父を失った悲しみ、癒やしてくれた犬 命の尊さを伝え続けたい

 国民的な歌手だった父「坂本九」は、突然、飛行機事故でこの世を去った。深い悲しみの中、母は小学生だった娘たちに子犬を贈った。その犬に支えられて成長した次女は、やがてタカラジェンヌとなり、宝塚を退団した後も、歌を通じて動物の命の大切さを伝えてきた。あふれる思いを聞いた。

(末尾に写真特集があります)

 1985年8月、暑い夏の日。東京発大阪行きの日航ジャンボ機が、群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」に墜落した。520人が死亡する大惨事だった。同機には『上を向いて歩こう』『見上げてごらん夜の星を』などのヒット曲で知られる歌手・坂本九さんも乗っていた。43歳だった。

 最愛の父を失った時、次女の舞坂ゆき子さん(41)は8歳だった。

 事故の後、母の女優・柏木由紀子さんは、娘たちにマルチーズの子犬を贈った。

父が亡くなった後に迎えた「桃吉」(がんばっての文字は姉の大島花子さんによるもの)
父が亡くなった後に迎えた「桃吉」(がんばっての文字は姉の大島花子さんによるもの)

「悲しくて、3歳上の姉と、母と、みんなで泣いてばかりでした。事故の2カ月後くらいに、母が子犬をプレゼントしてくれて、それが『桃吉』でした。可愛い姿に自然と笑顔が増えて、涙ばかりだった家の中が明るくなったんです。学校から帰るのも、楽しくなりました」

 その犬に癒やされ、支えられて、舞坂さんは成長した。やがて父と同じエンターテインメントの世界を目指し、高校2年の時に東京を離れ、宝塚音楽学校へと進んだ。

「当時は携帯などないし、家に電話もできない状態。それで母が桃吉の写真を送ってくれて、その写真に癒されました」

 宝塚歌劇団では娘役として活躍し、さらなる夢を求めて6年で退団。その少し前に「桃吉」が老衰で亡くなっていた。

 東京に戻ると「犬のいない生活は考えられない」と、トイプードルの「つむぎ」をブリーダーから迎えた。その後、間もなくして同じトイプードルの「ゆうき」を迎えた。

結婚式の時、舞坂さんデザインの服を着たゆうきとつむぎ(舞坂さん提供)
結婚式の時、舞坂さんデザインの服を着たゆうきとつむぎ(舞坂さん提供)

犬に恩返しをしたい

 2匹のかわいがりながら、舞坂さんは、犬に関わる仕事をしたいと考え、ペットグッズ店でアルバイトを始めた。現場で様々な犬や飼い主さんと触れあいながら勉強した。まず興味を持ったのが、犬の服だった。

「『ゆうき』にアレルギーがあって、皮膚を触らないように服を着せていました。服を着せることには少し抵抗もあったのですが、着せるなら可愛い方がいいし、おそろいで『つむぎ』にも着せたい。でも、なかなか良いデザインが見当たらなかったんです。さらに、働いているうちに、店先で行われる犬や猫の譲渡会を知って、心を揺さぶられました」

 譲渡会には、一度飼われながら、人の勝手で捨てられ、次の飼い主を待つ犬や猫が多く参加していた。可愛がる人がいる一方で、世の中には動物をモノのように捨てる人もいる。 飼育放棄の実態を知り、世の中を変えるために何かできないだろうかと考えた。

「犬に負担がなく、可愛い洋服を着る。その楽しみを飼い主さんが知ることで、遺棄を減らす何かにつながらないか。そのために今までにない服を作りたい。さらに遺棄される動物の現実について、歌で伝えられないかと思ったのです」

 2009年、ドッグウェアブランド「chu che(クーチェ)」を立ち上げた。翌年には、イベントやライブで歌って人気を博したオリジナル曲『ボクものがたり』をCD発売した。歌詞は切ない内容だ。

――ずっと幸せに暮らすと思っていた飼い主が、いつしかつれなくなる。そして、久しぶりのお出かけ。連れていかれた先は、暗く冷たい部屋だった。仲間の叫ぶ声が響いてくる――

「あるがまま、ストレートな歌詞ですが、その曲をたまたまラジオで聴いておられた絵本作家のいもとようこさんが『まったく同じことを考え、本を作ろうとしていた』とCDを取り寄せて、一緒にお仕事をしましょうと言ってくださったんです」 

 そうして、舞坂さん原案で、いもとさんが文と絵を担当した絵本『ボクものがたり』(金の星社)が、2012年に発売された。絵本は今も読み継がれている。

つむぎと海辺を訪れた時(舞坂さん提供)
つむぎと海辺を訪れた時(舞坂さん提供)

子育てと、老犬の介護と

 インタビューの場所は、犬と一緒に入れる「カフェ・ミケランジェロ」(東京・代官山)だった。

「この辺り、よくお散歩をしていて、このお店もよく来ていました」

 舞坂さんは笑顔で話し始めた。だが、実は前月、愛犬の「つむぎ」(メス、16歳)を見送ったばかりだった。

「半年前にはゆうき(オス)も15歳半で亡くなりました。お別れが続いたのでショックでしたね。全力でお世話をして、1分1秒、一緒にいる時間を大事にしてきましたが……」

 舞坂さんは約4年前に結婚し、3歳になる息子さんがいる。出産後間もなくして、犬たちの病気が発覚したため、育児のかたわら、頻繁に通院し、犬を世話する必要があった。母や夫の助けを受けながら、子育てと老犬の介護の両立させてきた。

「どちらもちゃんとしたい、というもどかしさがありました。息子を抱っこ紐で抱きながら2匹を連れて動物病院に行くこともありました。家で『つむぎ』を抱くと、息子が妬いて『むーちゃん、下に置いて』と言うことも。でも、だんだんと息子もわかってきて、震える犬にすっぽり毛布をかぶせたり、『ママ、おくすりあげた?』とか、『てんてき、やろうか』と言ったり。優しく接するようになりました」

愛犬との思い出を語る舞坂さん(上村雄高撮影)
愛犬との思い出を語る舞坂さん(上村雄高撮影)

いつまでも一緒に

 切々と語る舞坂さんの胸元に、シルバーの星型ペンダントが光っていた。そっと手を添えて、舞坂さんが微笑む。つむぎのお骨の一部を入れているのだという。ゆうきのペンダントはバッグにしまっている。

「身に着けると心が落ちつくし、一緒にいられる気がして。『つむぎ』は一度意識をなくしてから、奇跡的に立ち上がって、その後1週間生きました。亡くなる直前に耳元で歌を歌ったら、合わせるようにクウンクウンと鳴いたんです。すごかったな……」

 小さな息子には「むーちゃんも、ゆうきも、お月様になった」と伝えているそうだ。

「母と姉の3人でファミリーユニット(ママエセフィーユ)を作り、父の歌を歌い継いでいますが、それと別に、“人と動物のきずな”のための活動もゆっくりと続けられれば」

 亡き父の代表曲には、こんな歌詞がある。

 上を向いて歩こう
 涙がこぼれないように

 小さかった少女は、犬たちに支えられながら、妻となり、母となった。寄り添ってきた「桃吉」も「ゆうき」も「つむぎ」も、そして父も、今後の人生を優しく空から見守っていくことだろう。

舞坂さんのブログ
カフェ・ミケランジェロのHP

藤村かおり
ペットライター。小説等の創作活動を経て90年代後半から、ペットの取材を手掛ける。2011年~2017年週刊朝日記者、2017年からsippoメインライター。丹念な取材と独自の目線から、動物と人の絆、動物と共に生きる人の心をすくい取る記事に定評がある。ペット関連の著書に『長寿猫』『明日にアクセス』など。現在は保護した黒猫、キジ猫と暮らす。
この特集について
ペットと人のものがたり
ペットはかけがえのない「家族」。飼い主との間には、それぞれにドラマがあります。犬・猫と人の心温まる物語をつづっています。
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