「お魚くわえたドラネコ…」 動物園のネコ園長は“役者”だった

バケツのお魚を狙うさんた
バケツのお魚を狙うさんた

 そのネコは後ろ脚で立つと、ニジマスの入った青のバケツをジッと覗きこんだ。そしてやおら手を入れると、白刃一閃、その口にはビチビチと動くニジマスがくわえられていた。すぐさま脱兎のごとく駆けていく。

「あっ!」

 職員の齋藤喜英さんが後を追って走り出した。初めて見る光景だった。お魚くわえたトラネコ、追っかけるところなんて。

つかまえた魚をくわえると、物置きの裏へ猛ダッシュするさんた。「でも太ってるから追いついちゃうんですよね」(齋藤さん)。現在、ダイエット中だ
つかまえた魚をくわえると、物置きの裏へ猛ダッシュするさんた。「でも太ってるから追いついちゃうんですよね」(齋藤さん)。現在、ダイエット中だ

 宇都宮動物園(宇都宮市)にいるネコの園長・さんた(年齢不詳・雄)の取材中のできごとだった。冬場だけオープンしている「釣り堀」が大好きだということで、撮影用にバケツにニジマスを入れてもらった。そのニジマスを眺めるさんたを撮ろうとしていたのだが……。人間の園長の荒井賢治さんが笑う。

齋藤さんに捕まえられたさんた
齋藤さんに捕まえられたさんた

「普段はそんなことしない。こいつ、役者ですよね」

 さんたは2013年のクリスマスの日、動物園の前に段ボールに入れられて捨てられていた。どこかで飼われていたのだろう、すでに大人で、体は痩せていた。動物園にネコが捨てられるのは珍しくなく、通常は保健所へ連れていかざるを得ない。ほかの動物へ病気が感染する可能性などがあるからだ。けれどもそのときは違った。

「この子には特別なものがある。みんなで面倒をみるから、この子は助けたい」

 職員の一人が懇願したのだ。その思いに園長も特別に了承し、事務所で飼い始めた。「タダ飯は食わせねえぞ」と、14年2月2日にネコの園長として就任。

「さんたに取材が入って、動物園の知名度が上がりましたし、来場者も少し増えました」

 荒井さんはそう喜ぶ。さんたは、普段は園内をパトロールしたり、寝ていたりするが、客がさわっても、じっとしている。事務所には「園長いますか」とさんた目当てに訪ねてくる人も。

 ちなみに、冒頭のニジマスは食べる前に齋藤さんに取りあげられた。

「もうちょっと痩せてたら、食べさせてもいいんだけど……」

 ガリガリだったさんたは、みんなにかわいがられ、6キロのふくふくしたネコになった。

(写真・今村拓馬)

まるごと1冊「猫」を特集したAERA(朝日新聞出版)の増刊「NyAERA(ニャエラ)」から選りすぐった記事です。

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