原発事故の被災地に残された老猫「マメ」 都心で安らかに暮らす

コスモスが咲く飯舘村の秋   写真=上村雄高
コスモスが咲く飯舘村の秋   写真=上村雄高

「僕が初めて福島県相馬郡の飯舘村を訪れたのは2011年の11月。東日本大震災から8カ月ほどたった頃です。飯舘村には約200頭の犬と約400頭の猫が取り残されて、飼い主の帰りを待っていました」


 カメラマンの上村雄高さん(46歳)はそう話す。

 

(末尾に写真特集があります)


 猫好きで猫を主な被写体としてきたが、2011年の東日本大震災を機に、ジャーナリスティックな撮影を開始。被災地に残されたペットの存在を知った12年以降は、動物たちの撮影をライフワークとし、自宅のある東京都国立市から、避難指示区域に指定され、住民のいなくなった飯舘村まで、車で片道4時間半~5時間の道のりを何度となく往復し、ブログや写真展等で現状を伝えてきた。


「実は、最初は放射能への恐怖から飯舘村に通うことは考えていませんでした。でも、人の訪問に歓喜したり、貪るようにフードを頬張る犬猫の姿を見て、自然と足が向くようになりました。飯舘村で初めて会ったのが、茶トラ猫のマメ(出会った当初は推定12、3歳)。人懐こい猫で、会うたびに出迎えてくれる。そのマメを通して、現地の犬や猫の幸せについて、考えるようになりました」


 上村さんは、マメに会った当初は「こんなに人懐こい子がひとりで暮らすのはかわいそうだ。すぐに保護したい」と考えた。


 だが、何度目かの訪問で、飼い主の男性(当時83歳)と出会って、考えが変わった。男性は松川町の仮設住宅に住み、数日に一度、山を超えて原付きバイクでマメに会いにきていたのだ。

 

一時帰宅した飼い主の男性とマメ 「鮭のおにぎりを持ってきたぞ」   写真=上村雄高
一時帰宅した飼い主の男性とマメ 「鮭のおにぎりを持ってきたぞ」   写真=上村雄高

「『マメに会うために一時帰宅するのが唯一の楽しみ(生きがい)』『オレがいくとマメは途中まで迎えに来るので、なごい(なつこいの意味の方言)』と男性は言い、マメも男性のそばをずっと離れない……。それを見て、外から来た自分の基準で、現地の犬猫の幸せを判断してはダメなんだ、と考えさせられました」


 マメは男性が家の床下に掘った「穴」を通って、家の中と外を自由に出入りしていた。去勢手術も受けていた。その地域では、犬や猫の繁殖管理まではしない飼い主も多かったようだが、男性は「まだマメが若い頃に率先して去勢をしたんだよ」と話したという。


 被災直後から、動物保護団体もマメを含め、被災地に残された犬や猫を見守ってきた。マメもそんな中で1年、2年とたくましく生きてきたが、3年半たったころに異変が起きた。頭にけがを負ったのだ。他の動物にかまれたような傷だった、と上村さんはいう。


「けがを機に、マメは福島にある『福猫舎』という猫シェルターに保護されました。そのことを知った飼い主の男性は、治った後に表に戻して“またけがをしたら可哀そうだ”とマメを手放すことを決めたのです。誰か可愛がってくれる人がいるなら、自分に代わって面倒を見てほしいと……」


 男性は80代後半になり、病に倒れ、体の自由もきかなくなったのだという。


 そのマメは今、東京の都心に住んでいる。繁華街の老舗ビルが家だ。けがをしてから約半年後、2015年5月に引き取られた。


 上村さんと一緒に、新居のマメを訪ねた。


 部屋にあがらせてもらうと、トコトコと茶トラの猫が近づいてきた。体は少し細いが、しっかりとした目でこちらを見つめている。

 

東京の新たな家にすぐ馴染んだマメ 写真=上村雄高
東京の新たな家にすぐ馴染んだマメ 写真=上村雄高

「マメは本当にフレンドリー」「面白い猫なのよね」


 現在の飼い主、齋藤徳恵さん(53)と、和子さん(50)の姉妹が朗らかに出迎えてくれた。ソファでのんびりと毛繕いをするマメの姿を見ると、長年この部屋で過ごしてきたかのようだ。


 和子さんが出会いを振り返る。


「実は私、マメが来る1年前から、彼の姿に“釘づけ”になったんです。2014年に浅草の『ギャラリー・エフ』(カフェ)で行われた『Call my name 原発被災地の犬猫たち』という写真展で、1枚の写真に目を奪われました。生い茂った緑の中の道を一匹の猫がこちらに向かって歩いてくる。それを見た途端、うわっと感じるものがあり、その写真が心に残っていたんです」

 

家からの一本道を歩くマメ。人を見るといつも近寄って・・この写真が新たな出会いに繋がった。
写真=上村雄高
家からの一本道を歩くマメ。人を見るといつも近寄って・・この写真が新たな出会いに繋がった。 写真=上村雄高

 それは上村さんが2012年6月に撮った写真だった。飯舘村を5度目に訪れた時、自宅側にいたマメが上村さんに気づいて、出迎えてくれた瞬間のショットだ。


 2015年3月、そのマメを「引き受けて頂くことは可能でしょうか?」と斎藤家に「福猫舎」から連絡が入った。2013年にも福島のシェルターにいた猫ミーコを引き取っていたため、声がかかったのだろう。和子さんは姉とともに「喜んで」と快諾した。


「マメは初めて家に来た時、物怖じせず先住のミーコに近寄りました。ミーコは“何なのアンタ後からきて”という感じで威嚇しましたけど(笑)。1カ月後には、おでこをなめ合っていました」


 齋藤家は、猫を飼うのはマメで5匹目。マメは初めてのオスだが、猛々しいイメージはまったくなく、写真で感じたシリアスさもない。「どちらかというと、ひょうひょうとしてコミカルな子」と和子さんはいう。


 マメは今年に入って少し体調を崩したのだという。


「春先にてんかんを起こして、いっときは食欲をなくして体重も減ったのですが、点滴などで落ち着き、体重も戻りつつあります。鮭(あぶりサーモン)をあげたら、それを機に蘇りました。やはりソウルフードだったのかしら(笑)。今まで大変だったのだし、いっぱい食べて、たくさん寝て、悠々と生きて欲しい。うちの猫は代々長生きなので、マメにもあと5年くらい生きていただきたい(笑)」


 カメラマンの上村さんが「よかったねえ」と抱きあげると、マメは嬉しそうに、目を細めた。

 

齋藤さん宅で、マメを抱く上村さん 「普通のおじいちゃん猫として、余生をのんびり過ごしてね。僕は犬や猫の力になれるような写真をこれからも撮りたいよ」
齋藤さん宅で、マメを抱く上村さん 「普通のおじいちゃん猫として、余生をのんびり過ごしてね。僕は犬や猫の力になれるような写真をこれからも撮りたいよ」

 

  上村雄高さんのブログ『猫撮る』

『あなたの猫撮る』(出張撮影)

藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686
この連載について
ペットと人のものがたり
ペットはかけがえのない「家族」。飼い主との間には、それぞれにドラマがあります。犬・猫と人の心温まる物語をつづっています。
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