犬猫の虐待を解明する「法獣医学」 捜査・裁判にも一役

保護後の治療などで改善したシーズー=日本動物福祉協会提供
保護後の治療などで改善したシーズー=日本動物福祉協会提供

 猫を虐待する様子を撮影し、ネット上に動画を投稿するなどした男が逮捕される事件が相次いだ。この数年、動物虐待の摘発件数は過去最多を更新し続けている。こうしたなか、動物への殺傷行為などを科学的に分析する「法獣医学」への関心が高まっている。


 日本獣医生命科学大(東京都武蔵野市)を会場にこの夏、「法獣医学研修セミナー」が2日間にわたって開かれた。具体的な事例に基づいて動物の状態や傷の分析方法を講師が解説すると、参加した約50人の獣医師らは熱心にメモを取った。


 講師のひとりでカリフォルニア大デービス校(UCD)研究員の田中亜紀・日本獣医生命科学大非常勤講師は、「動物への虐待行為を客観性を持って、科学的に解明するためには法獣医学に基づくノウハウが絶対に必要です」と話す。


 セミナーを主催したのは公益社団法人「日本動物福祉協会」。今回は基礎編で、今後も継続的に獣医師向けのセミナーを開催していくという。


 法獣医学とは、人間で行われる法医学の手法を動物に応用したものだ。日本ではまだあまり知られていないが、米国ではUCDやフロリダ大などを中心に獣医学教育のカリキュラムに取り入れられており、動物虐待事件に関する警察の捜査や裁判において犯罪行為を立証するのに必要な情報を、獣医学的見地から提供している。トリミング中の事故や購入したペットの健康トラブルなどで活用されることもあるという。


 日本でも動物虐待は起きている。警察庁のまとめでは、動物愛護法違反(虐待・遺棄)で摘発される事件は年々増加。2013年に過去最多の36件となった後も増え続け、16年には62件になった。器物損壊罪での摘発や死体を捨てて廃棄物処理法違反に問われたケースは含まれておらず、実際の動物虐待件数はさらに多いと見られている。


 警察庁の統計や米国の事例をみると、動物を捨てたり置き去りにしたりする遺棄を除けば、虐待の内容として多いのは殺傷、暴行、ネグレクト(餌や水をあげないなど必要最低限の飼育をしないこと)だ。


 虐待する場面の動画や目撃証言など明らかな証拠がないケースでは、法獣医学の必要性が特に高まる。フロリダ大の通信コースで法獣医学を学ぶ米国獣医師の西山ゆう子さんは「動物の殺傷では、人ではあまりみられない手段が採られることがある。たとえば電子レンジにかけられて死んだ猫が持ち込まれた場合、その症状の特徴を知らなければおそらく肺水腫と診断してしまうだろう」と話す。


 またネグレクトが疑われる場合には、胃の中を確かめて食品以外のものを食べていないか確認したり、保護後の標準体重への戻り具合を記録したりして、証拠をそろえていくという。

 

 

■環境省、公務員対象に研修

 虐待が疑われる案件に法獣医学の知識を持った獣医師が関わる動きは、日本でも出始めている。


 栃木県で昨年10月、犬猫の「引き取り屋」が、動物愛護法違反と狂犬病予防法違反の疑いで県警に書類送検された。このプロセスで、動物愛護団体による保護後の腫瘍や皮膚病などの回復具合をもとに、複数の獣医師が「ネグレクトである」という趣旨の診断書を提出した。


 この事案では、結果的に動物愛護法違反容疑は不起訴になっている。ただ、西山さんは「法獣医学の知見がなければ、実際の動物虐待事例と法制度とを結びつけることができない」と指摘する。


 知見を持った獣医師が日本でも出てきつつあることを、各関係機関も歓迎する。13年に施行された改正動物愛護法で、獣医師には「虐待を受けたと思われる動物を発見した」際、関係機関に通報する努力義務を課された。法獣医学が広がれば、獣医師による動物虐待の通報は増えていくだろう。


 法獣医学へのニーズと関心の高まりを受けて、動物愛護法を所管する環境省も人材育成に乗り出した。今年9月、自治体の公務員獣医師を対象に、初の「動物虐待等科学的評価研修会」を開催。同省動物愛護管理室は「動物虐待を科学的に評価するための知識や技術を習得してもらう必要性が高まっている。これから3年かけて、関係する全自治体の獣医師に、研修を受けてもらう予定だ」としている。

 

栃木県内の「引き取り屋」で飼育されていたシーズー=日本動物福祉協会提供
栃木県内の「引き取り屋」で飼育されていたシーズー=日本動物福祉協会提供

■動物虐待事件でよくみられる症状

【尻尾の付け根の骨折】犬や猫に暴行を加える際、逃げないように尻尾をつかむことが多い


【肋骨(ろっこつ)の骨折】高いところから落ちて脚を骨折したと動物病院に連れてきたが、X線検査をすると肋骨の骨折が判明。飼い主による暴行の可能性を疑う必要がある


【爪がのびすぎ】ネグレクトの典型的な症状。猫では、のびすぎた爪が肉球に食い込んでいることもある


【胃の中に壁材などがつまっている】餌や水を与えないネグレクトの場合、飢えのあまり壁材などを食べている場合が多い


【耳の先端のやけど】犬や猫を電子レンジにかけて殺すと、外傷として耳の先端に特徴的なやけどが残る


(太田匡彦)

朝日新聞
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