情報があふれる時代に考えたい 愛猫の健康を守る「知識」を身につける大切さ
“家族の一員”である猫に元気で長生きしてもらうには? 15年にわたって猫だけを診療してきた東京猫医療センター院長の服部幸先生は、「飼い主さんが『知識』を身につけ、日頃からよく観察することが大切」と言います。愛猫との温もりあふれる日々を守るための知識を、私たちはどのように身につければいいのでしょうか? 情報との付き合い方を服部先生に聞きました。
1分の1の根拠を信じない
――猫に起きやすい事故で、飼い主さんが「知っていれば防げた」というケースはありますか?
猫で多い例は、異物を食べてしまう事故ですね。樹脂素材のマットなどを「猫がこんな物を食べてしまうとは」とか、ユリやアロマオイルなどが「猫に毒だと思っていなかった」とか。猫にとって危険なものを知っていれば防げたからこそ、「油断してしまった」と飼い主さんが後悔しやすいですね。
――猫を守るための情報を得たいとき、あるいは猫の行動や体に気になる様子があったときに、まずインターネットやSNSで情報収集する飼い主さんも多いと思います。獣医さんの目線から、こうした傾向をどのように感じますか?
犬よりも、猫の飼い主さんの方がインターネットやSNSをよく活用する傾向があるようです。これは日本だけではなく他の先進国の獣医さんも口をそろえて言っています。
リアルな友達であれば発言にある程度の責任が生じますが、SNSだけでつながっている人からの情報はときに無責任で、惑わされてしまうこともあります。そのつながりが救いになっている人もいるので一概に否定するつもりはありませんが、獣医さん以上に見知らぬネット友達を信じてしまうという現象が、日本以外でも起きているんですね。
食事や治療の選択を最終的に判断するのは飼い主さんなので、それが必要という“主義”ならば止めることはできません。けれど、なぜそれを選択したいか尋ねると、理由が「ネットでこれがいいって見たから」というだけのこともあります。
――「ネットにこう書いてあったから」は、獣医さんからすれば悩ましいフレーズですね。どんなケースがありますか?
よく聞くのは「うちの子はこのサプリメント・薬でよくなったよ。だから使ってみて」と、ほかの飼い主さんがSNSですすめていたというケースですね。よくなったことは「うそ」ではなく「事実」だとしても、1分の1の確率を根拠におすすめするのも、それを信じ込んでしまうのも、ちょっと違うと思うんです。
人で例えるなら、「あの塾に入ったら東大に受かったよ」は、その人がその塾に入って頑張ったから東大に受かったわけであって、「あの塾に入れば東大に受かるよ」とは違いますよね。ご長寿のおばあちゃんに聞いた長生きの秘訣が「お肉をよく食べる」だったとしても、お肉を食べれば誰でも長生きできるわけではないのと同じです。
その子その子にとっていい治療方法を探すのも獣医師の仕事です。今困っている飼い主さんは、いい結果が得られたほかの方の話は「体験談」として参考にしながら、専門家である獣医師にも相談して、最良の選択を目指して判断してもらえたらいいのかなと思います。
ネットにあふれる健康・病気の情報
――受診をするべきかどうかという判断にも「知識」が求められますよね。飼い主さんが愛猫の様子をよく観察して「病気かな?」と思っても、ネット上の情報のどれが愛猫に当てはまるかが分からず、判断に悩むケースもあるのではないでしょうか?
知識を得る手立ての一つとして、情報が整理されている本を読むという方法もありますよね。あとは、病気の兆候かどうか分からない場合でも、「いつもと違う」と感じたら動物病院で診てもらうのも大切です。
ネットは手軽に調べられる便利さがあるけれど、その情報が本物か偽物かを「判断するための知識」が必要なこともあります。僕も専門分野のことは真偽を判断できますが、獣医療と関係ない情報なら本当かどうか分からないことがありますから。
たとえば僕が講師を担当している、オンライン講座「まなびばsippo」で「猫が吐いた…どんな時に病院へ?」という講義をしているのですが、ネットで「猫 吐く」で検索をかけると膨大な記事がヒットします。今は情報が“あふれ過ぎ”ているんです。病気でなくても吐く場合があるので、「様子を見ていたらダメなライン」は知っておいた方がいいですよね。講座ではそういった見極めの部分も伝えていけたらと思います。
――服部先生はこれまでも各地で講座を行っていますよね。診察以外の場で飼い主さんに向けて伝える、その理由は?
講座やセミナーを通じていい情報を発信できれば、愛猫を想う飼い主さんはもちろん、ペットシッターや保護団体といった「飼い主さん向けに発信する側」の方にも正しく知っていただく機会になります。直接お客さんに話したり、記事などを書いて伝えたりしてもらうことで、ネット上の間違った情報も埋もれていくと思っています。
多くの猫がかかる腎臓病は「おしっこが出なくなる病気」だと思い込んでいる方もいます。以前の講座で「尿が多いのが気になる」という方に腎臓病の可能性があるので観察ポイントをお伝えしたところ、次にお会いした時、「早めに受診して治療できました。よかった」とおっしゃっていただいたことがあります。
「まなびばsippo」のライブ配信ではそういった飼い主さんの疑問にも答えていく予定です。不安なまま放置せず、ライブの場で獣医師に直接尋ねることで、早期の受診・治療につながればいいなと思います。
猫の「生きたい」気持ちを尊重する
――それでもなお、猫の負担を考えて受診をためらう飼い主さんもいらっしゃいます。犬に比べて動物病院に連れていく人が少ないのは、そうした心情が関わっている部分もありますよね。
猫ってほとんどが「動物病院が嫌い」なんですよね。でも、人だってたとえば歯医者さんに行きたくて行っているわけではないですよね? 歯を削って治療してもらうことで「今より楽になる」と分かっているから我慢して行っているだけであって。一方で猫はそうした判断ができないから、動物病院はただの「嫌なことが起きる場所」でしかないわけです。
でも、絶対に猫は「長生きしたい」はずなんです。
人なら「もう高齢だから手術は受けなくていい」と決めることだってできます。一方で、猫は危険を回避しようとする本能はあっても、「死」の概念がないと思うんですね。「自分がいつまで生きるか」が分からないんです。大好きな飼い主さんや同居猫と、明日も明後日もいっしょにいることが“当たり前”なんですよね。
「病院が嫌いだから行かせない」なら、治せる病気を治せないまま、猫に痛みを我慢させ続けることになってしまうかもしれない。もし飼い主さんが猫の気持ちを尊重したいなら、「病院が嫌い」だけでなく「生きたい」気持ちも天秤にかけて、決めてあげるといいのかなと思います。

- 「まなびばsippo」
- 飼い主にとって必要な愛犬や愛猫の知識を身につけるサイトです。長生きするためのポイントやかかりやすい病気の予防法、しつけといったテーマを月額制でオンラインで学べます。
URL: https://manabiba.asahi.com/

- 服部 幸 (はっとり・ゆき)
- 東京猫医療センター(東京都江東区)院長。JSFM(ねこ医学会)CFC理事。 北里大獣医学部卒。2012年に東京猫医療センターを開院。2013年、国際猫医学会からアジアで2件目となる「キャット・フレンドリー・クリニック」のゴールドレベルに認定される。
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