転しないと。何か希望はないか、図書館やネットでも、できる限り情報を集めてみましたが、やはり主治医と同じ答えしか見つかりませんでした」

グルに起きた奇跡

 トトとの突然の別れに続き、グルの猫白血病陽性。「なんで大切なうちの子ばかりが」。そんな思いがチィパッパさんの頭の中をぐるぐるとめぐった。

 しかし、希望もあった。猫白血病キャリアでも、栄養を取らせて環境を気遣い、発症を遅らせれば寿命を全うできる子もいる。幸いグルはまだ発症していないし、体格も良く、持病もなかった。チィパッパさんは、グルのために最善を尽くすことを決意した。

「まずは、急いでグルの生活環境を変えました。健康管理のため、24時間エアコンで室温を調整し、ネットで猫白血病キャリアの子の飼い主がおすすめしていた空気清浄機や加湿器も導入しました。それから、主治医に相談して免疫を上げるサプリメントも導入。ごはんもこれまでよりもいいものに変え、できることはすべてやりました」

 グルにかかる費用のため、チィパッパさんは仕事を増やして必死に働いた。家では、当時小学生だった娘がこまめにグルの様子を見ていたという。

グルは、チィパッパさんの手の上に顔を乗せて甘えるのが好きだった(チィパッパさん提供)
グルは、チィパッパさんの手の上に顔を乗せて甘えるのが好きだった(チィパッパさん提供)

 ほかの猫の家族への感染を防ぐために、グルを家族から引き離さざるをえなかった。しかし、猫の家族が大好きだったグルにとって、マロコやメロに会えないことは辛かった。「ケージに体当たりして、ここから出たい、家族に会いたいと鳴くグルを見るのがつらかったです」

 事態が変わったのは、2017年の春。チィパッパさんは、かかりつけ医を増やすために訪れた新たな動物病院で、猫白血病の研究をしている獣医に出会った。

「先生が、『持続感染でも陰転する事例があるからもう一度検査してみたら?』と言ったんです。そこで、最初の診断から時間をあけて、春にもう一度検査をしてみることにしました」

 ダメもとだった検査の結果は、待合室に飛び出してきた獣医師が伝えた。「陰転していますよ!これは奇跡です!」

「あたまがふわふわして、涙がぽろぽろこぼれました。これで、猫家族と一緒にしてあげられる!娘は『トトが治してくれたんだ!』と大喜びでした」

 再検査を進めた主治医ですら、「実際に目にするのは初めて」という、持続感染からの陰転だった。

「グル、幸せだったね」

 「体格が良く、栄養状態も良いので、自力でウイルスを排出できたんでしょう」主治医はグルとチィパッパさんの頑張りをたたえた。

 その日から、グルはうれしそうに、大好きな猫家族とくっついて過ごした。

 2020年、4月。グルの体に、猫白血病とは無関係の、消化器系のリンパ腫が発見される。チィパッパさんは、再びの奇跡を信じて闘病に向き合ったが、コロナ禍による動物病院の閉鎖や混雑で詳しい診断が遅れた結果、診断結果が出た頃には腫瘍が大きくなり、グルは亡くなった。

 病院が大嫌いなグルは、抗がん剤治療の通院のたびにおしっこを漏らして腰を抜かした。それでもグルは動物病院のスタッフやチィパッパさんたち家族には絶対に手を出さず、じっとこらえて男気を見せたという。

涙をこぼす猫
亡くなる前の晩、チィパッパさんがかける言葉を理解しているかのように、涙をこぼしたグル(チィパッパさん提供)

 猫は具合が悪いと人目につかない場所に隠れるというが、猫家族も人間家族も大好きだったグルは、闘病中もリビングの真ん中で、みんなに囲まれて甘えていた。亡くなる前日、チィパッパさんがグルのおなかをなでると、テニスボールほどの大きさになった腫瘍に気づく。

「いっぱい頑張ったんだね、えらかったね。みんなに甘えられて、幸せだったね。と声をかけながらなでたら、グルの目からポロリと涙が流れました」

 その翌日、グルはチィパッパさんの娘に看取られて、まな娘のトトのもとへ旅立った。2020年の8月、奇跡の陰転から3年後のことだった。

闘病経験が教えてくれたこと

「トトとグルを看取った経験で、命は長さではなんく、密度なんだということを教わりました」とチィパッパさんは話す。

「生きるために一生懸命頑張ったトトやグルは本当にえらかった。信じることや受け入れることをあの子たちから教わった。つらいことの中でも、幸せな気持ちの方が多かった。『うちに来てくれてありがとう』という気持ちしかないですよ」

 現在、愛するペットの病気と向き合う飼い主に伝えたいことは?と質問すると、チィパッパさんは、言葉を選びながら答えてくれた。

寝転がる2匹の猫
「病気になるとわかっていたら飼わなかったかと言われると、そうではない。たくさんの幸せをくれたグルとトトに感謝しています」とチィパッパさん。写真はグル(左)とマロコ(右)(チィパッパさん提供)

「たぶん、みなさん、病気については十分に調べられていると思うんです。私から言えるのは、その子自身の生命力を信じて、その子のためにできる精いっぱいのことが答えだということ。私自身、『お母さんが決めたことをグルは信じている』と言われてハッとしたことがあります。後悔はどうしたってやってくる。でもきっと、その時その時、自分が一生懸命考えたことが、その子にとっては一番の答えなのではないでしょうか」

 また、自身の経験からのアドバイスもしてくれた。「同じ症状、病気でも、病院によって見解は違います。ガンに強い先生、白血病に強い先生と、専門によって治療方針も分かれる。1つの病院に固執するのではなく、日頃から信頼できる主治医をふやしておけば、いざという時に選択肢が増え、焦らないと思います」

 新型コロナウイルスを鑑みて、電話取材となった今回。顔が見えない中でも、愛猫たちの話をするチィパッパさんの声からは、深い愛情とやさしさが切々と伝わってきた。

 「猫は、病気だからと言って生きることを諦めない。今なでられた頭の気持ち良さを知っているんです」チィパッパさんが最後に話してくれたそんな言葉を、今愛猫とともにつらい闘病に向き合う人たちに届けたい。

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アニドネの投稿企画「STORY with PET」
ペットへの感謝や想いを綴る「STORY with PET」の第3弾。
今年は「コロナ禍のペットと私」をテーマにSTORYを募集しています。1投稿につき500円がアニドネから寄付されます(寄付目標50万円)。
ペットとあなたの素敵なお話に写真を添えて投稿ください。
詳細や投稿はこちらのページからどうぞ。

◆記事でご紹介したチィパッパさんが以前「STORY with PET」に投稿したストーリーはこちら
原田さつき
広告制作会社でコピーライターとして勤務したのち、フリーランスライターに。SEO記事や取材記事、コピーライティング案件など幅広く活動。動物好きの家庭で育ち、これまで2匹の犬、5匹の猫と暮らした。1児と保護猫の母。猫のための家を建てるのが夢。

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