義足の猫チビタ 「安楽死」宣告を乗り越え10年
トラバサミに挟まれて、両前足が壊死(えし)してしまったチビタ。獣医師の宣告は「安楽死。もしくは、両肩からの切断で一生要介護」。あの日から、10年。チビタは新しい体を受け入れ、力強く生き抜いていた。
文・佐竹茉莉子 写真・原田佐登美
◆窓から入ってきた子猫
13年前の8月終わりの、ある夜のこと。河村恵美さん(44歳)は、当時、岐阜県の山のふもとで暮らしていた。窓の外から子猫の鳴き声がして、窓を開けると……。
「ひょこんと1匹の子猫が窓から入ってきて。子猫1匹くらいなら、先住猫モモの遊び相手になると思ったの。そうしたら、次々と子猫が3匹。みんなで布団の上で毛づくろいを始めたんです(笑)」
(末尾に写真特集があります)
緊急保護の後、里親を探すつもりが、日に日に情が移ってしまい、4匹とも家猫に。一番身体が小さいので「チビタ」と名づけられたオスのキジトラは、よく風邪をひき、病院通いもしょっちゅうだった。やってきて3年目の1月。チビタが1週間も帰ってこない。必死に探し回っていたところ、痩せたチビタが倉庫の前にうずくまっていた。見ると、両手先がつぶれていた。
◆覚悟は決まった
かかりつけの獣医師、石黒利治先生の診断は、「トラバサミに長時間かかっていたのではないか」という過酷なものだった( 現在は害獣駆除用のトラバサミは法律で禁止)。
ほどなく、足先は黒く変色し、異臭も鼻をついてきた。壊死が進み始めたのだ。手首からの切断では、肉球を失った前足ではチビタの体重は支えきれない。骨が皮膚を突き破り、再び壊死が始まって、切断手術の苦痛を繰り返し与えることになる。「安楽死、もしくは、両肩から切断をして、芋虫状態のチビタをマットの上で最後まで介護してやるしかない」と先生は言う。恵美さんは「チビタは絶対に死なせない」と思う。だが、肩からの切断も受け入 れられない。
「もちろん、一生介護の覚悟はありました。だけど、チビタは足先が壊死している以外は、どこも健康な猫。残せる部分は残してやりたかった。そうしないと、あとでずっと後悔をすると思ったんです」
恵美さんの脳裏に、友人の山本達也さんの顔が浮かんだ。整体師でもあり、手先のすばらしく器用な彼なら、きっと、チビタに合った義足を作ってくれる。その希望に恵美さんは賭けた。「あんたはチビタのことを本当に考えているのか」とまで詰め寄った先生が最後に、恵美さんの熱意に負けた。チビタは両手先の切断手術を受けた。
作ったこともない猫の義足製作を頼まれた山本さんは、当時を振り返る。
「とにかく、チビタを歩かせてやりたいという彼女の気迫がすごかった。2日徹夜で試行錯誤し、3日目に試作品を仕上げました。チビタと一緒にケージで寝ている彼女の姿を見たら、ボクもできうる限りのことをしたいと思わずにいられなかったですね」
◆二重の奇跡
猫は強制的なものの装着をとても嫌う。体がやわらかいので、衣類が脱げやすい。とくにチビタは、風邪やケガの治療で診察台に乗せるたびに暴れて、誰かを流血させていた。そんなチビタがおとなしく治療を受け、ギプスを使いこなし、さらに素直に義足をつけて歩き出すとは! 石黒先生は驚愕した。「チビタがすべてを受け入れて治療を受ける猫に豹変したのも『奇跡』なら、義足をわが身体の一部として取り入れたことも『奇跡』だと思った。僕はこんな例を知りません」
チビタの義足は、先端につけるスポンジの柔らかさ一つにも工夫に工夫が重ねられ、より安全に、より快適にと、30回近くの改良を重ねられてきた。
新しい身体になって10年。13歳を迎えたチビタの日常は、ふつうの猫とさして変わらない。トイレにも行くし、軽やかにジャンプもする。義足で毛づくろいもする。きょうだいのマー君とは、変わらぬ仲の良さで寄り添い合う。チロちゃん、ミーたん、フーちゃん、チャッピー、茶太郎と、保護猫仲間が増えたが、王様然としてのんびり暮らしている。
「図体は大きいのに、いつまでたってもかまってちゃん。遅寝早起きで、私に起きてほしくって、明け方の4時か5時に『太鼓祭り』を始めるんです。ふすまや戸をトントントンと。よく餌の入っている引き出しを叩いてます(笑)。義足はもうすっかりチビタの身体の一部。猫の適応能力って本当にすごい」
この頃は、切断面の皮膚がしっかりしてきて、義足をつけない時間も長くなった。チビタなら、どんな状況でも絶対に前向きに生きるはず。恵美さんの信じる思いは奇跡となって報われた。みんな揃って長生きしてくれることが、今の願いだ。
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