動物福祉を考える ペットの五つの自由、知っていますか?
欧州で提起された動物福祉という考え方。その基本となる「五つの自由」は世界で標準になりつつあるが、日本ではペットについても不十分な状況だ。そもそも、ペットの自由って?(聞き手・いずれも太田匡彦)
根気強く見守り、なるべく動物らしく自然に
養老孟司さん(解剖学者)
人間は本質的に自然を求める生き物です。でも都市化すると、周囲から本物の自然がなくなってくる。だから街中に公園をつくり、郊外での登山がはやる。自然とつながっていたい人間の要求を満たしてくれる最も身近な存在として、ペットが無意識に重宝されるようになります。
自然を求めてペットを飼おうとするのですから、本来なら自由にさせて、なにげなく交流している状態が理想的です。ところが、都市化した社会のなかに、人間はコントロールできないものを置いておきません。そこで、人間が勝手なルールをつくります。
いまは田舎でも都会でも、犬をつないで飼いますね。さらには犬も猫も、狭い部屋の中に閉じ込めて飼う。動物たちが自由にできない環境に、人間が置いている。でもよく考えれば、本来自由に動き回れる動物をひもにつなぐことは虐待ではないですか? ペットを飼うこと自体が、ある種の虐待行為につながっていく。コントロールの最たるものは、殺処分でしょう。
いまの日本人の飼い方を見ていると、動物との付き合い方が下手だと感じますね。動物についての知識が足りないのかもしれない。
一方、ヨーロッパ人は動物と人間を切り分けて考え、歴史的に長く身近に、動物と接してきた。たとえば、犬をしっかりトレーニングし、犬ができる限り自由に暮らせるようにしています。リードなしで犬を連れ歩く場面に出くわすのは、こうしたことの積み重ねの結果です。
ところが日本人は、犬にリードをつけて、自分が引っ張られながら散歩する。ブランド物の服を着せ、ベビーカーみたいなものに入れて商業施設のなかを連れ歩く。
これ、犬がうれしいわけがない。かわいがっているだけで、動物に動物として向き合い、その自由な行動を尊重できていません。
ペット通じて自然とつながる感覚を
ペットとして動物を飼うためには、残念ながら、やむをえずコントロールをしないといけません。つまりある程度自由を奪う必要はある。どの程度かは、動物それぞれで違うから単純な答えはありません。具体的に付き合いながら根気よく見守り、細かく問題のある行動を軌道修正していくか、自分が我慢して受け入れるか決めていく。動物たちの状態をなるべく動物らしく自然に保ち、できる限り自由にさせるのです。
日本でも、動物たちの自由や福祉を考えられるようになってきたことは、人間として余裕が出てきたということだと思います。動物は自然であり、そして人間も本来自然な存在で、ペットを通じて自然と地続きだという感覚を取り戻せる。そこから、人間本来のあり方を考えることにもつながっていきます。これは、なかなかいいことです。
養老孟司(ようろう・たけし) 1937年生まれ。東京大学名誉教授。共著に「ねこバカ いぬバカ」など。雄猫の「まる」を飼っている。
ペットの擬人化、動物にとって快適なのか
滝川クリステルさん(フリーアナウンサー)
欧米先進国を中心に、畜産動物をはじめとするあらゆる動物について、「恐怖や抑圧からの自由」など「五つの自由」が大切だ、という考え方が根付いています。
でも日本では、そもそも学ぶ機会が限られています。経済が発展していくうちにいつの間にか、動物たちのことを真剣に考えずに日々過ごすということが、根付いてしまいました。
ペットを擬人化するのは、その一つの表れだと思っています。人間と全く同じように扱うことが愛情であり、大切にすることだと考えがち。でも、そうすることが動物本来の行動にかなっているのか、動物にとって快適なのか、一度立ち止まって考えたほうがいいかもしれません。
日本でもそろそろ、動物たちに苦痛を与えることをなぜ続けるのだろう、動物たちはどういう状態であれば本当に心地いいのだろう――といったことを、皆がしっかり考えていくべき時期です。
人間についてだったら、当然考えること。ところが同じ「命あるもの」である動物たちのこととなると、考えられない人が多い。社会として、この点で想像力が欠如しているのは、とても危ういことだと感じます。
2020年までに殺処分ゼロを
ペットショップについてもそうです。街中に、たくさんのショップがある風景を、多くの人が当たり前のものとして受け止めています。
でも、その裏側では、一部で虐待的な行為が行われています。ペットの販売業者を動物愛護法が十分に規制できていません。展示販売するビジネスがなくなる兆候がないなかでは、消費者とショップ自身が、そのあり方を問い直さないといけません。
動物福祉に関する情報発信は、欧米であれば動物愛護団体から積極的になされるものです。ただ現状、日本の動物愛護団体の皆さんは、保護犬・保護猫を助けるための、日々の活動に精いっぱいだという現実があります。
そこで動物たちをめぐる問題を世の中に発信し、皆で考える場として、2016年から2年連続で「アニマル・ウェルフェアサミット」を東京で開きました。2年やってみて、動物に関心がある人たちの間では、動物福祉という考え方がずいぶん浸透していることがわかりました。さらに日本全体が変わっていくには、世の中にムーブメントをつくる必要があります。
今年5月、20年までに動物福祉にのっとって殺処分ゼロをめざすプロジェクトを立ち上げたのも、そのムーブメントをつくるためです。
様々な場所に、実在する保護犬や保護猫の等身大パネルを設置します。動物たちをめぐる問題を、より身近なこととして考えてもらいたいと思っています。
滝川クリステル(たきがわ・くりすてる) 1977年生まれ。犬猫殺処分ゼロなどをめざす財団「クリステル・ヴィ・アンサンブル」を2014年に設立。
ペットの福祉 守らなければ業界が続かない
小島章義さん(ペットショップ「コジマ」会長)
ペットショップ各社の多店舗展開が始まり、店頭に子犬や子猫がたくさん置かれるようになったのは、平成に入ってからです。テレビ番組で純血種の子犬たちが取り上げられたことをきっかけに、爆発的に売れ始めました。大量仕入れのニーズが高まり、ペットオークション(競り市)が各地にできはじめたのも、このころです。
2000年代には、総合スーパーやホームセンターなど異業種からの参入が目立つようになりました。ペット流通の規模が急拡大して「乱売」状態になるのは、新規参入の増加が大きな要因でした。同時にブリーダー(繁殖業者)は「質よりも、繁殖頭数を増やせ」という感覚の商売に、変質していきました。
当時は、子犬や子猫の健康状態を管理するための知識がほとんどありません。いまは改善されてきていますが、このころは繁殖用の犬猫も含めて疾患が多く出ました。
こうした中で、動物愛護法が05年と12年に改正されました。ペットショップなど動物取扱業者への規制が強まり、世の中の目が厳しくなった。ショップ経営をする私たち自身やブリーダーが変わらなければ、業界の存続は難しいと思うようになりました。
家族の一員として生涯、幸せに
私たち命を提供するショップにとっての動物福祉とは、ブリーダーのもとで産まれた子たちを健康に育て、買われて行った先の家庭で、家族の一員として生涯幸せに過ごせるようサポートしていくことです。そのためには、やるべきことがたくさんあります。
一方で、子犬や子猫をショーケースに入れて店頭で展示する販売手法そのものが、一部では動物虐待ととらえられることも理解しています。悪質なブリーダーやペットショップが存在し、社会問題にもなっている。この状態を放置すれば、ビジネスモデルそのものが否定されるときが、いつか来ると思っています。
事業会社なりの手法で、ペットの福祉を向上させたい。私の会社では東京五輪までに、子犬や子猫を販売しない店をつくっていきます。販売を続ける店については、展示方法を大幅に改善するとともに全頭の健康管理を強化し、24時間体制の動物病院を併設するなどのサービスを充実させます。
ただ、業界全体として取り組むには多くの問題があるのも現実です。ある程度の法規制も必要だと思います。私は、犬猫の心身の健康を守るために、生後56日以下の販売禁止に反対したことはありません。ブリーダーも経済的負担がないならば、将来に向けての投資をし、改善してもらいたいと思います。
ペットの「五つの自由」を守れるようにしていかなければ、業界そのものが生き残れません。私たちが自覚すべき時期に来ています。
小島章義(こじま・あきよし) 1963年生まれ。祖父が創業したコジマの専務、社長を経て2007年から現職。全国ペット協会の会長も務める。
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