挑戦する勇気をくれたドジな警察犬「きな子」 銅像化へ支援募集
誰にでも失敗はつきものだ。この犬もまた、失敗続きだった。文字通り、きな粉色の毛並みから「きな子」と名付けられた見習い警察犬のラブラドールレトリバーだ。警察犬の試験に失敗すること6回。それでも、あきらめずに試験に挑み続ける姿が人気を呼び、映画にもなった。2017年3月、14歳で息を引き取ったが、生まれ育った香川県丸亀市に銅像を作り、その姿を残そうと地元の有志が呼びかけている。クラウドファンディングで製作資金を募ったところ、全国各地から応援のメッセージとともに支援が集まっている。
「ダメかわいい」きな子の魅力
2002年に香川県の警察犬訓練所に誕生したきな子は、同じく見習いの訓練士山田智紗さん(旧姓川西)と共に、警察犬になるという使命を果たすため、日夜訓練に励む日々を送っていた。
ところが…、香川県が開催する警察犬の発表会に1匹だけ見習いとして出場したきな子は、大失敗をしてしまう。80センチのハードルに前足を引っ掛けて真っ逆さまに転倒してしまったのだ。続く、平均台、幅跳びと、4つの障害物のうち3つに失敗。“警察犬”のイメージとはかけ離れたドジっぷりが「ダメかわいい」と、地元メディアが報道した。
「とても素直で、ビビり(怖がり)な子なんです」。そう語るのは、長年、きな子とパートナーを組んでいた訓練士の山田さん。山田さんにとってきな子は、訓練士になるための下積み時代を共にした相棒だ。報道されたドジっぷりとは対照的に、きな子の日頃の訓練は、生真面目そのものだった。山田さんに「ほめてもらいたい」と献身的に訓練に励むきな子と、「合格させたい」と時には厳しく接する山田さん。涙あり笑いあり、ひたむきに合格を目指す二人の姿に、自分を重ねた人は少なくない。
亡くなったいまでも、きな子のブログには、「勇気をありがとう」「ずっと応援しているよ」と全国のファンからの温かいメッセージが届いている。
合格率わずか10%の難関
警察犬には、各都道府県警が飼育している「直轄警察犬」と、民間の訓練所などが訓練した「嘱託警察犬」の2種類ある。嘱託警察犬になるには、警察が実施する犯人の足跡を追う足跡追及試験か、犯人の匂いがついた布を嗅ぎ当てる臭気選別試験か、いずれかに合格しなければならない。きな子が目指していたのは、後者の臭気選別試験。合格率はわずか10%とも言われる難関だ。
臭気選別の中で多くの犬がつまずくのが、「ゼロ回答」だ。「ゼロ回答」とは、5つの選択肢の中に答えがないというもので、選別台から“布をくわえてこない”ことが正解となる難問。
きな子は、この「ゼロ回答」に苦しんだ。きな子はとても素直な犬なので、布をくわえてこなければ怒られるという使命感も強かった。そのため選別台に並んだ布の中に正解がない場合でも、必死に正解を見つけようと何往復もした。そして、布を持って帰らないと不安になってしまうビビり(怖がり)でもあったため、答えに自信がなくても布をくわえてしまい、不正解となってしまった。それでも、ほめられたい一心で訓練に励むきな子に山田さんは「思わず抱きしめたくなるほど健気な子でした」と振り返る。
7回目の挑戦でようやくつかんだ合格
「ゼロ回答」に苦しんだきな子と山田さん。それでも、年に1度の試験に照準を合わせて、毎年訓練を重ねた。「叱れば、ごめんなさいの顔をするし、ほめたら嬉しそうな顔をするし、表情がわかりやすくて、普段の訓練は、バッチリだったんです。でも結果が出なかったので悩みました」と山田さん。しかし「本番、こんなに“しゅん”ってなる?っていうくらい、きな子が緊張するのもわかったし、私も同じくらい緊張しちゃって・・・」と振り返る。
実は、きな子の試験には、毎年多くのメディアが駆けつけ、会場は異様な緊迫感に包まれた。2人は緊張して日頃の成果が発揮できないまま、ともに挑んだ6回の試験で1度も合格することができなかった。
山田さんに代わってきな子を合格に導いたのが、山田さんの師匠でもある丸亀警察犬訓練所の亀山伸二所長だ。「山田がきな子の基礎を作っていたから成し遂げられた」と話す所長は、本番で緊張しがちなきな子に対し、日頃の訓練で、本番さながらの緊迫感を演出し、緊張に慣れさせる方法を導入。そして2010年12月、警察犬の試験も兼ねた競技会で、見事、きな子は優勝。1カ月後の2011年1月からきな子は嘱託警察犬に任命された。実に7回目のチャレンジで手にした「合格」だった。
「元気をもらった」「忘れないよ」
「何をするのも一番最初が、きな子でした」。きな子と共に経験を積んだ山田さんは、2010年5月、6年間の修行を終え独立。その後、きな子と経験した臭気選別試験で、シェパードを合格させるなど訓練士として成長し続けている。
人が大好きだったきな子は、小学校でのデモンストレーションや職業体験、香川県警の広報犬としても活躍。ポスター撮影やパレードなどに参加した。「どんな時も、ニコニコと尻尾を振ってマイペースなきな子に、結果だけじゃない大切さを教えてもらいました」と山田さん。
大阪府に住む高柳さん(83)も、きな子に背中を押された一人だ。クラウドファンディングを募る新聞記事を見て、初めてきな子を知ったという。「掲載されていたきな子ちゃんの写真を見て、いてもたってもいられなくなって、久しぶりに外出したんです」と話す。2年前に最愛の一人息子を突然亡くした高柳さんは、動物が好きだった息子も喜んでくれるのでは?ときな子の銅像建立の支援を決意。自宅にこもりがちだった高柳さんは、「きな子ちゃんと出会って、元気をもらいました。外出できるようになって本当によかったです」と笑顔で話す。
クラウドファンディングは、失敗してもひたむきに挑戦し続けたきな子を忘れたくないという地元の有志たちの思いから始められた。「きな子と肩を並べて写真が撮れるような銅像にしたい」と意気込んでいる。
クラウドファンディングのリターン(支援に応じた特典)には、きな子のカレンダーや、銅像に名前が刻めるコースなどを用意。目標を大幅に上回れば、きな子の生涯を描いたドキュメンタリー番組の制作などを予定している。詳しくは「A-port」(朝日新聞社)で。支援の受け付けは8/20まで。
(岡 薫)
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