少年と犬の友情を描くファンタジー 映画「犬ケ島」を読み解く
米国のウェス・アンダーソン監督の人形アニメーション「犬ケ島」が公開中だ。20年後の日本につくられた犬を隔離する島を舞台に、失踪した愛犬を捜す少年の冒険を描く。今年のベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受けた本作をめぐって、日本の描き方、人形アニメの魅力を識者が読み解いた。
戦後凝縮、あふれる日本愛
中村伊知哉(慶応大教授・メディア政策論)
今作には、昭和レトロなテレビや電話と、今っぽい都会のビルや工場がごっちゃに登場します。太鼓の黒澤明的リズムと昭和30年代の日活映画のような単音ギターが響き、友情と勇気で悪と立ち向かう少年と犬たちは「七人の侍」や戦隊モノとの類似性もあります。
懐かしいけど、どこかエキゾチック。素の日本ではなく、海外の目を通じてイメージ化されると、このような面白い表現になるのかと、前のめりになって見ました。
浮世絵や戦後黄金期の映画、昭和のアニメやゲームと積み上げてきたものが濃縮されている。米国人でありながら、日本をよく見ていて、日本愛があふれています。
私は政府のクールジャパン戦略推進会議の構成員です。コンテンツの力が海外に浸透してきた一方、「クールジャパンと自分で言うのはダサい」という声も増えてきました。「改めて海外からどう見られているかをベースに考えては」と議論になっている中、海外の目に何がクールに映るのかというヒントを示してくれています。
音楽・舞台、黒澤映画が影響
町山智浩(映画評論家)
「七人の侍」の音楽を使い、舞台になっているメガ崎市の市長は三船敏郎がモデル。犬が隔離されるゴミの島が、ゴミ捨て場のような街が舞台の「どですかでん」を想起させますし、黒澤明監督からの影響が感じられる作品です。
先に公開された米国では、日本の描き方に批判が出ました。例えば、日本語のセリフに字幕がついていない点。米映画は昔から、白人から見た先住民などの異者の言葉に字幕をつけないことがあります。「地獄の黙示録」に出てくるベトナム人がそうでした。
隔離される犬が欧州犬種で、その解放を主導するのが白人だということも批判されました。「白人救世主もの」と呼ばれるパターンに陥っているのは確かです。欧米の映画がアジアやアフリカを描く際にやりがちなミスです。
今作は現実の日本とは何の関係もない監督のファンタジーです。黒澤映画が記録した、わいざつでエネルギッシュな終戦直後の日本に似ています。流れる歌は「東京シューシャインボーイ」ですし。
1秒12コマ、アナログ堪能
真賀里文子(人形アニメーター)
千本以上の人形アニメーションを手がけてきた私としても、コマ撮り作品の「ファンタスティック Mr.FOX」、実写作品の「グランド・ブダペスト・ホテル」の大ファンなので、再びコマ撮りで作られた「犬ケ島」は待ち遠しい作品でした。
「犬ケ島」は1秒を12コマで撮っていて、不思議な緊張感とリズムを作り出しています。整理された美しい絵作りと、小気味良いテンポでのストーリー運びはこの監督ならではですが、何と言ってもほとんどCGを使わないこだわりの特殊効果は十分に納得させてくれます。ここは見どころですね。
CGは開発の続くソフトによって映像の世界を広げています。どこまで行くか楽しみではありますが、しかしあえてこのCGを多用しないウェス・アンダーソンの映像は逆に懐かしく、新しいです。
人の腕によって、指先によって、人形にじかに「思い」を伝える究極のアナログの世界はそれだけで魅了されます。堪能したい世界ですね。
企画から4年、細部への精魂
ゴールデン・グローブ賞作品賞の「グランド・ブダペスト・ホテル」などで知られ、日本にもファンが多いアンダーソン監督。絵本から飛び出したようなキッチュで愛らしい世界観でみせる彼が、企画から4年の歳月を費やして作り上げたのが「犬ケ島」だ。
ストップモーション・アニメは人形の細かい動きを一つずつ撮影するため、撮った静止画は14万4千枚、撮影は計445日に及んだ。スタッフ約670人が稼働したという。
監督の美学に即して、小林・メガ崎市長のスーツはテーラーに製作を依頼。主人公アタリの髪は手で一本一本植え込んだというから、細部への精魂の込め方に驚くばかりだ。
過剰なまでの日本愛はくすぐったいが、凝りに凝った意匠に感嘆し、少年と犬の友情にほろりとさせられる。愛に満ちた作品だ。
(小峰健二)
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