盲導犬と海に光もらった 絵本原作、フリーダイビング活躍の女性

セアまりさんと、今のパートナーの盲導犬べぇべ。昨年末に旅立ったフリルが引退した2015年の冬から一緒に暮らしており、絵本のモデルにしたこともある=東京都内
セアまりさんと、今のパートナーの盲導犬べぇべ。昨年末に旅立ったフリルが引退した2015年の冬から一緒に暮らしており、絵本のモデルにしたこともある=東京都内

 心をみつめ、魚のように滑らかに体を動かしていく。目が見えるかどうかは重要じゃないの――。50代で視力をほぼ失ってから、フリーダイビングを楽しむようになったセアまりさん(68)は言います。年を重ねるごとに記録を更新。その挑戦の源とは?

「つらい時こそ『新しいこと』生まれ前進できる」

 水深2メートル。プールの底の線を、狭い視野から外さないよう、しなやかに進む。フィンを自在に操り、まるで魚のように。水面にぴょこりと顔を出し、「気持ちいい」。

 東京都在住で視覚障害のあるセアまりさんは、6年前から週1、2回ほど、フリーダイビングの練習に通っている。塞ぎ込んだ日々と決別し、絵本の原作者などとしても精力的に活動するようになった原動力は、「つらい時こそ『新しいこと』が生まれ、前進できる」という思いだった。

 35歳の時に結婚したが、長女を授かった10年後に夫が他界。染色家として娘を育てていたが、網膜の病が進み、50代半ばで視力をほぼ失った。「色の世界を奪われ、生きている意味があるのか」。心の闇にのまれそうになった。

視力を失う前の1990年ころ、家族3人で訪れたサイパンで=セアまりさん提供
視力を失う前の1990年ころ、家族3人で訪れたサイパンで=セアまりさん提供

 落ち込んでいた時、友人に誘われ沖縄の海に出かけた。スキューバダイビング体験に挑むと、かすかな光を通して、色とりどりの魚が見えた。できることは、まだある――。水面に上がると、友人と泣きながら抱き合い、喜んだ。その後、免許を取得した。

夢に現れた盲導犬フリル

「さらに光をもらった」のは2007年。ラブラドルレトリバーの盲導犬フリルとの出会いだった。安心して外出できるようになり、どんな人にも笑顔を向けるフリルの穏やかな強さにも、癒やされた。海に潜る頻度も増えた。

「今日が一番見えている日」。そう感じる瞬間を大切に、前向きに生きようと心に決めた。盲導犬を知ってもらう絵本の原作を手がけるようになり、子どもに命の大切さを伝える講演活動も始めた。

 13年、ボンベを使わないフリーダイビングを、日本での先駆者、松元恵さんの誘いで習い始めた。潜れる深さや、息を止める長さを競う種目もあるが、打ち込んだのは水平に進む距離を競う種目。最初は恐かったが、水の中だと見えないことも忘れ、心をからっぽにして「素」の自分を確認できた。

2018年春の千葉県での国際大会。泳ぎ終えた後、コーチらと記念撮影をするセアまりさん(左から2人目)=セアまりさん提供
2018年春の千葉県での国際大会。泳ぎ終えた後、コーチらと記念撮影をするセアまりさん(左から2人目)=セアまりさん提供

 昨春、千葉県で開かれた国際大会で泳ぐ機会があった。大会半年前の記録は62メートルだったが、週3回の猛特訓を重ねた。課題だったターンも、当日は水中を併泳する女性に肩をポンと合図してもらい、問題なくクリア。見事、自己ベストの87メートルを記録した。

 セアさんと交流があり、深さの種目(フィン付き)でアジア記録を持つ廣瀬花子さん(32)は当初、セアさんを上手にサポートできるか心配だったという。でも一緒に潜った時、水中で優雅に落ち着いているセアさんを見て「目が見えることは必須ではない」と気づかされた。「心をみつめ、体を使いこなすのがとても上手。いつもパワーをもらえる」

 昨年末、すでに盲導犬としては引退していたフリルが逝った。ショックで練習を休んだが、夢にフリルが現れ、「また泳いで」と言われた気がした。今月末、廣瀬さんと一緒に奄美大島の海に潜る。

 今の目標は、鯨と一緒に写真を撮ることだ。「水中で力をもらい、その力を子どもたちに注ぐ。循環が良くなり、日々、成長の種を探せるようになりました」
(山内深紗子)

せあ・まり
1950年生まれ、岡山県出身。活動上の名前で、本名は浅野麻里。染色家として活動していた50代の時、視力が奪われていく難病「網膜色素変性症」が急激に進行。その後、空気ボンベをつけて潜るスキューバダイビングを始め、63歳の時にフィン(足びれ)だけで水に入るフリーダイビングを始めた。原作を担当した絵本に「もうどう犬べぇべ」(ほるぷ出版)、「ふりふりが空から降りてきた」(燦葉出版社)。

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