心や身体に傷を負った保護犬 時間をかけて信頼関係を築く方法

笑顔も見られるようになった「ゆきちゃん」
笑顔も見られるようになった「ゆきちゃん」

 保護犬の中には、虐待されたり、ひどい環境にいたりして、人の愛情を知らない犬もいる。そんな犬とどのように信頼関係を築けばいいのか。東日本大震災の被災地にいた犬を中心に保護、譲渡活動を続けている麻布大学獣医学部の茂木一孝准教授に話を聞いた。

心に傷を負った震災被災地の犬

――震災の被災地で保護された犬の譲渡をされているんですね。

 東日本大震災の時、たくさんの犬が保護されたのですが、私の担当する学生実習では、2011年から郡山市といわき市の保健所が保護した犬を家庭犬としてトレーニングして、譲渡しています。2009年からそれまでは、神奈川県の保健所が保護した犬も扱っていました。いままで譲渡した犬は74匹(うち被災犬は66匹)です。約半年間かけて、食事を与えたり散歩したりするほか、健康の管理もして、最終的には人と暮らしやすいようにトレーニングします。

 半分くらいの犬は、最初はビクビクしています。震災直後は身体も心もボロボロになっている犬が多く、なかには、ストレスを抱えた人に追いかけ回されているという情報から保護され、傷を負っていた犬もいました。とにかくビクビクしていて、最初は散歩もできず、クレートの隅にじっとうずくまっている子もいました。

5月にゆきちゃんが保健所からやってきた当時。ボロボロだった
5月にゆきちゃんが保健所からやってきた当時。ボロボロだった

時間をかけて信頼関係を築く

――半年で譲渡できるようになるのでしょうか。

 まず、急がないことが大事です。無理をせず、新しい環境や人に慣れるまで待ってあげます。福島から突然新しい環境に来ていることもあり、犬も状況が理解できていないんです。規則正しくごはんが出てきて、散歩することを繰り返すうちに「ここは安心できる場所だ」と思い、落ち着いてきます。

――どんな風に世話をするんですか。

 大学では5月に保健所から犬を預かり、11月中の譲渡を目指しています。1匹の犬を学生6~8人のチームで面倒をみます。土日も含め、1日3回世話をするんです。朝昼晩と散歩とトイレに連れ出して、ごはんをあげて、遊ばせる。ところが、チームのみんなが同じやり方で接しないと犬が混乱してしまうんです。それぞれやり方が違ってはうまくいきません。

9月になると、表情が豊かに、毛並みも美しくなってきた
9月になると、表情が豊かに、毛並みも美しくなってきた

――環境になれて安心したら、次に何をするのですか。

 犬が好きなことを見つけます。おもちゃでも他の犬でも構いません。人のことを怖がって逃げる犬でも、意外と犬のことは好きな子が多いんです。最初、散歩がうまくできず、草むらに逃げ込んでしまっていた犬が、好きな犬と一緒なら散歩ができるようになります。

 散歩に行って楽しくて、その時に人が一緒にいると、「この人といると楽しいことがおこるんだ」、と思えるようになるのです。人でも、おもちゃでも、犬でも、なんでもいいので好きなことを見つけてあげます。

 環境になれて、好きなことを見つける間、1~2ヶ月間は様子をみます。オスワリとか伏せといったトレーニングは一切しません。まずは、「人がいても楽しいんだ」ということを覚えてもらうんです。人との関係性ができていないのに焦ると、1ヶ月くらいすると地が出てきて、噛みつこうとする犬もいます。

 1~2ヶ月は境目ですね。それまでは本当の性格が見えない。焦らず信頼関係を築くことが重要です。人がいる前ではごはんを食べない場合には、クレートの中に置いておくこともあります。

被災犬の飼育や譲渡に関わった研究室のみなさん
被災犬の飼育や譲渡に関わった研究室のみなさん

信頼関係ができたらトレーニングを始める

――オスワリや伏せなどのトレーニングは、いつからするんですか。

 トレーニングは、その子がどんな性格なのか見極めてから始めないと逆効果になる。いきなりオスワリとか初めてはいけません。必ず、人との信頼関係ができてからトレーニングを始めます。

 名前を呼ぼれた時に反応することができないとトレーニングもできないので、人と一緒に暮らして遊びながら、犬に自分の名前を覚えさせます。名前を呼びつつ優しく話しかけるのです。名前を呼んだ時に振り向いて自分のほうを見てくれるようになったら、信頼関係ができているということです。

「その人といると楽しい」と思えないと何もできません。トレーニングは、信頼関係を築くことができた後に始めます。

かむ犬にはどう接すればいいのか

――かんでくる犬もいるのではないですか。

 かもうとする犬には、何がきっかけでそうなるのか考え、かませない状況にもっていきます。なにかに追い詰められた時にかもうとするのであれば、そこに追い詰めないようにします。足を拭く時にかもうとするのであれば、違う方法で足をきれいにするなど、かませる状況を作らないよう、原因をよく考えることが大事です。そして、かもうとした時は無視し、落ち着いたらほめてあげる。決して怒ってはいけません。

 怒ると悪循環になってしまうのです。他の生徒のことはかもうとするのに、犬がかむそぶりさえ見せない生徒もいて、そういう場合は、その生徒がどんなふうに犬に接しているかを観察し、他の生徒も同じように世話をするようにしました。

――一般の人の場合は、どうすればいいのでしょうか。

 常に同じ態度を取るようにしましょう。悪い行動が出る前に対応します。どんな状況の時にうまくいったのか覚えておいて、そのやり方で統一するんです。

 しょっちゅうやり方が変わると犬も混乱してしまうので、うまく対応できません。飼い主が変わるだけで犬も変わる。犬だけではなく、飼い主もトレーニングが必要です。

茂木一孝准教授
麻布大学獣医学部動物応用科学科所属。獣医学博士。動物のコミュニケーション能力やその社会性が幼少期環境でどのように発達するかなど、動物のもつ高度な社会性を解き明かす研究を進めている。
渡辺陽
大阪芸術大学文芸学科卒業。「難しいことを分かりやすく」伝える医療ライター。医学ジャーナリスト協会会員。朝日新聞社sippo、telling、文春オンライン、サライ.jp、神戸新聞デイリースポーツなどで執筆。FB:https://www.facebook.com/writer.youwatanabe

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