往診専門の動物病院が急増 通院が難しい犬、猫を自宅で診療

 ペットのいる家庭に出向いて診療する「往診」を専門とする獣医師が、東京都内に増えている。入院や手術はできないが、通院による犬や猫のストレスを減らせる上、診療時間が長めで、コミュニケーションがとりやすいのが特徴だ。動物病院に犬や猫を連れて行きたくても難しい飼い主たちの受け皿となっており、さらに拡大しそうだ。

(末尾に写真特集があります)

往診先で薬などの準備をする江本院長(左)と動物看護師の須之内さん
往診先で薬などの準備をする江本院長(左)と動物看護師の須之内さん

「ごはんは、どれくらい食べましたか?」

 10月のある日曜日、都内の往診専門動物病院「わんにゃん保健室」の江本宏平院長(31)が、都内の家庭を訪ねた。

 この日は、猫の「すもも」(16)の腎臓の状態が良くないため、内服薬と点滴の処置をした。動物看護師の須之内江里さん(30)がすももにタオルをかけてじっとさせる。点滴と内服薬の投与は数分で終わった。

 飼い主の女性(53)によると、8年ほど前にすももを動物病院に連れて行くと、「キャリーバッグの中でギャオギャオと鳴いて大変で、私も不安になった」という。それ以来、病院に連れて行くのは難しいと思っていたが、4月にすももが体調を崩し、病院を探すうちに往診専門の病院を見つけた。

「猫に負担をかけたくないし、1人で連れて行くのは大変。猫を連れ出せない飼い主は多いと思う」と女性は話す。

 かつて通った病院では、すももが鳴き続けたため、獣医師の話をじっくり聞ける状態ではなかったというが、この日は約1時間にわたって現在の状態や今後の方針をきくことができた。

箱の中にいる「すもも」に点滴を打つ江本院長(左)と動物看護師の須之内さん
箱の中にいる「すもも」に点滴を打つ江本院長(左)と動物看護師の須之内さん

「往診専門」10年で2倍以上に急増

 往診専門の動物病院は、医療設備としての「病院」施設は持たず、往診のみを行う。車で医療器具や薬などを携えて出向き、健康診断やワクチン接種などの予防医療、慢性疾患の治療などを飼い主の自宅で行う。入院や手術、レントゲンなどはできないが、必要と判断した場合は、設備がある他の動物病院を紹介する。

 通院と違い、獣医師があらかじめ決めた時間に往診するため、待ち時間がない。待合室で他の犬や猫と過ごすストレスも減らせる。また、病院の場合、診察時間は一般的に数分から十数分程度だというが、往診専門の場合はより時間をかけて、飼い主への説明もじっくりと行うケースが多い。そうした理由から「往診専門」が増えている。

 東京都に「飼育動物診療施設」として届けられた施設のうち、往診専門は昨年、183施設に上った。10年前(2007年)は83施設だった。このうち個人名や公の施設などを除き、動物病院とみられるものだけ抜き出すと85施設で、10年間で2.6倍になった計算になる。

通院が難しい猫が6割

 江本院長の往診先は、猫6割、犬4割で、猫が多い。江本院長は「猫は家と違う環境に行きたがらず、行くこと自体がストレスになる」と話す。猫を外出させる時はキャリーバッグに入れることが多いが、外出で嫌な思いをした猫の場合、再びキャリーバッグに入ること拒むこともある。また、外に連れ出そうとすると、逃げたり、体を触らせなかったりする場合もあるという。

 猫の飼育頭数は増加を続け、一般社団法人ペットフード協会の推計によると、2017年の猫の飼育数は953万匹、犬は892万匹で、初めて猫が犬を上回った。江本院長は、猫の通院はストレスになることから、「今後、猫は往診がメインになるのではないでしょうか。飼育数の増加により往診の需要も伸びると思います」と話す。

 通院が難しいのは猫に限らない。室内飼いの普及や獣医療の進歩などで、犬や猫が長寿になり、それともなってガンや心臓病、腎臓病といった病気が増加。長期にわたる通院、治療が必要になり、犬や猫、飼い主の負担が重くなるケースもある。

往診用の車の中に置いてある器具をチェックする桜井院長
往診用の車の中に置いてある器具をチェックする桜井院長

一人では車に乗せられない大型犬

 都内の往診専門「はる動物診療所」の桜井崇史院長(34)は、5年ほど前、勤務医だった時に出会ったある飼い主が強く印象に残っているという。

 末期がんの大型犬を一人で飼っていた女性で、犬は症状が進行して歩くのもやっとの状態だった。犬は体重が30キロ以上あり、女性は一人で車に乗せることもできず、病院まで800メートルほどの道のりを、約1時間かけて連れて来たという。

 さらに待合室で長時間、その犬と飼い主を待たせることになり、桜井先生は「いつか病院に来るのが難しい飼い主さんやペットが安心して治療を受けられるようにしたい」と考え始めたという。

 桜井院長の往診先も、猫7割、犬3割と、猫が多い。往診先からは「病院にかかるのは無理だと思っていた」という声も聞き、改めて動物病院に行くことができない飼い主の多さを知ったという。

 往診する犬のうち8割は大型犬だ。大型犬の場合、半分以上に慢性疾患があり、歩けなくなってから呼ばれることが多いという。大型犬は体が重いため、筋力が低下すると、一気に自分で歩けなくなってしまう恐れがある。30キロを超える犬の場合、自力で立てなければ、大人2人でも抱きかかえるのは難しいという。

 桜井院長が往診専門病院を始めて驚いたのは、数週間でみとる末期のケースが多いことだった。重篤になったため、通院のための移動自体が犬や猫の負担になったり、通院の頻度が増えて飼い主の負担が重くなったりして、行き場がなくなってしまうような場合だ。桜井院長は、治療を続けるのか、それとも犬や猫の負担を和らげながら過ごすのかなど、時間をかけて先の見通しをすべて説明するようにしているという。

 桜井院長は話す。

「飼い主も高齢化するし、犬猫の寿命も延びています。病院はたくさんあっても、通えなくて困っている人は多い。もっと往診する獣医師が必要になる。往診専門の獣医師の認知度を上げていきたいです」

(磯崎こず恵)

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sippo編集部が独自に取材した記事など、オリジナルの記事です。

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