おかえり! 柴犬のルーツ石州犬「石」、石像になって故郷に戻る

生家に設置された石の石像

 おかえりなさい、石(いし)――。島根県益田市美都町の山道を抜けると、ぽつんと一軒家がある。その脇に、現在の柴犬(しばいぬ)のルーツになった石州犬「石」の石像が建てられた。この家で約90年前に生まれ、その後東京に連れ出されて、現在の柴犬につながる多くの子孫を残した。除幕式には地元住民ら約40人が参加し完成を祝った。

柴犬のルーツの犬「石」原寸大の石像に

 石像を制作したのは、地域の自治組織「ぬくもりの里二川」。過疎化が進む地域を盛り上げようと活動している。地元の住民や会社からの寄付を集めて制作した。生家に設置されたのは、高さ約60センチ、体長約70センチの原寸大の御影石の石像で、高さ約60センチの台座に載せた。さらに近くの美都温泉「湯元館」にも同様の石像が置かれた。

 1928年に創設された日本最古の犬種団体「日本犬保存会」の血統書によると、石は1930年11月2日、二川村(現・益田市美都町)で生まれた。石について研究する団体「石州犬研究室」(島根県江津市)によると、猟犬として育ち、36年に島根県出身で東京で歯科医院を営んでいた日本犬保存会員が見いだし、東京に連れて帰ったという。

 その後、石の子孫は繁栄。同会によると、現在、毎年同会で新たに血統登録する3万頭弱の柴犬はすべて、父系の血統をさかのぼると石にいきつくという。同会島根支部の柳尾敦男支部長(81)は「石は筋肉質で体のつくりがしっかりしていて、立ち姿が力強く、すばらしい剛毛を持っていた」と語る。

 石州犬研究室によると、当時、二川村で石を育てたのは、猟師の下山信市さん。2日の除幕式に参加した孫の建築大工、下山博之さん(56)=益田市=は中学生のころまでこの家に住んでいたが、「祖父がこの家で飼っていた犬が、まさか柴犬のルーツだったとは知らなかった」と振り返る。「石が東京に出たときの祖父や石はどんな気持ちだったのか。こうして魂がこもった石像として戻ってきてくれて良かった」

下山信市さんが石を育てた生家で、石像の除幕式があった

 石像を設置した「ぬくもりの里二川」が、石の生家が地元にあることを知ったのは2018年。潮隆人会長(69)は「石の生家が二川地区にあると知って驚いた。地域を盛り上げる大きなきっかけになると感じた」といい、石の研究をしている石州犬研究室代表の河部真弓さん(62)に連絡を取ったという。

 「名前が石だから、石像にしたい」(潮さん)という理由から、現存するたった1枚の写真を元に、その姿を再現しようと県内の石材店に相談。写真は4本脚で立つ石を横から撮影したものだが、細い脚で体を支える石像の制作は強度不足の恐れがあるとして断られたという。

 そんな中、200体以上の犬の石像を制作した実績のある横浜市の石工、神取優弘さん(72)の存在を知り、19年3月に依頼した。

 神取さんは4月、益田市を訪れて日本犬保存会島根支部の柳尾支部長に石の特徴について話を聞いたり、生まれ育った自然豊かな環境を実際に見たりして想像を膨らませたという。「脚にひびが入らないよう、まず胴体を作り、その後慎重に脚を彫っていった」と話す。4月半ば~9月末に2体を完成させた。神取さんは「ご縁があってつくらせてもらった。100年、1千年と残る石像になるようにつくった。多くの人に訪れてもらいたい」。

柴犬のルーツである石州犬「石」(日本犬保存会提供)

 生家の隣には、ぬくもりの里二川により、石の写真や血統書、柴犬の歴史を紹介するパネルなどが見られる小さな記念館も建てられた。

 石が東京に出て83年。日本犬保存会島根支部の柳尾支部長によると、現在、世界には推定約60万頭の柴犬がいるという。下山さんは「多くの縁があって、こうして東京に出た石が故郷に帰ってきた。地域の宝として、石像や記念館をずっと継承していけるよう、地域の皆さんとがんばっていきたい」と話す。
(浪間新太)

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