海を渡って大手術 元捨て犬を介護しながら、共に生きる島人

海辺で気持ちよさそうに散歩するラッキー「車いす犬ラッキー」より
海辺で気持ちよさそうに散歩するラッキー「車いす犬ラッキー」より

 愛犬が大ケガを負い、介護が必要になったとしたら、どうするだろうか……。犬猫専門の病院がない島で事故に遭い「安楽死」を迫られた元捨て犬と、“共に生きる”道を選んだ飼い主の生き様が、一冊のノンフィクションになった。愛犬の名はラッキー。筆者の心をゆさぶった島人と犬の物語とは――。


(末尾に写真特集があります)

 舞台は、九州の南の海に浮かぶ鹿児島県の徳之島。奄美群島の島の一つで、人口は約2万6000人。周囲約84㎞のサンゴ礁の海に浮かぶ。名物は大島紬、島唄、黒糖焼酎、ハブ、闘牛……ここに住む4歳の雑種犬のラッキー(オス)は、毎朝、飼い主の島田須尚さん(67歳)と軽トラックで漁港に出向く。島田さんが海辺でゴミを拾う間、ラッキーは散歩をするのだが、速足で歩くたび、ガラガラと音が鳴る。車いすをつけているからだ。

 

「車いす犬ラッキー 捨てられた命と生きる」
毎日新聞出版 定価1500円+税
「車いす犬ラッキー 捨てられた命と生きる」 毎日新聞出版 定価1500円+税

 本書「車いす犬ラッキー」の著者で、大宅賞作家の小林照幸さんが、初めてその犬の姿を見たのは2年前のことだ。

「大学在学中にハブの疫学調査をしたり、島の伝統文化である闘牛に興味をもって本を書いたり、縁があって今も徳之島通いを続けています。2015年の5月5日、東京に戻るため空港に向かう道すがら、車いすの犬を見かけたのです」

 一瞬見えた犬の姿が目に焼き付いた。「ハブに咬まれた後遺症か?」と思ったという。半年後、再び徳之島を訪れた時、車いすの犬をまた目撃し、島の友人に「あの犬は?」と尋ねた。ハブではなく、事故で後ろ足が麻痺した、と聞いた。

「島の人々には知られた犬で、電器店を営む飼い主の島田さん所へ連れていってくれました。足元で走り回るラッキーを見て心が動き、さらに、島田さんから事故の様子や介護について聞き、胸に迫るものがありました。抱き起こして排泄をさせ、体や寝具が汚れたらその都度洗う。それをほぼつきっきりでされているのです」

 小林さんはかつて、「飼うのに飽きた」とか「引っ越し先がペット不可」などの理由で、飼い主が健康な犬や猫を手放し、保健所や動物愛護センターなどで殺処分される現場を取材し、本にまとめた経験もある。病気やケガや老いにより「介護」が必要になった犬や猫の安楽死を飼い主が希望する現実も、その時に知ったという。

「2003年には1年間に全国で犬猫合わせて40万匹以上が殺処分されていました。2013年には全国の犬猫の殺処分は約3分の1まで減りましたが、まだまだ多い。ペット大国ニッポンの一面という現実を考えさせられてきただけに、捨て犬という生い立ちであっても愛情を存分に注がれているラッキーと、寄り添って世話をする島田さんの姿に感銘を覚え、本を書きたいと思ったのです」

 いざ取材をすると、意外なことが分かった。主人公の島田さんは50歳過ぎまで、犬や猫と関係なく生きてきたのだ。息子や娘がペットを欲しがっても、「毛が抜ける」「不潔だ」と取り合わず、仕事一筋。電器店を営みながら、焼肉店やカラオケが入るビルも建てた。

 そんなある時、ビルの前に、ホームレスが居着いた。島出身だが、家族を捨て財産を整理して関西に出たものの、食い詰めて戻ってきたのだ。家族や親族は受け入れず、ホームレスになった。そのホームレスとの交流から、島田さんに変化が起きる。

「徳之島には、ユイ(結い)という共助を意味する島言葉があり、それまでホームレスがいたことはなかった。家と家族を失った男性を島田さんは気にかけ、役場と交渉し、生活保護が受けられるまでの間、面倒をみたそうです。その1年後、今度は小さな捨て犬が現れて……」

 最初、島田さんはその子犬を追い払おうとした。だが、子犬と先のホームレスの姿が重なり、気になりだした。一度は保健所に収容されてしまった犬を引き取って、飼い始めた。その7年後、今度は牛小屋の裏の藪で生まれた子犬を引き取り、「ラッキー」と名付けた。

 

島田家の一員となり、スヤスヤ眠るこども時代のラッキー(2013年2月)「車いす犬ラッキー」より
島田家の一員となり、スヤスヤ眠るこども時代のラッキー(2013年2月)「車いす犬ラッキー」より

 小林さんは説明を続ける。

「犬嫌いのお父さんが2匹の飼い主になったのだから、ご家族は驚いたようです。でも皆が本当に驚いたのは、その10か月後、ラッキーが不慮の事故に遭った時の島田さんの行動でした」

 ラッキーが事故に遭ったのは、2013年11月。島田さんが墓参りに連れていった時、目を離したすきに車にぶつかった。脊髄を損傷。当時の徳之島には犬猫の獣医がおらず、牛専門の獣医に診せると、「安楽死を」と勧められた。そのことを妻に話すと、「安楽死させてあげるのも親心ではない?」と言われたという。

「自分に責任があるし、大事な家族の命を簡単に捨てられない」。島田さんは、犬や猫に詳しい獣医がいる沖縄まで、ラッキーをフェリーに乗せて治療を受けさせる決心をした。結婚して沖縄で暮らす息子に、ラッキーの受け取りを頼んだ。事故から5日後、ラッキーは船で海を渡った……。

「沖縄で2度の大手術を無事に終えて、ラッキーが島田さんの待つ徳之島に戻ったのは、約40日後でした。沖縄の獣医師が、島田さんの息子さんにリハビリとともに車いすのことを教え、島田さんがネットで工房を探して、その年のクリスマスプレゼントとして、特注の車いすをラッキーに贈ったのです」

 

ラッキーにキスされて、うれしいやら恥ずかしいやら「車いす犬ラッキー」より
ラッキーにキスされて、うれしいやら恥ずかしいやら「車いす犬ラッキー」より

 今の時代、事故以外にも高齢や病気で車いすを使う犬も珍しくはない。それでも本書に魅きつけられるのは、「命を助けたい」という純粋な思いがあふれているからだろう。島田さんは「自分は捨て犬と出会って人間的に丸くなり、成長できた」と小林さんに話したという。犬を救ったはずの人間が、実は逆に救われていたのだ――。

 2015年、徳之島(亀津)にようやく、犬や猫などの小動物を対象にした動物病院が開院したという。

 世界自然遺産の登録を目指す(奄美・琉球)美しい島の風景の中、今日も元気に島田さんと散歩をするラッキーの姿がある。

 

「車いす犬ラッキー」
発行 2017年4月30日 
毎日新聞出版 四六判
著者 小林照幸
藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は16歳の黒猫イヌオと、2歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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