猫の「クンクーシュ」がつなぐ 保護猫シェルター発の難民支援
フォトジャーナリストの安田菜津紀さんに紹介いただいた1冊の絵本を読んだ。タイトルは、『難民になったねこ クンクーシュ』(かもがわ出版)。イラクの母子家庭の一家が、戦火を逃れた先ではぐれてしまった愛猫「クンクーシュ」と、奇跡的な再会を果たすドキュメンタリーだ。調べてみると、この実話から始まった難民支援のプロジェクトが、日本でも取り組まれていることがわかった。発信元は、保護猫たちのシェルターだった。
(末尾に写真特集があります)
難民の家族と愛猫の奇跡の再会が、難民支援のきっかけに
2015年、母親と5人の子どもたちは飼っている白猫クンクーシュを連れ、爆撃と銃弾が飛び交い戦火に覆われたイラクの都市モスルから、ギリシャのレスボス島へ逃げ延びる。難民キャンプにたどり着く前にクンクーシュは家族と離れ離れになってしまうが、ボランティアによるSNSでの飼い主探しは世界中でニュースとなり、4カ月後に遠く離れたノルウェーで飼い主と無事再会する。
この奇跡的な物語には、続きがあった。クンクーシュは2016年に病気で亡くなったが、関わったボランティアらの手によって、クンクーシュを象徴とする新たな難民支援のプロジェクトが立ち上がったのだ。
就労のチャンスを得にくい難民の母親がクンクーシュのぬいぐるみを手作りし、ボランティアが販売する。そして、作り手は売上から経費を除いた額の半分を受け取り、生活費に充てることができる、というしくみである。このぬいぐるみの販売を、日本では「一般社団法人 The Standard Pet Salon」が担っている。
The Standard Pet Salonは、飼い主のいない猫を保護して新しい飼い主へ譲渡する活動をメインに行う団体で、もともと個人で保護活動を行なっていた代表理事の菊地涼子さん(36)が、2018年7月に設立した。現在は、川崎市内の広大な敷地に取り残された猫たちを保護・譲渡につなげている。世田谷区内にシェルターを構え、19年7月には新たに中野区にもシェルターを開設した。
クンクーシュの絵本が、諦めた思いを呼び覚ます
保護活動を行うかたわら、なぜ難民支援のプロジェクトに参加することになったのか? 菊地さんは、「一生の道である猫のための活動と、かつて諦めてしまった難民支援がつながった」と話す。
「学生時代、旧ユーゴスラビアの難民施設で支援活動をしたことがあるのですが、手に職を持たない私にできることは少なくて。日々の生活の手伝いや、子供たちに折り紙を折ってあげたりするくらいで、無力感から挫折してしまったんです」
その後、菊地さんは、25歳から保護猫活動を始めることになる。きっかけとなったのは、自宅前で車に轢かれて負傷していた猫。幼い頃から猫アレルギー持ちだったが、保護してみると症状が出ていないことに気がついた。負傷猫のきょうだいも保護し、それから保護猫活動の道へ進んでいく。
クンクーシュの存在を知ったのは、The Standard Pet Salonの設立からまもなくだったそうだ。
「『迎えた保護猫にそっくりな猫が登場する絵本がある』と理事の一人から聞いて、絵本の帯で、ぬいぐるみによる難民支援のプロジェクトを知りました。これなら大勢を救うことはできなくても、難民のお母さんとその家族の助けにはなるので買おうと思ったら、日本では購入先がなく、海外のサイトを辿っても決済画面までたどり着けなかったんです。その頃ちょうど絵本の出版記念のトークイベントがあり、翻訳家の中井はるのさんにお会いして、私たちが日本で販売できないか相談しました」
1匹ごとのぬいぐるみに名前も 保護猫と同じように、可愛がってほしい
中井さんを通じて、本にも登場する難民支援ボランティアの女性らと連絡をとり、2018年12月から販売をスタート。いずれもトルコへ逃れた難民の母親数人が手作りしているぬいぐるみで、現在までに“里親”が見つかったのは65匹(19年7月末時点)。経費を除いた収益を支援に充てて、一切の利益を得ていないそうだ。
「クンオ」「クタロー」「クック」……。 “1匹”ごとのぬいぐるみに、識別番号と、菊地さんが考えた仮の名が付けられている。
「家族として迎えてもらう前に、保護猫たちに仮の名を付けるのと同じです。どの子を迎えたいかじっくり考えてもらって、迎えたら新しい名前を付けてもらっても。ハッシュタグ(#kunkushie)を付けてSNSの写真投稿に協力をお願いしているのですが、これも保護猫たちの譲渡後の“後追い”と重ねて考えています。1匹1匹が可愛がってもらう姿を、多くの方に共有してほしいんですよね」
ぬいぐるみはいずれも、ハンドメイドならではの味がある。じっくり見比べなくても、作り手によってでき映えが異なるのがわかる。表情も違えば、顔や体の大きさもそれぞれだ。
「きれいな顔立ちの子が早くいなくなって、ちょっと変わったタイプの子が長く居残ってしまうのは、保護猫たちと似ています。そういう子がやっと“飼い主さん”に迎えられるとすごく嬉しいですね。幸運にも飼い主さんと巡り会えた猫をきっかけに、難民支援を身近に感じてもらえたら」
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