不明の猫が見つかる ペット探偵の極意「猫は面、犬は線で捜す」

元気になった現在のナナ
元気になった現在のナナ

 家から消えた猫を必死になって捜す――。内田百閒は、ふいに家からいなくなった愛猫を捜して、「ノラや、ノラや」と泣きながら探した様子を随筆『ノラや』に綴った。約60年前に書かれた名作で、今も読み継がれているのは、時代を超えて、ペットが失踪した時の心境に共感するからだろう。

室内飼いの長毛種が行方不明に

 富山県在住の恵美子さん(仮名)の愛猫ナナ(4歳)は、今年の5月8日、突然いなくなった。ノルウエージャン・フォレストという北欧原産の長毛種だ。家には同居する猫が2匹いたが、仲はよかった。

 「いないのに気づいたのが朝5時半。夜明けに家族が玄関から出入りしたので、その時に出たらしいのですが」

 完全な室内飼いで、避妊手術済み。怖がりなので、表に出るとは思ってもみなかったという。だからそう遠くには行ってない、と安心していたが、「ナナ、ナナちゃーん」と呼んでも気配がない。そもそも、あまり鳴かない猫だった。1日、2日、そして1週間……。時間が過ぎるなか、恵美子さんはチラシを手作りして、近所にも声をかけた。

 「商店街に配ったり、猫の好きそうなお寺や細い路地も歩いてみました」

 500メートル先の大きな川まで見にいった。2週間目、焦りがピークに。猫を飼う友達から「探す専門の人に相談したら?」と言われ、意を決した。恵美子さんが頼んだのは、20年続くペット探偵事務所「ペットレスキュー」だった。以前にその代表、藤原博史さんの本を読んだことがあったのだ。「発見率70~80%」と記されていた言葉にすがるように電話をした。

まずはチラシ、ポスター

 「関東に住むペット探偵さんですが、すぐ富山に駆けつけてくれました。チラシ、ポスターを合わせて1000枚くらい作り、投かんや貼り付け、聞き込みをしてくださいました」

 写真はその時のA4サイズのチラシだ。猫の写真はカラーで大きめ。毛や首輪の模様や尾の特徴などとともに、探偵事務所のフリーダイヤルの連絡先が載せてある。費用は通常64800円+経費(交通費やポスター代など)だが、恵美子さんの場合は関東から富山までの交通費、2泊のホテル宿泊費込みで、その約3倍。

情報提供を呼びかけるチラシ
情報提供を呼びかけるチラシ

 「給料分そっくり、前払いしました」

 チラシは学校や駅にいく途中など人通りの多い場所の“人の目の高さ”に貼られ、何通かの目撃情報が寄せられた。だが、ペット探偵が滞在した3日間では見つからなかった。恵美子さんは必死だった。

 「知り合いが地元のラジオ局にいたので、番組中にも、こんな猫が行方不明で、と放送してもらったこともありました」

 運命の日は突然やってきた。ペット探偵から電話がかかってきた。

 「家から50メートル先の民家の庭にいるようだと。日曜だったのですぐ駆けつけました」

 ナナは、木の根っこにうずくまって、にゃあにゃあ鳴いていた。

 「鳴かない子が鳴いて……痩せて首輪がなくなっていましたが、確かにナナでした」

保護された直後のやせたナナ
保護された直後のやせたナナ

 決め手はカラーのチラシで、「あの猫だ」と気づいた住人がチラシに記されていたペット探偵事務所に連絡してくれたのだ。6月7日。いなくなってから1か月目だった。体重は3.6キロから2.2キロに減り、足を少しケガしていた。

 「最初は未消化の便が出ましたが、柔らかな子猫用の缶詰フードをあげると、2週間で体重が戻りました」


 ――あれから4か月。ナナは足を今も少しひきずるが、元気だ。新たな首輪には、恵美子さんの携帯電話を記した迷子札を付けている。


 「他の猫にも迷子札をつけました。ドアの開け閉めも、あれ以来、気をつけています」

ペット探偵の極意は 

 ペット探偵の藤原さんは今まで2000件の犬や猫の捜索にあたってきたが、今もほぼ毎日、「いなくなった」という相談の電話があるという。近年、猫が増えているようだ。

 藤原さんは「まず冷静になって」とアドバイスする。

 「飼い主さんがパニックになって叫ぶと、猫もパニックになります」

 リラックスしていつも通りに呼ぶだけで、出てくることもあるのだとか。室内飼いの猫は「隣の家」から捜し始めるのがコツ。自由に外出させているなら、普段の行動範囲の外側を捜す(普段200メートルなら200メートル以上から)。

 「チラシを作る場合、ペットの毛の色が白や黒ならモノクロ写真のコピーでいいが、茶系の場合はカラーコピーでないとわかりにくい。動物病院やペットショップのほか、スーパーなどにも相談をするといいですね」 

 聞き込みなどをして最終手段で捕獲器を置いて、好きなフードや今まで食べたことのないフードを入れて、見つかることもあるそうだ。

捜索の猶予は1カ月

 犬の場合は、猫と違い「短時間で遠くに移動」することがある。藤原さんは「猫は地図の面を、犬は線を塗りつぶして捜していくイメージ」だと話す。その方法で、藤原さんは行方不明のペットを発見してきた。ただし、やはり猶予は約1カ月間だ。

 獣医師も「水と最小限の食べ物(鳥やネズミや虫などでも)」があれば、猫は1か月生きのびるチャンスがある。犬は猫ほど機敏でないのでそれよりおとるかもしれない」と話す。もちろん季節や天候や他の動物との接点、交通状況などにもよる。残念ながら事故などで亡くなる場合もあるので、役所の清掃課や土木課等にも問い合わせたい。

日ごろの注意も必要

 ペットが行方不明にならないためには、日ごろの注意も大切だ。藤原さんによれば、猫は「春や秋の発情期」に脱走する例が多い。性的なストレスをなくす為にも、室内飼いの場合は避妊去勢をしたい。犬の場合は散歩に出る際の飛び出しや、音に驚いての飛び出しもあるので、「呼び戻しのしつけ」や、玄関を二重にして「脱走を防ぐ策」も大切だ。

 動物の皮下に注入器で埋め込むマイクロチップ(直径2ミリ、長さ約8~12ミリ)の円筒形の電子標識器具)も、行方不明のペットの「身元証明」の手がかりになる。(埋め込みは動物病院で通常数千円)。全国の保健所などに専用機器があり、チップの数字を読み取ることができる。

 現在公開中の映画『先生と迷い猫』は、町に住む三毛猫が行方不明になり、元校長(イッセー尾形)や美容師(岸本加世子)らが懸命に捜す姿が描かれている。町のみんなでチラシを作ったり夜中に捜したり。映画の原案となったノンフィクション『迷子のミーちゃん』の著者、木附千晶さんがこう説明する。

「先生と迷い猫」のチラシを作るシーン(c2015「先生と迷い猫」製作委員会)
「先生と迷い猫」のチラシを作るシーン(c2015「先生と迷い猫」製作委員会)

 「ミーちゃんは、いっときは飼い主さんがいたこともあったようですが、町の再開発で立ち退きを強いられてからは地域猫として皆に可愛がられていました。実は二度、行方不明になったんです」

 一度目は、商店街から3キロも離れた場所で見つかったという。猫好きな人が保護してからチラシを見つけ、行方不明から2か月後に町に戻ることができた。雌猫が自力で行くには遠い場所なので、「誰かに連れ去られて公園に捨てられたのかも」と木附さん。二度目の行方不明はその7か月後。今も見つかっていない。

 「どこかで可愛がられていたらいいなと思います……でも小さな存在が、多くのことを残してくれましたね」


 動物は、いなくなって初めてその存在の大きさがわかるのだ。だからこそ、一日一日を大切にしたい。

 (藤村かおり)

sippo
sippo編集部が独自に取材した記事など、オリジナルの記事です。

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