震災時の実験動物どうするか 「影響最小限」めぐる葛藤
東北大学大学院医学系研究科付属動物実験施設(仙台市青葉区)が東日本大震災におそわれてから10年。被害を最小限にとどめようと奮闘した経験にも、風化のきざしが見えはじめた。なにを伝え残し、どんな教訓をくみとるべきか。関係者ふたりから聞いた。
■「20キロ圏内」だったら… 笠井憲雪さん
東日本大震災で起こりえた、動物実験施設にとっての最悪の事態は、動物のケージからの大規模な逃走、施設外への逸走、様々な病原菌を人工的に動物から取り除いてある「SPF状態」の崩壊でした。
このうち、マウスなどのケージからの大規模逃走は、残念ながらいくつかの別の機関で報告されました。東北大学では1978年の宮城県沖地震以降、長い年月をかけて徐々に飼育棚などの耐震改修を進めていて、それが功を奏しました。
一方で、施設外への逸走は、私が知る限り、どこの機関でも起きませんでした。しかしもし、揺れや津波で建物が倒壊したり、扉が閉まらないようなゆがみが生じたりしていれば、逸走が起きた可能性は高いです。
動物実験施設からの逸走と言うと、昨今では、「新型コロナウイルスが中国・武漢の研究所から流出したのではないか」という米国のトランプ政権などの主張に連想がいく人も多いでしょう。流出シナリオは、大規模災害時にもありうることです。
でも現実には、阪神淡路大震災や熊本地震を含め、動物実験施設の倒壊はありませんでしたし、動物が施設外へ逸走したとの報告もありませんでした。このため、現状では、建物の免震や耐震によって倒壊という最悪の事態は避けられることを前提に、室内の飼育棚や機材の耐震対策を考えるしかないと思っています。
東日本大震災では逸走の問題とは別に、原発事故という要因もありました。原発事故の影響が及ぶような場所に立地していたら、事態はもっと複雑になっていたと思います。もし「20キロ圏内」に私たちの施設があったら、すべての動物を安楽死するしか選択肢はなかったでしょう。
大震災から10年が経ち、「風化」を感じます。でも、いま現在も、全国に製薬会社や大学の動物実験施設があり、たくさんの実験動物たちがそこにいます。そして日本では毎年、大規模災害が発生しています。動物が逸走するなどして、社会に悪影響を及ぼす可能性は常にあると考えておかなければいけません。
一連の稀有(けう)な体験から教訓を引き出し、後世に伝え、関係者と共有することが、きわめて重要です。だから私たちは、動物を安楽死させた状況も含め、詳細な被害の報告が必要だと考えました。こうした努力こそ、動物実験施設に求められていると思います。
*
かさい・のりゆき 東北大学名誉教授(実験動物学)。47年生まれ。北海道大学獣医学部卒。94年、東北大学教授および同大動物実験施設長に就任。2012年から現職。獣医師、日本実験動物医学専門医。(聞き手・太田匡彦)=朝日新聞デジタル2021年04月10日掲載+09:00>
LINE公式アカウントとメルマガでお届けします。