毎朝の稽古を見守り、幸運を呼び込む 相撲部屋の猫親方「モル」
朝、6時半。あたりはまだ薄暗い。それでもすでに東京・日本橋の住宅街にある相撲部屋、荒汐部屋には明かりがつき、力士たちが稽古をはじめていた。
「相手をよく見て!」
鋭い声で力士たちを指導する荒汐親方(元小結・大豊)の膝の上にモルがゆったりと座る。
モルは毎朝稽古場にやって来ては、稽古が終わるまで過ごすもう一人の「親方」だ。窓際に置かれた座布団が定位置。ときに親方の膝の上で甘えたり、畳の上で寝っころがったり。力士が近くまで投げ飛ばされても微動だにしない肝っ玉ネコだ。
「モルはお守りみたいな存在」
そう話すのは、荒汐部屋のおかみ、鈴木ゆかさん。
今から12年前、九州場所が終わり、借りていたアパートを引き払う片づけをしているとき、玄関に子ネコが現れた。人懐っこいネコで、すり寄ってくる。つい、エサをあげてしまった。
東京に連れて帰りたい気持ちはある。だが、ネコを飼う余裕はない。「どうしよう」と、ゆかさんと弟子とが相談していると、事情を聞いた親方が言った。
「かわいそうだから、飛行機に乗せて連れて帰れ」
弟子を吸い寄せる
鶴の一声で荒汐部屋の一員となった子ネコのモルは、初日から力士たちにすり寄っていった。それだけではない。モルには不思議な力があるようなのだ。
2002年に立ち上げた荒汐部屋は、金銭的に大変な時期が続いていた。弟子も少なく、ゆかさんと親方はいつも心配事が絶えなかった。それが、モルが来てから、1人、2人と弟子が増え、今は12人の力士と、床山と行司を抱えるまでになった。
「トンネルを抜けるように、徐々に、明かりが見え始めてきたんです」
ゆかさんが話しかけると、モルは「大丈夫、大丈夫」と言うように目をシパシパさせながら聞いてくれる。契約や集金のために銀行員が来ると必ずすり寄っていき、稽古を見にくる外国人観光客には、寝転がっての営業を忘れない。
「モルが来てから良くなったね」
いつもゆかさんは親方とそう話している。
(AERA増刊「NyAERA」から)
(文:AERA編集部・大川恵実、写真:今村拓馬)
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