土の中からミャー 生き埋めにされた子猫 私の世界を広げ、21年の猫生を駆け抜けた

 1999年720日。「とても蒸し暑く、梅雨明け宣言が出た日の夕方のことでした」。20年以上も前のことを、とんとんさんは、まるで昨日のことのように振り返る。

 夫の実家に届け物をするために歩いていたとき、空地からミャーミャーという複数の子猫の鳴き声が聞こえてきた。「どんな子猫だろう。顔を見たいな」。足を止め、周囲を見渡したが、姿は見えない。耳を澄ますと……その声は地面の中から聞こえていた!

(末尾に写真特集があります)

土を払うと、小さな子猫の脚が

 驚いたとんとんさんは、シャベルを借りに急いで夫の実家に走った。

「戻ると、通りかかったらしい中学生くらいの女の子が不思議そうな顔で立っていました。姿の見えない猫の声を聞いていたのでしょう。午前中に降った大雨のおかげで土はやわらかく、2人で声のするあたりを掘り始めると、すぐにカツンと3センチほどの厚みの大きな石にぶつかりました。その石をどけると声がさらに大きくなって、手で土を払いのけると小さな、小さな子猫の脚が見えたんです」

 鳴き声は2匹だったが、ぐったりとした1匹もいた。なんと生後まもない小さな3匹の猫が土の中から出てきたのである。

 猫たちが埋められていた向かいの住人に後から聞くと、そもそも3匹は段ボール箱に入れられ、その家の玄関横に「誰かもらってください」というメモ書きとともに捨てられていたという。

「その方は後ろ髪をひかれながらも出かけ、帰ってきたら猫も箱もなかったのですって。なので、誰かが猫を埋めたのは間違いないと思います。私が鳴き声を聞いたときは、まだとても大きな声だったので、ラッキーなことに、埋められてからあまり時間が経っていなかったのでしょうね」

室外機の上で寝る子猫2匹
保護からちょうど1カ月ごろの写真。上がちぃ、下がだい。掃除機の音にびっくりして室外機の裏側に隠れると姿が見えず、どこへ消えたかと焦ったことを、懐かしく思い返しています

突然、3匹の猫の育ての親に

 幼い頃は社宅住まいで、犬猫の飼育は当然禁止。「金魚しか飼ったことがありませんでした」と、とんとんさん。それが急遽、乳飲み子3匹を育てることになった。

「翌日、生まれて初めて動物病院に行きました。先生の診断は、生後1週間以上、2週間未満。全員オス。母乳を飲んでいる時期なので、自力でお水も飲めないことや、人間用の牛乳はあげちゃいけないこと。2、3時間置きに粉ミルクを溶いて授乳させ、その前後にティッシュでお尻をトントンして、排泄させることも教えてもらいました」 

 生後2週間未満の子猫は生存率も安定せず、気が抜けない。でも、とんとんさんは「当時は、夏でも保温!なんて獣医さんも言わない時代で。しかも、私は仕事をしていたので、ミルクをあげられないときはしょうがなくてね(笑)。夜は、私も夫も寝ちゃうでしょう? 猫たちにはずいぶん我慢してもらいました」と笑う。

「思えば、ずいぶん無謀な育て方だったかも」と言うものの、とんとんさんとご主人の愛情を受け、3匹はグングン育っていった。

桜と茶トラ猫
2018年の桜ロケ。ちぃ18歳です。だい&ちぃ10歳の春から徒歩5分ほどの公園の滑り台で桜を背景に撮影するのが年中行事になりました

猫が広げてくれた世界

 夫と子猫の飼育先を探したが、結局もらわれたのは1匹だけ。残った2匹を区別するために、骨太でずっしりしたほうを「だいちゃん」、華奢で軽いほうを「ちぃちゃん」と呼び始めた。ふたりで「大地」。まさに、2匹と出会った場所である。

 ほどなくして、2匹はとんとんさんのおうちの子として正式に迎えられることとなる。

「猫と暮らし始めてから、私の生活はものすごく変わりました。ブログを始め、そこに載せる写真がうまくなりたくて、2005年からペット写真教室にも通うように。カメラを片手に猫を追いかけまわし、当時は外にもっと猫がいたので、その子たちの写真を撮ったり。趣味が高じて、教室仲間と猫写真グループを結成。年に一度写真展を開くようになりました」

 世界は外だけじゃなく、内側にも広がった。

「主人と2人暮らしのうえに会社も手伝っているので、いつでも一緒。話すこともないんですよね。でも、『だいちゃんがこんなことしたよ』とか『ちぃちゃんがね……』と、毎日何かしら話題がある。猫は、かすがいと実感しています(笑)」

縁があったら…と思った矢先に出会った迷子猫「そら」

 約10年前には3匹目となるオス猫との出会いを経て、3匹と人間2人の家族になった。

茶トラ猫2匹と白い子猫
左からだい、ちぃ、ソラ。ソラが家族になってから2カ月ほどです。2009年8月撮影

「猫の寿命って、長生きでも10歳とか12歳くらいかなと思っていてね。だいちゃんとちぃちゃんは兄弟なので、一緒にいなくなってしまうイメージがあったんです」

 縁があったら弟か妹を迎えたいなぁ。そんなことを思っていた矢先に出会ってしまったのが、迷子猫のそらちゃんだ。

「そらを拾ったとき、私は51歳。この子が20年生きるとして、ギリギリOKかなと考えて決心しました。最近は、猫の寿命もどんどん伸びてきて、猫生25年って言いますよね。今は、もっと長生きしたらどうしようと嬉しい気持ち半分、ドキドキしています(笑)」

 西洋医学だけでなく、漢方の先生の話に影響を受けて、関節や内臓を温める温活も始めた。体重があって、そのせいで関節に痛みがありそうなだいちゃんには、ぴったりだと思ったからだ。

鍼治療を受ける茶トラ猫
だい、初めての鍼治療。往診で鍼を打っていただきました。気持ちよかったのかそのまま寝てしまいました。2020年10月のこと。

「お兄さんっぽくて元気だっただいちゃんも、最近は寝ていることが多くなりました。好きだったリードをつけてのお散歩も、疲れるのか、すぐに家の中に入ろうとしたり、できないことも少しずつ増えています。

 ちぃちゃんは、血液検査は問題ないけれど、痩せてきているのが気がかり。これからはますます細かいことに目を配るようにして、先生とも相談しながら長生きできるようにしてあげたいなと思います」

 先の目標をたずねると、「とりあえず1年ずつ、無事で生きられることが目標」と言った。

 来年7月の22回めの誕生日を、まずはだいちゃんとちぃちゃんで一緒に迎える。「25歳まで生きよう!」なんて派手な夢じゃなく、1歩1歩、しっかりと大地を踏みしめるような、そんな目標だ。 

 喉をゴロゴロと鳴らしながら幸せそうに寝ているだいちゃんを見ていたら、そんなことは朝飯前のことのように思えていたのだが……。

2020年7月撮影。左がちぃ、右がだい。小さな帽子と首飾りは21歳の誕生日に友人がフェルトで作ってくれたもの。だいの帽子は動いた拍子に落ちてしまいました

 寒暖差が激しくなった11月、だいちゃんの心臓がそっと悲鳴をあげた。

 病院に行ったものの、お世話になった病院の先生に見守られ、大好きなお母さんに頭をなでられ、背中をさすられながら最期のときを静かに迎えた。

「ありがとう。だいちゃんのおかげで母さんの人生は変わったよ。ありがとうね。だいちゃん」

 そう何度も何度もお母さんにお礼を言われながら、だいちゃんは静かに、静かに旅立っていった。

 お話を伺ってから、わずか2週間のことである。

 お母さんの手によって命を救われただいちゃんは、最期もやっぱりお母さんの手の中で。

「母さんと父さんのことは、ちぃとそらに任せたよ!」

 そんなふうに言っているかのような、あっぱれな21歳と4カ月である。

(写真提供・キャプション/とんとんさん)

有動敦胡
書籍企画編集・ライター。出張ドッグトレーナー。KPA-CTP(カレン・プライヤー・アカデミー認定ドッグトレーナー)、ANWI(K9ノーズワーク準認定インストラクター)。東京都動物愛護推進員。一般社団法人the VOICE(ぼいす)代表理事。登録行政機関から飼い主のいない動物の引き出し及び、年4回、啓蒙活動の一環として、どうぶつの勉強会の講師を務める。

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