吉田弁護士×新美明大教授 「働く猫」の労働時間が伸びた意味

「猫カフェ」が恒久的に午後10時まで営業できるよう、環境省は動物愛護法の施行規則などを改正した。だが「働く猫」の労働時間延長については、猫本来の習性や改正の根拠とされる調査の妥当性を巡り、疑義も呈されている。ペット関連法の第一人者である吉田眞澄氏と、環境省の諮問機関「中央環境審議会」の動物愛護部会で部会長を務める新美育文氏が、今回の改正の意味を語り合った。

(司会・構成・写真/太田匡彦)


(写真はイメージ)
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課題の多い調査ではないか(吉田)

吉田 猫カフェについて、午後10時までの営業を今後ずっと認めるという施行規則改正を環境省がした。中央環境審議会動物愛護部会ではどのような議論があったのか。


新美 付則で午後10時までの営業を認めてきたことをどう評価するのか、というところから議論が始まった。同時に動物学者によって、猫のストレスの調査をしてもらおうということになった。また猫カフェというのは、悪質な業者以外にも保護猫に新しい飼い主をみつけるための仲介をしているところもあるなど千差万別で、それらにどう規制をしたらいいのかという社会的な観点からの議論もした。なお、猫はもともと夜行性であるという本来の性質をどう考えるか議論が以前にはあったと聞くが、今回の部会ではそのことは特に取り上げられなかったと記憶する。これら様々な要素を勘案しながら、では規制をするだけの材料がどの程度の確実性をもってあるといえるのかに焦点を合わせて話し合った。


吉田 ストレスがかかると増加するホルモン「コルチゾール」の糞中濃度をはかるという、動物学者による猫のストレス調査は、課題の多い検査方法だったと思うが。


新美 科学的には必ずしも完璧なものではない。科学の進歩があって「やはり問題がある」という調査結果が出れば、再び改正することは当然だ。委員は皆それを承知のうえで、今回の決定をした。


吉田 人間についていうとコルチゾールは朝に多く出て、夜は比較的少ない。実際にストレスを感じている時間と、コルチゾールが血液中に出るのにタイムラグがあるためだ。そのタイムラグは血液、尿の順で少ない。糞は最もタイムラグが大きい。今回、その糞で調査したというところに疑問を感じる。


新美 会議では、そこまでは突っ込んだ議論はなかった。


吉田 しかも糞はだいたい1日に1回しかしない。そうすると昼夜をあわせた総排出量を測ったことになる。午後8時までと午後10時までとの違いを測るのは、不可能だ。


新美 確かに不可能だ。営業時間を2時間ずらしたことによるストレスがどれくらい違うかというのを測ることはできない調査だと思う。


吉田 ではこの調査結果は、今回の改正の直接の説明にはなりにくい。


新美 「午前8時~午後8時まで展示した猫」と「午前10時から午後10時まで展示した猫」との間で、コルチゾール濃度の差が見られないということは、夜間展示の時間を遅くまでずらしたことがストレスを多くしたということにはならない。規制当局としては「これだけのストレスがある」ということが言えない限り、猫カフェの夜間営業を規制することは難しいという判断をした。猫カフェが社会的に見て全く不適切だという話であれば、差がなくても、猫の福祉のために保守的に考えるべきだという議論にもなる。だがひどい猫カフェもあるが、非常にうまく機能しているところもある状況だった。


司会 糞中コルチゾール濃度で猫のストレスが測れるのか否かということに関しては、調査をした動物学者自身が「調査結果の妥当性は今後さらに評価の必要がある」と言っている。測れると断言できない手法を使った調査結果を根拠に改正をするというのは、いかがなものか。


新美 測れるということは断言できない。だが逆に言えば、午前10時から午後10時まで展示することで、午前8時から午後8時まで展示すること以上にストレスがかかるという論拠がない、ということ。


吉田 猫は犬と違って、単独で生活をしている。だから猫は、知らない人を見たり、人に飼われている犬を見たりすると、基本的に逃げるという対応をする。逃げるということは、そういう状態は猫にとって快適な状態ではないということ。つまり、そのたぐいの経験というのは、間違いなく猫にとっては大きなストレスになる。猫カフェという、猫が逃げることができない場所をベースに議論して、さらに営業時間について例外を認めるということになることに問題はないのか。


新美 その論理だと猫の売買でケージに入れておくことが否定される。動愛法ではそこまでの規制は不可能だ。


吉田 猫の売買では、ケージに猫が入っているのは一生ではなく限られた時間。対して猫カフェの場合は、ずっとそこにいないといけない。


新美 すると動愛法で、猫カフェという新たな業種を設定することになる。ひいては、すべての動物種に応じて条項を作らなければいけない。


吉田 犬猫については既に「犬猫等販売業者」という規定が設けられている。


新美 犬と猫を区別してもいいが、区別して規制するだけのデータが出てくるかどうか、という問題になる。


司会 だが今回の改正では、「犬カフェ」と「猫カフェ」は区別して議論している。3月1日の動物愛護部会では事務局側が「今回は猫に限定する」という趣旨のことを強く確認していた。犬が区別されたのは「猫が夜行性だから」というところから、規制緩和の議論が始まったためだ。今になって犬と猫が区別できないというのはおかしい。


新美 犬と猫をわけたのは前任者なので、その理由を私は知らない。また、今回は猫についてのデータしか部会には示されていない。もし犬のデータも出てきていたら、犬カフェの営業時間も延ばしたかもしれない。もっとも、社会において、犬カフェに対する需要があるかどうかであるが。


吉田 猫について、きちんとしたデータがそろうまでは経過措置を続ければよかった。施行規則改正の手続きを取るにはやはり根拠が薄かった。

 

 

「休息できる設備」はくさび(新美)

新美 法による規制をどう考えるかの違いだ。科学の限界で、「リスクがある」ないしは「ストレスがある」ということが確定できない時に、どう規制をかけられるかという話をしている。


司会 そもそも1965年の実験、1981年の調査で、猫は夜行性ではなく薄明性であるということがわかっている。部会ではこのデータにあたっているのか。


新美 夜行性かどうかは議論にならなかった。動物学者からコメントもなかった。


吉田 科学的データ、人の感情ということを考えれば、今回の判断は、社会状況を十分に理解してなされたものではないという気がする。


新美 部会では、猫のストレスを軽減ないし解消するための「休息できる設備」をきちんと作ることが最も大事であって、営業時間の時間帯をどうするのかはその次であろうという意見だった。だから「休息できる設備」についてはきちんと書くことにした。実際、各自治体への通知で、しっかり定義されている。


司会 改正前は、キャットタワーの高いところを「休息できる設備」と言っている猫カフェもあったが。


新美 改正後はそれは通らない。人から隔離できる、人から見えない、照明や音響にさらされない場所のことを「休息できる設備」としている。


吉田 猫ブームが来ている。日本の場合は学習効果が発揮されない傾向が強いので、犬についてこれまであった失敗が、猫について起きるだろう。すると売れ残る猫が数多く発生し、これを猫カフェで売るという業者が出てくる可能性は高い。新たな社会問題にならないだろうか。


新美 あり得る状況だと思う。11歳以上の高齢猫に対して定期的な健康診断を努力義務化したことが、問題に対処する布石になると思う。場合によっては、この年齢を下げたり、義務に近づけたりするなどの施策が取れる。犬猫等販売業者が猫カフェという形態を取り入れたとしても、対応していけると思う。


吉田 猫カフェについては感染症の対策も必要だ。また猫の精神疾患についても目配りする必要がある。獣医師との連携が、ペットショップ以上に必要になってくる。


新美 手は打てる。「休息できる設備」というのは一つの楔。飼育頭数が多ければ、「休息できる設備」というためには、それに応じて広くなければいけない。今後、頭数と広さについては、監督官庁として目安を示すことが期待される。


吉田 猫には縄張りがあることが懸念材料だった。縄張りが主張できる広さでなければ、ストレスの原因になる。


新美 猫同士がケンカするような広さでは「休憩できる」とは言えない。定義を加えていけばいい。

 

 

動物愛護法は過渡期を迎えているか

吉田 最近、環境省が「科学的な根拠はなにか」という話をあちこちでする。たとえば札幌市が「8週(56日)齢規制」を全国に先駆けてやろうとしたら、環境省が札幌市に対して「科学的根拠を示せ」と言ったようだ。


新美 業者の規制をすると、業者から「根拠を示せ」との批判が環境省に来る。だからどうしても根拠を追究する必要に迫られる。そのため「科学論争」に入らざるを得ないのだろう。


司会 猫カフェの営業時間の規制緩和で、潮目が変わったと見る向きもある。


吉田 「動物愛護管理法」は改正のたびに「動物関連業者規制法」になっていった。環境省がこれまで、積極的に動物愛護を進めるという方向で進んできたことは間違いない。だが今年に入って環境省は、札幌市の条例に横やりを入れた。続いて、猫カフェの夜間営業を例外的に認めるという施行規則改正を行った。しかもその改正は、十分な根拠に基づいてはいないようだ。ひょっとして環境省は、いまの法律を点検する必要性が出てきており、場合によっては、一部制度の廃止を検討すべきかもしれないと考え始めているのではないか。


新美 最後の点は的を射ているように思う。過渡期かもしれない。


吉田 そうすると猫カフェの問題などは、環境省では、最初に夜間展示禁止の施行規則を作った際に、社会を読み違えたと見たのか。


新美 どういう発想だったのかまでは、わからない。


吉田 環境省がどういう見通しをもってこういうことをしているのか見えてこない。


司会 環境省の札幌市への対応や麻布大学の菊水健史教授に委託している調査のサンプル収集スキームを見ていると、動愛法の本則にある「8週(56日)齢規制」についても消極的になったのではないかと疑いたくなる。


新美 環境省が「56日」を断念しているという雰囲気はない。「本則(56日)に戻す」というタイミングを探っているのだと思う。


吉田 本則を、実質的にはなかったものにするというような状況は作り出すべきではない。法律というものの信頼性と法的な安定性というものを確立するということとの関係で、そこが非常に大切だ。


新美 8週齢規制の付則は激変緩和のための経過措置だから、いずれ本則に戻るべきもの。しかし、猫カフェについては施行規則が、試行的なものだった。トライアルの結果次第で、どっちに転ぶかはわからないというとらえ方だった。一方で今回の改正で、高齢猫の定期健診を努力義務にしたり、「休息できる設備」の具体化をはかったりしたことは「次の段階」へのきっかけになる。たとえば猫を利用するということは、人間でいう「労働者」として使うのと同じ。労働法に類比させるならば、産業医=提携獣医師が、ちゃんと労働者=動物(猫)の健康を管理するという一つのモデルを作っていくことになる。


吉田 犬猫等販売業者からすると、終生飼養確保は大問題で、影響低減のため多大の努力をしている。過去の経験上、構造的問題の生じやすい時期で、科学的成果を有効に活用し、規制を含め適切に対処することが大切だ。猫カフェ問題は、第一歩として注視したい。

 

 

(朝日新聞タブロイド「sippo」(2016年6月発行)掲載)

 


吉田眞澄(よしだ・ますみ)

1945年京都府生まれ。弁護士で京都弁護士会医療協議会プロジェクトチーム委員。ペット法学会設立に中心的な役割を果たし現在は副理事長。同志社大大学院修了後、帯広畜産大副学長などを歴任。『ペット六法』などペットに関する著作多数


新美育文(にいみ・いくふみ)

1948年愛知県生まれ。明治大法学部専任教授。環境省の諮問機関、中央環境審議会動物愛護部会の部会長。名古屋大大学院修了後、横浜国立大などを経て87年から明治大教授。専門は民事法学

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