獣医学教育のありかた 山口大共同獣医学部の田浦保穂教授に聞く
■教員・設備の充実が必要
獣医師の数は足りているのか、いないのか。獣医学教育はどうあるべきか――。加計学園の岡山理科大獣医学部(愛媛県今治市)の新設をめぐり、さまざまな議論が巻き起こった。実際はどうなのか。山口大共同獣医学部の田浦保穂教授(63)に聞いた。
――国家戦略特区による52年ぶりとなる獣医学部の新設について、国会でさまざまな議論がありました。
「私が大好きな獣医学に関することが連日のようにニュースになったことは、率直に言ってうれしいです。さもなければ獣医師にこれだけ世間の注目が集まることもなかったでしょう」
――そもそも獣医師は足りているのでしょうか。
「犬、猫などペットや、牛、豚、鶏など家畜の数は、人口減の影響もあって、全体として頭打ちか減少が予想されます。獣医師国家試験の合格者は毎年約1千人ですが、将来にわたって獣医師は足りていると考えられます」
――一方で、都道府県などで公衆衛生や畜産振興を担当する公務員獣医師の求人難が深刻だという指摘もあります。
「確かに、山口県をはじめ多くの自治体は公務員獣医師の確保に苦労しています。そもそもペットの診療がしたくて獣医師を目指す学生が多いうえ、公務員獣医師は、鳥インフルエンザや口蹄疫(こうていえき)の対策などで激務の印象があり、敬遠されがちです。獣医師の絶対数は足りているとしても、偏在が大きな問題であるのは事実です」
――偏在はなぜ起きるのでしょうか。
「現在の日本の獣医学教育では全体として教員が足りず、家畜衛生・公衆衛生分野の教育が不十分なことに加え、公務員獣医師の待遇が、資格を持たない一般の公務員と大差なく、動物病院などに比べて見劣りすることも大きな要因です」
――日本獣医師会は公務員獣医師の待遇改善を政府に求めてきたそうですが。
「一部の県は独自に上乗せしていますが、全国的にはほとんど改善がみられません。獣医師会幹部によると、国が地方公務員給与の仕組みを変えたがらないのがネック。国家戦略特区は『岩盤規制にドリルで穴を開ける』ものだそうですが、こちらの岩盤にも穴を開けてもらいたいものです」
――獣医師会が「獣医学部の新設より獣医学教育の充実が先決」と主張しているのはなぜですか。
「各大学とも教員不足に加え、設備も貧弱なため、実際に動物を診察する臨床分野の教育が十分できていません。医師の研修医制度に相当する卒後教育の仕組みも必要だと思います」
――山口大では獣医学教育の充実にどのように取り組んでいるのですか。
「2012年に鹿児島大と組み、全国初の共同獣医学部を創設しました。リアルタイムで質問もできる遠隔講義や実習教育の相互乗り入れで成果を上げており、来月に初めて卒業生を送り出します」
「山口大側の専任教員も15年前の27人から43人に増員し、両大学合わせて1学年60人の学生を約90人の教員が教える態勢を築きました。動物医療センターに放射線治療装置を導入するなど、診療態勢の充実も図っています」
――獣医学の先進地である欧米並みの水準は、まだ遠いのでしょうか。
「山口大・鹿児島大の共同獣医学部として、欧州獣医学教育協会の認証を日本で初めて取得する手続きを進めています。『国際的に通用する人材の養成』をうたう岡山理科大獣医学部とも競い合いながら、欧米に肩を並べるレベルの教育を一刻も早く実現し、動物と人間両方の生活の向上に貢献したいものです」
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