犬に「犠牲」強いるペットビジネス 大量生産大量消費の悲劇

全国で相次ぐ犬の大量遺棄事件。
だが「事件」は氷山の一角にすぎず、いまに始まったことでもない。
犬を殺し続けなければ成り立たないビジネスが、日本にはあるのだ。
文/太田匡彦 写真/朝日新聞社

子を産ませる道具として 

 

 ずらりと並べられた犬たちの死体を見て、その獣医師は怒りがわくのを止められなかった。

 栃木県内を流れる鬼怒川の河川敷で、純血種の小型犬の成犬ばかり45匹の死体が発見されたのは10月31日。翌日、宇都宮市内で動物病院を開業している獣医師は、栃木県警から死体の採血を依頼された。そのために動物の死体引き取り業者に出向き、犬たちの死体に向き合ったのだ。獣医師はこう語る。


「死体の様子から、劣悪な管理下で飼われていたことは明らかだった」


 血液は既にジャム状になっていた。通常の方法では採血できず、3匹から心臓を摘出した。1匹にはフィラリアが寄生していた。ほとんどの犬の腹はガスが発生してふくれていたが、さわってみると、痩せてあばらが浮いていて、栄養状態の悪さがうかがえた。
爪は伸びきっていて、散歩をされた形跡はない。歯の状態からは、だいたい5歳前後の犬たちと推定された。


 後日、同県那珂川町内で見つかった27匹の死体もあわせて遺棄したとして、廃棄物処理法違反などの疑いで逮捕されたのは、ペットショップ関係者らだった。愛知県内の繁殖業者から引き取った犬たちが運搬中に死んだために遺棄したと、警察の調べに対して話したという。
獣医師は憤りを隠さない。


「繁殖業者によって、子犬を産ませる道具として扱われていたのだろう。こういう人間たちが動物の命にかかわっていいわけがない」


 栃木、佐賀、山梨、群馬――と10月以降、全国で相次ぐ犬の大量遺棄事件。死体の状況などからいずれも、ペットショップや繁殖業者など、犬を売買することを生業とする動物取扱業者によるものだとみられている。


 実は、こうした犬の大量遺棄「事件」は最近になって増えたわけではない。これまでも全国の自治体の「動物愛護センター」などと呼ばれる施設を舞台に、同様の大量遺棄は日常的に起きていたのだ。下の表は、過去にあった動物取扱業者による自治体への主な大量遺棄をまとめたもの。

 

 

 2007年度の事例は、朝日新聞出版アエラ編集部で全国の主な29の自治体に「犬の引取申請書」を情報公開請求して明らかになった事例のごく一部だ。この調査では、明らかに業者が遺棄したものとわかる犬が29自治体で実に1105匹にのぼった。業者が一般の飼い主のふりをして、小分けにして自治体に持ち込めば区別がつかないから、この数字は氷山の一角にすぎない。

行政の監視、指導の徹底を

 昨年9月に改正動物愛護法が施行され、犬猫等販売業者からの引き取りを自治体が拒否できるようになった結果、こうした「事件」がようやく顕在化し始めたというわけだ。

 

2008年に流通した犬の流通・販売パターンと流通総数について、環境省が推計したデータをもとに、独自の取材を加えて作成。%は推計流通総数に対する各ルートの流通数の割合を示す
出典:アエラ(2010年5月31日号)
2008年に流通した犬の流通・販売パターンと流通総数について、環境省が推計したデータをもとに、独自の取材を加えて作成。%は推計流通総数に対する各ルートの流通数の割合を示す 出典:アエラ(2010年5月31日号)

 では、なぜこのようなことが起きるのか。原因は、日本で独自の発展を遂げた犬の生体小売業(いわゆるペットショップ)というビジネスそのもの根ざしている(上のチャート参照)。30年ほど前から純血種の子犬を大量に仕入れ、大量に店頭に展示し、大量に販売するペットショップというビジネスモデルが急激に成長し始めた。そのビジネスモデルを支えるために、生産業者としてパピーミル(子犬繁殖工場)が必要となり、ペットオークション(競り市)が整備されていった。


 遺棄は次のような構図で発生する。工場は「設備(繁殖犬)」の改廃が必要で、「不良品(競り市で売れ残るなどした市場に出せない犬)」の処分がつきもの。小売業者の販売現場では売れ残った「不良在庫」の処分が生じる。大量に消費させるためにショップの店頭では衝動買いを促すから、消費者(飼い主)による安易な遺棄を誘発している側面も見逃せない。


 こうした動物取扱業者の問題を解決するために12年8月、議員立法で動物愛護法は改正されたのだが、その内容は「政治」によって不十分なものとなってしまった。


 犬猫等健康安全計画の策定と遵守(第22条の2)、販売困難となった犬猫等の終生飼養の確保(同4)、犬猫等の個体ごとの所有状況の記録と保存(同6)などが犬猫などの生体販売業者に義務付けられた。一方で、当初から導入が検討されていた8週(56日)齢規制は「附則」によって骨抜きにされ、繁殖制限措置(繁殖年齢や回数の制限等の具体的数値規制)や飼養施設規制(犬猫のケージの大きさ等の具体的数値規制)は見送られてしまった。


 つまり、ビジネスモデルにはメスを入れずに温存し、対症療法にとどまったのが、12年改正だったのだ。獣医師で日本動物福祉協会調査員の山口千津子氏は言う。


「環境省はできるだけ早く56日齢規制の実施を決め、その際は同時に、繁殖制限や飼養施設規制などを盛り込んだ『飼育管理基準』を作るべきです。基準は罰則とリンクさせ、行政による監視、指導も徹底する必要があります。犬に犠牲を強いて成り立っている商売は、動物福祉の観点から絶対に規制していかなければいけません」

 

(朝日新聞 タブロイド「sippo」 No.25(2014年12月)掲載)

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sippo編集部が独自に取材した記事など、オリジナルの記事です。

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