脚を引きずり鳴いていた野良猫 保護され猫エイズ陽性と判明…温かな家で幸せに

 マンションの庭で保護された茶トラの「つくし」(推定3歳・雄)。免疫の病気で脚の肉球は破れ、歩行は困難。血液検査の結果は「猫エイズ」陽性。懸命に保護した保護主と、「病気は気にしない」と受け入れた譲渡先がつないだ小さな命は今……。

(末尾に写真特集があります)

脚を引きずる猫を保護 

 2021年夏、小林さんは自宅マンションの庭を通りかかる茶トラ猫の存在に気づいた。

「見かけない猫でした。やせ細った感じではなく、見た目は健康的。きっとどこかでご飯をもらって暮らしている地域猫だろうと、その時はそれだけだったんです」

 茶トラの猫は、その日以降よく小林さん宅の庭に現れた。人間が近づくと遠くへ逃げてしまうが、小林さんの愛猫たちのことは気に入っていたようで、窓ガラス越しにあいさつをしにくることもあった。

茶トラ猫
ある日小林さんの自宅の庭に現れた茶トラ。子猫かと思うほど小柄だが、目も鼻もきれいで健康そうに見えた。(小林さん提供)

 小林さんが茶トラの変化に気づいたのは、その年の10月。いつもは庭のすみっこに座っていた茶トラが、その日は窓のそばに近づいて、何かを訴えるように「にゃあにゃあ」と鳴いていた。珍しいことだったので近くで様子を見ていると、どうやら脚を引きずっているようだ。

「けがしたのかな。痛そうだな……」

 「外で暮らしている以上、いつかはこんなことになるかもしれない」と感じていた小林さんは、茶トラを保護する覚悟を決めた。

 小林さんは2匹の保護猫と暮らす愛猫家だが、猫を保護するのは初めてだった。自分なりに調べ、まずは寝床を用意して餌を与え、警戒心を解いてから保護することにした。

「少しずつ慣らすつもりだったんです。でも、段ボールの寝床を用意するとすぐに入って休んでくれた。それまでは週に1度現れるくらいだったんですが、その日以降はずっとうちの庭から移動しませんでした。脚のことがあったから、柔らかいところやあったかいところにいたかったのかもしれません」

3匹の猫
寝床をキャリーバッグに替えたころ。小林さんの飼い猫たちに興味津々な様子だった。(小林さん提供)

 小林さんには、同じマンションに気のおけない猫友達がいた。猫友達の有野さんは、物心がついてからずっと猫と暮らしてきたという猫飼いのベテラン。茶トラの保護に役立つアドバイスももらった。

「有野さんが、『保護を見越して寝床をキャリーバッグにしたらどうか』と教えてくれて、使っていないキャリーを貸してくれたんです。キャリーに慣れていたせいか、ボランティアさんから借りてきた捕獲器にも警戒することなく、仕掛けて2分で入ってくれました」

免疫の病気で「猫エイズ」陽性

 茶トラは捕獲器のまま、ボランティアによって病院へ運ばれた。子猫のように見えたが、推定2〜3歳。去勢手術と同時に行った検査では、猫エイズ陽性の結果が。けがをしているかのように見えた脚は、「形質細胞性足皮膚炎」という免疫系の病気で、肉球が破れていたり、部分的に腫れあがっていたりして、痛々しい状態だった。

 「これ以上放置していたら悪化して一歩も歩けなくなっていました。保護するにはギリギリのタイミングだったと思います」と小林さん。

ケージの中の猫
去勢手術を終え、小林さんの自宅で一時保護していた。(小林さん提供)

 しかし、保護できたことで安心してはいられなかった。 小林さんの住むマンションでは、猫は1世帯2匹までと決められている。「うちはもう2匹いるから飼えないし、病気なら譲渡先も見つかりにくいかもしれない」そんな不安を抱えていた小林さんに、猫友達の有野さんは「大丈夫、うちで飼うよ」と声をかけた。

 有野さんは当時のことを、「私自身、たくさんの猫と暮らしてきて、『猫エイズ』でも発症しなければ長生きできるという例をたくさん見てきた。だから正直、『病気だからどうした!』という感じ。猫との出会いはご縁。小林さんの話を聞いているうちに、ごく普通に受け入れる覚悟ができていました」と振り返る。

 こうして、保護された茶トラの命は保護主から新しい家族へと引き継がれた。 

新しい家族との暮らし

 マンションの庭で保護された茶トラは、有野さん夫婦と息子さん、先住猫の「せり」(14歳・雌)に迎えられ、「つくし」という名前をもらって新しい人生をスタートさせた。

「茶トラはおっとりしたイメージでしたが、つくしは警戒心の塊で獣のよう。家に来て40日経ちますが、まだ私もさわれていません(笑)」と話す有野さん。 

白猫
有野家の先住猫「せり」(左)はすぐにつくしを受け入れた。(有野さん提供)

 人間と距離を取る一方、先住猫のせりとの関係は悪くない。もともと猫に興味があるつくしは、せりのことはすぐに威嚇しなくなった。はじめは戸惑っていたせりも、2、3日経つとつくしの存在をあっさり受け入れ、2匹はケージ越しに鼻であいさつするようにまで距離を縮めた。

「つくしはびびりだから、結果的にせりがいて良かった。もし1匹だったら、怖い思いしかなかったと思います」

 痛みで引きずっていた脚も、有野さんのケアできれいに治癒した。
「40日間ずっと服薬。さわれないからどうしたものかと思ったけど、すりこぎで粉状にして液状のおやつに混ぜたらお皿を洗ったように食べてくれる。すごくいい子ですよ」

ケージの中の猫
有野家へ引っ越した直後は、警戒している証しの「イカ耳」で家族の様子をうかがっていた(有野さん提供)

 まだケージからは出ようとしないつくしだが、少しずつ変化が出てきていると有野さんは話す。
「はじめはイカ耳だったのが、今はリラックスして体を伸ばして寝ている。あまりにも無防備な寝顔なので触りたくて仕方がないけど威嚇されるので我慢しています(笑)。毎日少しずつ違った一面を見せてくれるのが今の楽しみ。だんだん目つきも優しくなってきましたね」

愛情深く見守られ

 有野さんは、つくしが猫エイズを発症しないよう、免疫力をキープすることに日々気を配っている。

「一番はごはんですね。高くても免疫に良いと言われるフードを与えています。それと、寒くしないことも大切。つくしはウールサック(布を食べてしまう癖があること)なので、ケージに毛布が入れられないんです。だから工夫して、ペットヒーターをケージの床に敷いたり、食べても消化できる素材のベッドを入れています」

 つくしのためになることはすぐに調べて取り入れる有野さんの行動力に、保護主の小林さんも絶大な信頼を寄せる。

「せっかく保護した命なので、絶対に幸せにしてくれると信じられる人に譲渡できて本当に良かった。つくしへの愛は普段の会話からもすごく伝わります(笑)」

ケージの中の猫
ケージから手が出るほどリラックスして見えるが、触れられそうで触れられない(有野さん提供)

 小林さんの言う通り、つくしのことをうれしそうに話す有野さんの様子を見ていると、人とペットが幸せな関係を築くことに「触れられるかどうか」は無関係なのだと感じる。

「毎日何百回も『大好き大好き』『かわいいかわいい』って話しかけてるんですよ。主人もつくしに夢中。『つくしはかわいいなあ』とデレデレしてるんです」

 取材の最後、「今後、つくしにどのように過ごして行ってほしいですか?」と質問すると、「今日と変わらない明日があるんだよ、ということを信じてほしいです」と有野さん。

 体の異変に身動きも取れず、時々通りがかっていた家に助けを求めた茶トラは今、安全で暖かい寝床とおなかいっぱいのごはん、自分を守ってくれる家族を永遠に手に入れることができたのだ。

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原田さつき
広告制作会社でコピーライターとして勤務したのち、フリーランスライターに。SEO記事や取材記事、コピーライティング案件など幅広く活動。動物好きの家庭で育ち、これまで2匹の犬、5匹の猫と暮らした。1児と保護猫の母。猫のための家を建てるのが夢。

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