間一髪保護した野良犬 呼び名の数だけ愛されていたと知る
「どんぐり山」と呼ばれる小さな森が、福岡市中央区の住宅街にある。
灰色の雲が低く垂れ込めたある朝、その森で、1匹の犬が数人の男性たちに取り押さえられた。
体は白く、首から上が茶色いメスの中型犬だった。
車に乗せられていく様子を偶然見かけた工事現場の警備員が、車が立ち去った後、スマホをとりだして電話をかけた。
「あの犬が、連れて行かれました」
電話を受けた橘秀美さん(51)はお礼もそこそこに通話を終え、心当たりの番号を呼び出した。
橘さんが、どんぐり山で最初にその犬を目にしたのは10年ほど前だった。当初は3匹ですみ着いていたが、いつしか2匹は見かけなくなった。
1匹になった犬はいつもしっぽを下げていた。えさをあげようと近づいても、ほえることなく、山に逃げ込んだ。この1、2年は、やせ細り、坂道を駆け上がることもなくなった。
ある晩、橘さんはその犬が山の中で息絶える夢を見た。「さみしい思いのまま、死なせたくない」と引き取ることを考えた。しかし、何度近づいても逃げられてしまう。〈犬を保護します〉と書いた看板を立てて協力を呼びかけた。電話番号も書き添えた。
警備員から連絡を受けたのは、看板を立てた1カ月後だった。保健所に駆けつけると、彼女は、おりのすみで顔をうずめていた。
警戒心が強すぎて、飼い犬には向かない。そう言う職員を「なつかなくてもいい。雨風をしのがせて、おなかいっぱい食べさせてあげたい」と説得した。
「マロン」と名付けた。自宅に連れ帰ると、マロンはソファに体を横たえた。それから2週間、ほとんど食べないまま眠り続けた。
その間、橘さんは看板を書き換えた。
〈(保健所から)引き取り、元気にしているのでご安心ください〉
翌日、看板の上に手紙が1枚、はられていた。次の日も、その次の日もまた。
〈ハナちゃん大丈夫かなあと心配していました〉〈ホワイティが飼ってもらえたと聞いて大泣きしました〉〈よかったね テル〉――。
近所の住民たちからの手紙だった。マロンは多くの人たちから思い思いに名前を与えられ、愛されていたんだと知った。
あれから半年。今では、名前を呼ぶと時々、しっぽを振って返事をしてくれる。週に3、4日散歩にも出る。ただ、近くを通りかかっても、どんぐり山を見ようとはしない。
(小野大輔)
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