猫のアイちゃん19歳、熊本地震で「関連死」 食欲なくし…

2015年10月、19歳の誕生会で。このときは元気だった 
2015年10月、19歳の誕生会で。このときは元気だった 

 熊本地震から1カ月以上が経つ今も、自宅に戻れない人やペットが数多くいる。地震が引き金になって体調を崩して亡くなる「震災関連死」も報告されている。そんななか、一匹の高齢猫の訃報が届いた。地震直後に「食欲を失い、クリームチーズしか舐めなくなった」とsippoで紹介したヒマラヤン種のアイちゃん(19歳)だ。

 

(末尾に写真特集があります)


「アイが5月9日、午前2時10分旅立ちました。水を飲ませたら飲んでくれて、フーッと身体を伸ばした。そのまま逝ってしまいました。19歳と7カ月でした」


 アイちゃんの飼い主、安藤雅子さんから、こんなメールが届いた。5月9日の夕方のことだ。


 安藤さんは熊本市内の一軒家に、アイちゃんとウェルシュコーギーの雄犬クララ(8歳)と暮らしていた。最初の地震の4月14日、家は無事だったが、安藤さんは2匹と車中で過ごし、その後、勤め先である市内の病院に移動した。安藤さんは病院会長秘書として働きながら、2匹とともにアニマルセラピーの活動もしていた。病院にはその活動のための施設「ふれあいハウス」もあるので、そこに避難したのだ。


 アイちゃんは食欲をなくしたが、安藤さんが手にすくって与えるクリームチーズはなんとか舐めてくれた。


「そのまま揺れが収まると思ったら本震が来て、アイが食欲をまた失ったんです」


 しかも、16日の本震では病院が大きな打撃を受けた。すべての棚が倒れ、パソコンもひっくり返った。安藤さんは毎日、朝から医局や会長室の片付けに追われた。夜間は自宅の駐車場で、アイちゃんとクララとともに車中泊を続けた。余震が続いていたためだ。朝になるとクララを連れて出勤した。


「アイちゃんは移動するよりも、慣れた家のほうがいいかと思い、お留守番の日々でした」


 大切な猫がなかなか食べられないのは心配、でも責任のある仕事なのでどうしても出かけなければいけない。安藤さんの葛藤はいかばかりだったろう。


 同じ病院で働き、アニマルセラピー仲間でもある看護師の田中明子さんが話す。「『アイちゃんが今日もほとんど食べてない』って、仕事後によく連絡をくれました。スープタイプのフードを飲ませたり、すごく努力されていたようなのですが……」


 余震が長く続くなか、アイちゃんは食欲がなかなか戻らず、どんどん痩せていった。安藤さんは5月6日に動物病院に連れて行き、点滴を打ってもらった。そして「これ以上アイちゃんをひとりにできない」とふれあいハウスに移動させたのは、翌7日だった。田中さんはそこで、久しぶりにアイちゃんと会った。


「ぐったりしていたけど、抱きながら水やスープをあげると飲んでくれた。その日のうちに安藤さんと一緒にアイちゃんをまた動物病院へ連れて行って、また点滴を打たせたんです」


 この時に静脈留置針(静脈に埋め込むタイプの針)を前脚に入れてもらった。仕事が終わるまでふれあいハウスに置いて、夜はいったん安藤さんの家へ帰った。翌8日もハウスに連れて来て、田中さんに点滴をしてもらい、夜は自宅へ連れて帰った。


「8日はフードも少し食べて、尿も出たので、『よかった、アイちゃん大丈夫だよ』って声をかけ私も安心したんですが……」(田中さん)それまでもアイちゃんが食欲をなくすことは時折あったが、いつも点滴を打つと回復していた。だから今回も元気になると思っていたのだ。


 だがその夜中、田中さんの元に安藤さんからメールが届いた。「さっき旅立ちました、ありがとうございました」と。

 

4~5歳ごろのアイちゃんと安藤さん=2002年ごろ
4~5歳ごろのアイちゃんと安藤さん=2002年ごろ

 葬儀は、旅立った日の午前11時だった。もっと一緒にいたかったが、地震で稼働していない斎場も多く、その時間しか空いていなかったのだ。斎場に行く前、安藤さんはアイちゃんを棺(箱)に入れて、ふれあいハウスに連れて来た。


 アイちゃんは5年前に現役を引退するまで、ふれあいハウスで活動を続けてきた。日本動物福祉協会のCAPP(アニマルセラピー活動)の認定猫で、99年に合格した熊本の第一号だった。どんな人が触っても、どんな動物が周囲にいても動じない。心の広いアイちゃんのことを、皆が敬愛して「アイ様」と呼んでいた。


「立派な猫だったのよ」と、田中さん。「アイちゃんは安藤さんの支えであり、母のように安藤さんを見守る存在でした」


 出勤した職員たちもアイちゃんに花を手向けた。セラピー活動を通して仲良しだった他の犬猫たちも、棺の周りに集まってアイちゃんにお別れをした。


 月曜日で田中さんは勤務日だったが、「上司に事情を伝えたら、『行ってあげて!』と言われ、急きょお休みをいただけたんです」。みなとお別れをした後、安藤さんは熊本市内のペット霊園「沙羅の苑」に向かった。田中さんも付き添った。


 火葬と葬儀を済ませたあと、遺骨を抱く安藤さんとともに田中さんは、崩れてしまった熊本城の前を車で通りかかった。そのとき安藤さんが声をかけた。「アイちゃん、熊本城だよ」


 田中さんが振り返る。「葬儀のあとに安藤さんが言ったの。『今までお留守番が多かったので、これからは遺骨を小さな器にいれてアイといろんなところに一緒に行こうかな』って」


 アイちゃんは地震の前は、脚の力が少し弱っていたのと、年並みに腎臓が少し衰えていたくらい。健康上、特に大きな問題はなかった。


「今回は急激に衰弱して、取り返しのつかない状態になってしまったのかもしれない。安藤さんは自分を責めているけれど、あの地震さえなければ、こんな急なことにはならなかったと思う」と、田中さん。


 田中さんの飼い猫のハイジも17歳と高齢で心配だったが、何とか自宅で過ごせて、食欲を落とさずに食べているという。だが、アイちゃんのように、熊本地震を機に食べなくなったり、体調を崩したりして、亡くなってしまった猫や犬は少なくないだろう。


 安藤さんのアイちゃんと、田中さんのハイジとは、「叔母とめい」の血縁関係だ。安藤さんと田中さんは共に独身で、職場も一緒。つらい気持ちが田中さんにもよくわかるという。

 

地震から約1カ月後の5月13日にアニマルセラピー活動を再開した。いちばん左でほほ笑むのが安藤さん(クララと)。中央は高野病院の高野正博会長=安藤さん提供
地震から約1カ月後の5月13日にアニマルセラピー活動を再開した。いちばん左でほほ笑むのが安藤さん(クララと)。中央は高野病院の高野正博会長=安藤さん提供

 5月14日に、記者のもとに安藤さんから1枚の写真が届いた。そこにはアニマルセラピーを再開し、仲間と一緒にほほ笑む安藤さんの姿があった。そしてこんな決意のような言葉も。


〈--後悔の思いと今はただ、ただひたすらの悲しみですが、アイ様が残した活動の足跡を消さないように頑張るのが私の役目と頑張ります〉


 ここに込められた思いの深さを受け止めたい。そして、熊本地震で犠牲になったすべての人と動物たちの冥福を、祈りたい。


 アイ様。どうか今までどおり、安藤さんをゆったりと見守ってね。


(藤村かおり)


◆地震直後のアイちゃんの記事はこちら

sippo
sippo編集部が独自に取材した記事など、オリジナルの記事です。

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