青梅・武蔵御嶽神社の「おいぬ様」 人とペットを守る厄よけの神

武蔵御嶽神社の須崎裕宮司。本殿前の狛犬はオオカミをかたどっている
武蔵御嶽神社の須崎裕宮司。本殿前の狛犬はオオカミをかたどっている

 青梅の街を歩くと、商店や民家の軒先に、犬が描かれたお札が貼ってあるのが目につく。横を向き背筋を伸ばした黒犬。鋭い牙と三日月形の眼(まなこ)。上には「武蔵国御嶽山 大口真神(おおくちまがみ)」と記されている。

 なぜ犬? 御嶽山とは? 答えを探しに、市西端にそびえる御岳山頂、武蔵御嶽神社に向かった。

全国で唯一の本格的な「御師(おし)」がいる山

 8月末、御岳山(929メートル)の中腹にある御岳登山鉄道滝本駅(標高407メートル)からケーブルカーに乗り込んだ。平日の朝だが、車内は登山靴にリュックを背負った登山客ばかりだ。杉に囲まれた急勾配を車両は進む。

 途中「スカイツリー634メートル」の標識も。6分で山頂付近の御岳山駅に到着した。展望台がある駅前には土産店が並ぶ。1951年から続く土産店「宝亭支店」の鈴木新吾さん(73)が「天気が良ければ、スカイツリーはもちろん、茨城の筑波山、栃木の日光連山まで見渡せる」と教えてくれた。

 5分ほど歩くと、板塀に囲まれた建物が参道沿いに並んでいた。静山荘、丸山荘、片柳荘――。ほぼ全ての建物が武蔵御嶽神社の参拝客向けの宿坊だという。

 うち一軒を訪ねてみた。

 嶺雲荘の主人で、市文化財保護指導員の須崎直洋さん(60)は「我々は皆『御師(おし)』の家系。神社の信者であり神主でもあります」と教えてくれた。御師とは?

 須崎さんによると、かつて神主は日々の祈祷(きとう)が務めで、布教活動はできなかった。代わりに布教や参拝客の世話をしたのが御師だった。平安時代以降、伊勢や熊野で活躍したが、明治以降に衰退。本格的に活動する御師は、今では全国で御岳山にしかいないという。

 御岳山では江戸初期、神社周辺に御師の集落ができはじめた。参拝客向けの宿坊を開き、山を下り神社のお札を配る「講回り」を関東一円で広めてきた。いつしか御師が宮司を交代で務めることになり、現在でも山頂に住む25世帯と山麓(さんろく)の6世帯の御師が互選で宮司を決めている。須崎さんは「御師が協力して神社を運営し、信仰を守ってきました」と話す。

 今も講回りは、御師の重要な仕事だ。須崎さんも12~1月に関東地方の約700軒の信者宅に出かけ、お札を配って回る。「信者と神社をつなげる大切な伝統」と語る。一方で、御師の後継者不足も課題だ。山を下り、就職する跡継ぎも多い。高齢化や核家族化などで信者も徐々に減りつつある。

「おいぬ様」が描かれたお札
「おいぬ様」が描かれたお札

魔物を退治したオオカミを「おいぬ様」と敬う

 宿坊や土産店が並ぶ参道を抜け山門をくぐると、本殿への約330段の石段が始まった。石段沿いの斜面には、講から寄進された石碑が所狭しと並んでいた。

 この日の気温は30度超え。汗を流しながら登った先、鮮やかな赤の本殿で、武蔵御嶽神社の須崎裕宮司(73)が出迎えてくれた。

 なぜお札に犬の姿があるのか。

「『おいぬ様』は犬ではなく、ニホンオオカミ。日本書紀や伝承に基づき、日本武尊(やまとたけるのみこと)を助けたことから、厄よけの神様とされています」

 神社のホームページでも、〈東征の際、御岳山付近で邪神に惑わされ道に迷った日本武尊。突如現れた白狼に助けられ、日本武尊は「大口真神としてこの地にとどまり全ての魔物を退治せよ」と命じた――〉と紹介している。

 20世紀初頭に絶滅したニホンオオカミ。「怖い存在だが、害獣を駆除する存在でもあるオオカミ。昔、人とオオカミは共存していたのでしょう」と須崎宮司。「そんな感謝と畏敬(いけい)から、『おいぬ様』は敬われてきたのだと思います」

市内の民家に伝わっていたニホンオオカミの頭骨。お札の版木とともに市に寄贈された。23日まで青梅市郷土博物館での企画展で展示されている=同館提供
市内の民家に伝わっていたニホンオオカミの頭骨。お札の版木とともに市に寄贈された。23日まで青梅市郷土博物館での企画展で展示されている=同館提供

ペットを受け入れ、国内外のペット愛好家の評判に

「おいぬ様」は神社離れの食い止めにも一役買っている。

 御岳山では2011年からペット連れの参拝客の受け入れに力を入れ始めた。駒鳥山荘の主人で、御岳山観光協会の馬場喜彦会長(62)は「昔と比べて宿泊の需要が減る中、普段神社に来ない層の取り込みを図った」と話す。

 従来、犬などの四本脚の動物は「けがれ」とされ、寺社への立ち入りは敬遠されがちだった。だが「おいぬ様を奉る武蔵御嶽神社だからこそ、ペットの受け入れもできるのでは」と考えた。

 神社ではペットの健康長寿を祈るおはらいやペット向け形代(かたしろ)の頒布を始めた。ケーブルカーを運営する御岳登山鉄道も協力し「ペット乗車券」の販売に乗り出した。

 するとペット愛好家の評判を呼び、参拝客は増加。海外から愛犬家のツアー客も訪れるなど、現在では年間8千頭の犬が御岳山に登っているという。馬場さんは「アクセスが良いとは言えない武蔵御嶽神社。でも関東中に大勢の信者を抱え厚い信仰を頂いてきた。その伝統を守るため、少しでも多い参拝客に訪れてもらえる方法を考えたい」と話している。

神社の境内には犬連れの参拝客も=いずれも青梅市の武蔵御嶽神社
神社の境内には犬連れの参拝客も=いずれも青梅市の武蔵御嶽神社

 武蔵御嶽神社の本殿の脇には雄々しい狛犬(こまいぬ)が鎮座する。帰り際、須崎宮司がこの狛犬もオオカミをかたどっていると教えてくれた。本殿からは関東平野が見渡せる。眺めていると、どこかから遠吠えが聞こえた気がした。ペットの声か、それとも果たして――。
(田中紳顕)

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