育て上げた介助犬は20頭以上 訓練士の水上言さん

靴下を洗濯かごに入れるよう指示を出す、介助犬訓練士の水上言さん(左)=岡山市、横関一浩撮影
靴下を洗濯かごに入れるよう指示を出す、介助犬訓練士の水上言さん(左)=岡山市、横関一浩撮影

日本介助犬協会 訓練部長(45歳)

 3月上旬。1年前から介助犬と暮らす岡山市の藤原智貴さん(43)の自宅を訪ね、雑談を交えてしばらく近況を聞いた。介助犬のダイキチは、落としたものを拾って持ってきたり、坂道や段差で車いすを引っ張ったりする技術は習得済み。実際に一緒に暮らしてみて、さらにどんな手助けが必要か。話をよく聞いて訓練メニューを考える。この日は、床の上の衣類をかごに入れる技術を追加で訓練することにした。

「テイク、ダイキチ」。名前を呼んで指示を出すが、長く伸びた靴下をなかなかくわえられない。「最初は成功体験が大事です」。そう言うと靴下を丸め、くわえやすい大きさにして再挑戦させた。10分ほど経つと「はい、ここまで」。休憩を入れた。「うまくいっているタイミングで休ませるのも大事です」。訓練と休憩を繰り返し、2時間後には技術を身につけさせた。

 手や足に障がいのある人の生活を支える介助犬は法律に基づいて認定され、公共交通機関や商業施設にも同伴できる。厚生労働省によると、全国で67頭が活躍している。認定を受けるため、1年半~2年かけて育成するのが介助犬訓練士の仕事だ。日本介助犬協会で、14人の訓練士らを率いる。自ら育てた介助犬は20頭以上になる。

 協会は、希望する障がい者に、認定を受けた介助犬を無料で貸与している。送り出した後も必要に応じて追加の訓練に赴く。訓練士は、犬に技術を教える力量に加え、障がい者とコミュニケーションをとる力が求められる。若いころ、親切心から訓練中の車いすの男性に傘を差してあげようとしたら、やんわりと断られた。「利用者にはプライドが高い人もいるし、逆に自信がなくて要求を言い出せない人もいる。できるだけ、上下関係にならないようにしたいと思っています」

 訓練中も雑談を含めて相手の話を聞くように心がけている。日常生活での自身の失敗談もよく披露する。「ちょっとどんくさいな、と思ってもらうぐらいでいいんです。そのほうがリラックスして本音を出してもらえます」

 介助犬と暮らす障がい者のほうから、聞きたいこと、やりたいことを話してくれるのをじっと待つ。携帯電話の番号を教え、連絡は夜中でも早朝でも、どんなささいなことでも構わないと伝えている。「利用者の気持ちを無視して詰め込みで教えても、人も犬も幸せになれません」

 地元の大阪で偶然聞いた講演会で介助犬の存在を知り、訓練士をめざした。法人格を取得する前だった協会は資金が乏しく、飲食店のアルバイトと掛け持ちしながら、先輩の訓練士に訓練の基礎を教えてもらった。

 全国に950頭いる盲導犬に比べて介助犬は認知度が低く、普及が遅れている。障がい者が利用を希望しても、自治体の担当者が補助金の仕組みを把握していないケースも珍しくない。自治体と利用者の間を取り持ち、申請をスムーズに進めるのも大事な業務のひとつだ。「ダイキチと出会えたのは、水上さんに間に入ってもらったおかげ」と藤原さん。そんな一言が何よりうれしい。

介助犬知ってもらうため、持ち歩くもの

水上さんが愛用する携帯用クリーナー
水上さんが愛用する携帯用クリーナー

 粘着テープを転がしてゴミを取る携帯クリーナーを持ち歩いている。利用者との訓練で訪れる事務所などの床に落ちた犬の毛を取るためだ。「犬が苦手な方もいますのでエチケットです」

「かわいいですね」「盲導犬ですか」。街中での訓練中に声をかけてくれる人には、介助犬の役割や活動を紹介するパンフレットを手渡すようにしている。「盲導犬と違って、介助犬はまだまだ認知度が低い。興味を持ってくれる人、応援してくれる人を少しでも増やせたらと思っています」。カバンの中に、いつも5部入れている。

<プロフィル>
みずかみ・こと 大阪府生まれ。大阪女学院短大を卒業後、人材派遣会社勤務を経て、1997年に介助犬協会(現・日本介助犬協会)に入る。訓練士一筋で、2010年から現職。

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